戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)「民活」万能の「公法人」の行く末10/01/12
今年の年初に発足した日本年金機構のように「公法人」と呼ばれる組織が増えている。08年10月に政府管掌健保から移行した協会けんぽもその一つだ。2001年に始まった小泉政権による「構造改革」路線の目玉商品だ。当時、小泉首相は次のように断言したとされている。
「私は、『構造改革なくして日本の再生と発展はない』という信念の下で、経済、財政、行政、社会、政治の分野における構造改革を進めることにより『新世紀維新』というべき改革を断行したい」
かつては社会保障はもちろん、交通、郵便、電話、病院、お米、酒、タバコなどなど、国が管理運営する事業が多くあった。おれは国から奨学金を借りたおかげで高校を卒業できた。あれがなければ中学卒で働かなければならなかった。国は、国民の生活と密着し、国民の生活を直接援助した。そういえば、戦後の大量失業時代には失業対策事業(ニコヨン)で労働者の生活を支えることもした。職安というのはそのための役所だったのだ。今の「公設派遣村」は仕事の面倒までは見てくれない。
小泉首相は、日本の社会保障の仕組みは「給付は厚く、負担は軽く」であってこれを続けるわけには行かない、と断言。「自動と自律」の精神を持つべきだと宣言した。民間の活力が社会の原動力だとしてなんでもかんでも「規制緩和」し「自由競争」に委ねた。世界的にも「新自由主義」が横行していた。
おれは毎日新聞の職場で差別反対闘争をやった経験から、「競争」は必ず「分裂」を呼び込むものだと確信している。職場に不満がいっぱいな時、経営者は末端の労働者を競争させる仕掛けをつくる。「努力すれば報われる」式のニンジンで労働者同士いがみ合いを始める。競争に負けた者は「自己責任」なのだから黙らなければならない。
公法人になった日本年金機構も協会けんぽも「民間的競争原理」の渦に巻き込まれざるを得ない。いろんな分裂現象が起こり、それは国民にとっても、中で働く労働者にとっても深刻な事態をもたらすことは目に見えているようにおれには思える。