戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)二桁になった21世紀10/01/06

[明日へのうた]より転載

 21世紀も二桁になった。20歳の頃、21世紀ということさえ気の遠くなる先の話だと思っていたのに、2010年とはねえ。おれの生まれた1937年から今年のおれの年齢分を遡ると1864年、まだ坂本龍馬が生きていた。

 2001年12月に刊行した「明日へのうた」(語りつぐ日立争議)の巻末で、おれはこう書いた。「21世紀は始まったばかりだがなんだかこの世紀は人間が大切にされるような気がする。いや大切にされる世の中をつくらなければならない。つくれるような確信が湧いてくる」

 あれから10年経ってみて「人間が大切にされる世の中」に近づいたかというとどうもそうは言い切れない。むしろ逆行している事象の方が目に付く。世の中の進歩のためにも、人間が生きていくためにも、「労働」は欠かせない大切な行為だ。人間が大切にされるというのは、労働が大切にされるということ。おれの言うことなんか「ごまめの歯ぎしり」かも知れないが、労働=労働者の大切さだけは死ぬまで言い続けたい。

 暮れの28日から6日間、もうすぐ2歳になる孫が家中走り回っていた。帰ってしまうと火が消えたみたいだ。家の玄関に飾ってあったダルマを指差して「アップップ」と言う。最初何のことだか分からなかった。娘、つまり孫の母親の説明によると、「ダルマさんダルマさんにらめっこしましょ。笑うと負けよ。アップップ」のことで、保育園で教わってきたらしい。

 この孫が成人になるまで生きていられるか、心もとないが、いずれにしても労働者になっていくことだろう。労働者になった孫が、手ごたえ、働きがいのある人生を送れるようにしたいよな。子どもは3人育てたのに、孫は1人だけなので余計にそう望む。

 高校時代の友人の年賀状に「今年は活動を縮小すべく段取りの年にします」とあった。おれも体が思うように動かなくなったのを感じている。週一回だが朝の新聞配達も自転車のハンドルがふらふらする。かといって「活動を縮小」するのがいいかどうか、ふんぎりつかないんだよな。