戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)「内部留保」取り崩し論と春闘10/02/07

[明日へのうた]より転載

 春闘本格化を前に、企業の「内部留保」を賃上げと雇用確保の原資に、という主張が高まっている。内部留保とは、企業が税金や株主配当を払ってまだ残っている利益を積立金・準備金などとして社内に留めおく資金のこと。しかし、それは狭義の定義であるとして、全労連などは各種引当金も内部留保に加える。それで計算すると「内部留保」はいま400兆円を超える。派遣切りを取り止めて1万円の賃上げをしても、しばらく原資は大丈夫というわけだ。なるほどそうなら一丁賃上げ闘争に立ち上がるか、という起動力になるはず。

 ただし、実際に内部留保を当てにして賃上げ交渉に臨むと「そんな筋違いの要求には答えられない」と経営者に軽くいなされてしまう。「利益準備金や積立金は、企業体質の強化のために必要であり、これでも少ないくらい。引当金は、設備投資や従業員退職金など将来予想される膨大な支出を法律に基づいて計上しているもので、これを取り崩してしまったら会社の将来は真っ暗だ」

 内部留保を取り崩して雇用を確保するという考えは、企業運営にとっては考えられない。企業は仕事があるから労働者を雇用するのであって、資金が余っているから雇用するのではない。労働者の立場から、情緒的に「金が余っているのに首を切ることはなかろうに」と主張することはできるが、それを実現させるには「労働者の権利」論を真っ向から対置するしかないのではなかろうか。

 そもそも「内部留保」を賃上げの根拠とするのは、「支払い能力」論の蒸し返しではないかという議論もある。今年の春闘で連合は「企業に余裕がないから賃上げは無理。せめて定昇の確保を」という方針。これに対して、いや「内部留保」という財源があるのだ、と反論するのは「同じ土俵」の論議であって労働者のナマの苦しみを置き忘れることにならないか。

 労働者が賃上げ・時短・雇用などを要求するのは、労働力の価値を低める資本の攻撃に対する反撃なのではないだろうか。資本の搾取強化にどう立ち向かうか、がいま問われていると思うのだがどうだろう。