普久原 均/琉球新報記者/基地建設に軍隊導入 世論威嚇する政府  /07/06/05

 

基地建設に軍隊導入 世論威嚇する政府      
          普久原 均(琉球新報記者

 

 防衛施設庁が五月中旬に沖縄県名護市辺野古沖で実施した米軍普天間飛行場移設のための「環境現況調査」は、異例づくめの調査となった。まず、正式な環境影響評価(アセスメント)ではなく、「事前調査」だったこと。環境を守るために行うはずの調査で、サンゴが破壊されたこと。そして何より、海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」を導入したことだ。

 基地建設に自衛隊を導入するのは戦後初めて。自衛隊に公共工事をさせることが異例中の異例だが、そもそも、抵抗する自国民の反対運動を押し切るために軍隊を差し向けること自体、民主主義の先進国ではありえない。政府寄りの保守県政である仲井真弘多知事ですら着手直後、「自衛艦まで出すのはやり方が荒っぽい。銃剣を突きつけるような連想をさせる。デリカシーに欠け、強烈な誤解を生む。信じられない」と批判せざるを得なかった。

  膠着の末の妥協

 作業は5月18日未明から始まった。「ぶんご」の潜水士も動員され、20日にかけて辺野古沖にサンゴ調査機器39カ所を設置。海生生物調査用ビデオカメラやパッシブソナー(音波探知機)、潮流など海象調査用機器なども設置された。
 なぜこれが「事前調査」になったかというと、アセス法に基づく正式な環境影響評価に入れなかったからだ。保守系の仲井真知事や島袋吉和名護市長は、普天間飛行場移設を容認する立場だが、世論の強い反発をかわすため、昨年の首長選挙でそれぞれ「現行の移設計画には反対」と掲げて当選した。
 
  現行計画そのままで容認すると公約批判のそしりは免れない。そこで両者は政府案より沖合にずらすよう計画変更を求めた。だが防衛省は、米軍再編をめぐる日米協議で米国や外務省の異論を押し切り、現行計画で決めた経緯があり、計画変更はできないとの立場。以来、膠着状態が続いている。

 正式なアセスに入るには、調査の対象となる建設計画自体がはっきりしていなければならない。県は、沖合移動を政府が約束しないまま環境影響評価の方法書を受理した場合、現行計画を容認したと受け取られることを恐れた。そこで、「方法書を送付しても受理できない」と防衛省をけん制した。

 一方、防衛省は、サンゴの産卵が5月末から6月初めにあり、その期間を逸すると翌年のそのころに着手がずれ、事業全体が一年遅れかねないと危惧した。米国と約束した手前、今回は確実に移設すると証拠立てなければならず、合意後わずか一年で早くも事業の遅れを予感させるような事態は避けたい。このため、年明け以降、着手を焦る防衛省と県の駆け引きが水面下で続いていた。

 結局、妥協案として正式なアセスでなく、事前調査を実施し、正式なアセスに移行する際には、この事前調査のデータを利用できることとした。

 世論のしっぺ返しをかわすため参院沖縄選挙区の補欠選挙が終わるまで着手を待つことにし、選挙直後の4月24日、防衛施設庁は事前調査に着手する申請を県に提出した。その際、県は「事業主体(防衛省)が独自の判断で実施する調査だ。手続きとして拒否できない」と黙認する姿勢を貫き、防衛省への配慮をみせた。

  苦しい説明

 だが、その協調姿勢をあざ笑うかのように突如、防衛省は掃海母艦派遣を決定した。「なぜ国内の基地建設に自衛隊を派遣するのか」との質問が国会で相次いでなされたが、政府は「国家行政組織法の『官庁間協力』の趣旨を踏まえて実施した」と説明するにとどまった。

 さらに久間章生防衛相は「さっぽろ雪まつりも自衛隊が(雪像づくりで)応援する」とも弁明した。だが、地元に請われて祭りに協力することと、抵抗する地元住民を押さえつけることでは立場がまるで逆だ。あまりに苦しい説明に、政府内でも批判が漏れる。

 地元では「自衛隊出動という強硬姿勢をみせることで、反対派の住民を脅えさせるのが目的だ」「隊員が実際に作業に当たらなくても、抵抗運動を抑える『抑止力』になるとの判断があったのだろう。軍隊らしい発想だ」といった見方が広がる。

 一方で県庁内には「沖縄側を挑発し、反発すると『まつろわぬ民』とのイメージを国民に植え付けるのが防衛庁の狙いだ」とのうがった見方もある。
 今回、都内にいた仲井真知事はコメントで非難こそすれ、直接防衛省に乗り込んで直談判することはなかった。県庁内でも「知事は毅然と批判すべきだった」との不満がくすぶるが、県首脳は「防衛省の挑発には乗らない」と説明する。

  沖縄と本土の「ダブル・スタンダード」

 政府の「官庁間協力」との説明は、防衛施設庁の事業に自衛隊が協力した、との理屈だが、その理屈が通るとすれば、日本のどの公共工事も自衛隊が行えるはず。だが単なる基地建設はおろか、単なる公共工事でも、日本本土で過去に自衛隊が出動した事例はない。

 しかし現実に今回、出動がなされた背景には、沖縄の基地問題に対する国民世論の関心の低下がある。

 今回、自衛隊出動の情報は一部のメディアがまず報じ、政府関係者はいったん否定。しかし徐々に情報が広がり、最終的に政府首脳が明言するという形が取られた。政府は世論の反応を見切った上で、さほど反発は招かないと確信して出動に踏み切ったフシがある。

 ある沖縄県庁の関係部署の職員は「政府は沖縄をなめている。こんなやり方は許せない」と憤りを漏らす。
 「沖縄をなめてはいない」というのなら、政府は、住民の反対運動がある東京都心での工事で、同様に自衛隊を出動させてみせてほしい。それができないのなら、同じ国内である以上、沖縄でもすべきでない。

 しかし、今の政府はそんな声に聞く耳を持っている気配はない。国民もまた、政府の強硬手段に対し、沖縄を除いて、さして反発は起きなかった。沖縄の基地建設は、大多数の国民にとって所詮「ひとごと」なのだろう。
 
  国民の意識から遠い沖縄でだけ適用する政府の行動基準。そして沖縄での出来事なら、それを許容する国民。これを「ダブル・スタンダード(二重基準)」と呼ばないで何と呼べばよいのだろうか。

  封建制度下

 自衛隊出動による機器設置は終わったが、事前調査はこのまま続く。当面、7月の参院選挙までは表向き静かに推移する見込みだ。正式な環境影響評価に入るかどうか、現行計画を修正して沖合にずらすかどうか、防衛省と県の本格的な駆け引きは選挙後だ。おそらく政府はまた強硬手段を講じてくるだろう、と沖縄では予想されている。

 戦前の日本、特に太平洋戦争中は、軍部が必要と言えば、住民の意向がどうであろうと基地が建設された。沖縄では戦後の米軍占領下、米軍の通達の紙切れ一つで土地が次々に強制接収された。乳飲み子を抱えた戦争未亡人の粗末な家屋に火をつけて追い払った例や、米軍が銃を突きつけてブルドーザーで家や畑を敷きならした例もある。沖縄では「銃剣とブルドーザー」と言い習わす時代。封建制度下とみまがうような時代が憲法改悪前に既に、沖縄には到来しようとしている。
(了)

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