連載」亀井淳/「笑う犬」週刊誌ウオッチ(7)/防衛省事件/「フィクサー」秋山直紀とは07/11/22

防衛省事件/「フィクサー」秋山直紀とは

                                 亀井 淳

 「ロッキード事件を超える…」といった形容詞がついた防衛省スキャンダル。週刊誌は久しぶりに張り切っている。守屋(武昌、前防衛省事務次官)証言から政治家の実名(久間章生元防衛省大臣、額賀福志郎元防衛庁長官)も飛び出し、騒然となっているが、「日米の防衛利権疑惑」という観点からいちばん注目する必要があるのは、「秋山さんという方がおられるが、その方から大臣と飲むからこないかと言われたて、私が伺った」と、11月15日の参院証人喚問で守屋が証言した「秋山直紀」なる人物だ。58歳。現職大臣を宴席に招き、事務次官を一声で呼びつける怪物のイメージが浮かぶ。サンデー毎日(11・18)は「東京地検が狙う『本命中の本命』/『久間』を操る防衛ロビイスト」と表紙に大書した。

 最近の週刊誌記事から、とりあえずこの「秋山」に関する記述を整理しておこう。

 週刊誌でいちばん早く「秋山」を取り上げたのは週刊金曜日(9・21)。守屋問題が浮上する以前に、シリーズ「巨大兵器産業/三菱重工の正体」の9回目で「利権フィクサー秋山直紀氏との関係」という副題で書いている。筆者は「田中みのる・『社会新報』記者」である。 

 田中記者はずいぶん前から「秋山」に目をつけていたらしく、05年5月11日、石破茂前防衛庁長官(当時、現在は防衛大臣)と秋山がホテル廊下(と思われる所)を親しげに談笑しながら歩くツーショット写真を撮って掲載している。

マスコミで秋山に取材した社がないわけではないが、顔写真は載せていないし、まして防衛族政治家との写真はスクープだろう。このときは米国最大の軍需産業ボーイング社と防衛庁幹部、政治家らとの会合だった。

 その前、同じ05年の2月17日夜には、高輪の「三菱の迎賓館」に石破元長官や「安全保障議員協議会」の若手政治家たち、それに防衛庁、三菱重工などの人びとが集まっていた。その中に秋山もいた。彼の肩書きは議員でもないのにこの「安保議協」の事務局長なのである。

 「安保議協」は集団的自衛権の容認などを主張して1999年に発足。役員構成は自民党から瓦力(かわら・つとむ)元防衛庁長官が会長、久間と額賀が副会長、公明党から佐藤茂樹衆院議員が事務総長、民主党から前原誠司衆院議員が常任理事を務めている。この夜の会合は「6兆円」といわれる「ミサイル防衛(MD)」の導入に関するものであったと田中記者は読んでいる。

 三菱グループと防衛族政治家との接触はゴルフ場でも行われる。今年4月7日、千葉県市原市の「ニュー南総ゴルフ倶楽部」で安保議協と社団法人「日米平和・文化交流協会」との共催で第3回のコンペが開かれた。初代防衛「省」大臣である久間は三菱電機の幹部と組んでプレーを楽しんだ。この共催団体「日米平和・文化交流協会」の常勤理事と、同協会に付属する「安全保障研究所」(安保研)の所長を兼ねるのが秋山だ。

 「日米平和・文化交流協会」というのは旧名称を「日米文化振興会」といい、敗戦直後、米占領時代の1947年に笠井重治を会長として創設された。笠井は戦前に渡米してシカゴ大学、ハーバード大学を卒業し、帰国して1936年に出身地山梨から衆議院議員になり、戦後はGHQの諜報部門(GU)の部長であり、反共主義者として知られたチャールス・A・ウイロビー少将への「有力な情報提供者」となった(袖井林二郎「マッカサ−の二千日」)。

 戦後、GHQにサポートされた日本人CIA人脈を語る資料の中に笠井重治の名がよく出てくる。その「振興会」の名称が「文化協会」に代わり、の3代目の会長が瓦力・元防衛庁長官であり常勤理事が秋山なのだが、秋山が仕切るようになった01年からは「文化交流」ではなく、「軍事・安保」に軸足が移った。理事には歴代の防衛庁長官に加え、コーエン元米国防長官や西岡三菱重工会長らが並ぶ。福田首相や安倍前首相、額賀財務相もかつては理事を務めていた。

 「さらに、防衛省と契約関係にある企業の多くが理事を送り込んだり、資金提供をしており、防衛分野での政・官・民の接着剤的役割を果たして」いると週刊文春(11.8)は書く。 

 この「文化協会」が元山田洋行専務で業務上横領の容疑で逮捕された宮崎元伸との関連で最近東京地検の捜索を受けた。「協会」は外務省所管の社団法人なのだが、読売新聞によると2年前に外務省が立ち入り検査をし、「法人としての実態がない」として改善命令を出していた。つまり「文化交流」は偽装で、同じ部屋に事務局を置き、防衛政策強化の圧力と兵器など防衛関連利権を漁る任意団体「安全保障議員協議会」と混然一体になっていたのである。 

 前出の週刊文春によると、「秋山氏は毎年五月にワシントン、十一月には東京で開催される『日米安全保障戦略会議』という会議を取り仕切っている。日本側の代表は『安全保障議員協議会』のメンバーで、石破さんや久間さんも参加していた。アメリカでは、米政府の要人や軍関係者などと会談するほか、ロッキード・マーチンやボーイング社を訪問するなど、国防族議員のゴールデンウイークの恒例行事」となっている。その渡航費用はどうなっているか。秋山は文春の取材にこう答える。

 「先生方からは一律二十万円を集めて、残りは社団(文化協会)から捻出している。実際にかかる費用はだいたい(1人あたり)百二十万円くらいだろう」。

 日本共産党の大門実紀史参院議員は11月6日の参院財政金融委で、「文化協会」には外務省関連の国際交流基金から年額500万円の助成金が出ており、それが任意に渡米する防衛族議員の費用になっている、つまり「文化協会」はトンネル団体だと指摘した。

  ところで、こんな横着なグループを仕切る秋山直紀とは何者か。

 各週刊誌の報ずるところによると、彼が政財界に関係する最初は戸川猪佐武(1923〜1983)という政治評論家の運転手兼事務員を務めたことから。戸川は読売新聞の政治記者からTBSのニュースキャスターになり、映画にもなったベストセラー「小説吉田学校」を書き、衆院選に神奈川から出馬したこともある(落選)。

 私事だが私は週刊新潮の記者時代、取材でよく戸川猪佐武を赤坂のホテル・ニュージャパンに訪ねた訪ねた。戸川はホテル内に仕事場を持っていたが、同じホテルには岸内閣の外相だった藤山愛一郎の事務所もあった。外国人の宿泊も多く、米大使館にも近いことから「CIAの巣」などという人もいた。

 戸川の関連で、政界のドンと呼ばれ、防衛庁長官も経験したた金丸信(1914〜1996)にも近づき、金丸の親しい女性の運転手を務めたこともある。「永田町では黒子役として知る人ぞ知る存在でもある」と、前出の田中みのる記者は書いている。

 「防衛」と名のつく世界に入り込んだきっかけは金丸との縁ではないか思うのだが、この点はまだはっきりしない。

 安全保障議員協議会のホームページには、2001年5月に訪米した際にペンタゴン前で撮ったラムズフェルド国防長官と秋山とのツーショット写真が掲げられるなど、アメリカの政財界にも食い込んでいるようだが、秋山が英語に強いのか、そもそもどんな氏素性で学歴はどうなのかなどの報道はない。一方で、「闇社会との接点」をうかがわせる記述もある(前出・週刊金曜日)。口の利き方などは相当に粗雑らしい。 

 ともあれ、こんな男が大臣を料亭に招き、政務次官を呼びつける。そして日米双方の防衛族政治家、死の商人と呼ばれる日米の巨大軍需産業の間をつなぐフィクサーと言われる。共産党は秋山を国会に呼ぶことを要求している。それは実現して欲しいが、大手マスコミの突っ込んだ報道にも期待したい。

 今回は防衛省事件の中の、いまだ正体の見えないトリックスター(騒がせ屋)に関するデータを整理した。明らかにしなければならないのは官僚の「おねだり」などではなく、もっとずっと大きな構図である。在日米軍再編に関する利権、沖縄など在日米軍基地をめぐる醜聞、山田洋行などよりもはるかに巨大な日米の防衛産業と防衛族政治家との癒着などの問題は、機会を改めて書こう。

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