亀井淳/元週刊新潮記者・ジャーナリスト/週刊誌ウオッチ(8)/毒入りギョーザで「日中戦争を煽るな/08/02/11
毒ギョーザで「日中戦争」を煽るな
亀井 淳
■「中国嫌い」を煽る
中国輸入の「毒入りギョーザ」で、マスコミの騒ぎが続いている。有毒物質混入の原因としては、最初は野菜などの残留農薬が疑われ、次いで工場での殺虫剤ではないかという話も出たが、次第に故意説、つまり何らかの意図を持ってわざと毒剤を混入した「食品テロ」の可能性が伝えられるようになった。
中国の政府当局者もその線を示唆する発言や動き方をしている。
そうなると日頃から「中国嫌い」で売っている週刊誌や夕刊紙はカサにかかる。「第2のグリ森事件か」(日刊ゲンダイ2・5)から、週刊新潮(2・14)などはついに「『日中戦争』に発展した…」という扇情的なタイトルを掲げた。
まだ、事件の全容は分からない。たしかに中国国内には日本の「過剰反応」にいらだつ反日的なネット書き込みなどがあるようだが、現在のところ中国政府当局は北京五輪や胡錦涛国家主席訪日への配慮もあり、かなり真剣な究明努力をしているようだ。だが、新潮や週刊ポスト(2・22)などは福田政権の「対中屈辱外交」をなじり、緊張を煽りたいようだ。
ポストは曾野綾子氏に「冷凍ギョーザを子どもに与える日本の母親が悪い」と説教させている。 だが考えてみよう。今回の事件がテロであったとしても、不注意による混入であったとしても、大きな背景としては日本の食料自給率が39%しかなく、大半以上を外国からの輸入に依存しているというきわめて異常で不安定な環境にあることは明らかなのだ。
この根源的な問題を見直して自給率を高めようという論議はまだまだ少ない。
■対立と粗悪品
むろん自給率を急に100%にするとか、中国からの輸入を全面禁止にするなどは不可能だろう。しかし、中国との関係をよくすることで日本の食の安全を向上させることはあり得る。その視点から佐藤優氏(起訴休職外務省事務官)が、週刊金曜日(2・8)に書いている。
佐藤氏がモスクワに勤務していた1980年代は中ソ対立が続いていたが、生活必需品の不足が深刻な市場には中国製の雑貨や食品が並んでいた。しかしそれらの中国製品は粗悪で、それがロシア人の対中不信を助長した。
しかし、ソ連圏の中でも中国といい関係を保っていたリトアニアに行くと、中国製品は良質で市民の評判もよかった。品物の良否は輸出に携わる者の感情を反映する。中ソ対立以前にはソ連でも中国産品は好評だった…。
そういえば日中国交が成立した70年代から80年代、わが家でもミカンの缶詰など中国製をよく買った。安くておいしかったからだ。
それが「安かろう、悪かろう」に変わってきたのは、中国が「改革開放」で金儲け本位になったこともあろうが、有害製品の発見などが急増したのは21世紀になってから、それも小泉・安倍の「靖国派」政権が中国人に悪感情を植え付けて以来ではないのか。
■「沈黙の春」
中国農業における殺虫剤など農薬の大量使用は、たしかに大問題である。週刊誌ではこれが中国人の無知と強欲のせいであり、広大な国土全体が汚染地帯である、五輪出場の選手たちの健康も心配だと書き立てる。
中国の当局者も「風評被害」を懸念して、「安全」を強調している。するとネガティブ・キャンペーンはいっそう強まる。
だが、ここも冷静に考える必要がある。
農薬の大量使用は第二次世界大戦後、主にアメリカで始まった。
敗戦直後の私は、東京上空から米軍機が散布するDDTを大量に浴び、これでノミやシラミがいなくなると聞かされて喜んだものである。
化学物質信仰に警告が発せられたのはようやく60年代になってから。生物学者レイチェル・カーソンの「沈黙の春」に触発された市民の声に押されて政府や議会が規制に動き出したのは70年前後からである。
公害病の多発で日本が変わり始めたのはアメリカよりずっと遅かった。そして、規制された化学薬品を、国交樹立後の中国に売り込んだのであった。
■通ってきた道
「通って来た道」なのである。それもついこの間。そしてアメリカでも日本でも、化学物質信仰から完全に解放されたわけではないのだ。
人類にとって化学物質とは何か。人口と食料、大気や水、平和と戦争とのかかわりで、この問題と経験を中国や発展途上国の人と語り合うことこそ必要な国際貢献だろう。
いま、日本の政府とマスコミが努力すべきこと。中国と協力して「毒ギョーザ」の真相解明をするのは当然だが、同時にこの事件を、食と生存にかかわる根源的な反省、見直しの契機とすることだ。
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