戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)秋の箱根路から富士山がくっきり 11/11/02
酒飲みの地域コミュニティ「豊友会」の仲間14人で箱根強羅へ行ってきた。宿は毎日新聞健保組合の強羅山荘で、一昨年12月に続いて今回が三度目。地元の懇意の酒店から、純米大吟醸を1升瓶4本、4合瓶2本宅急便で送っておいたが全部飲み干した。料理は美味かったしもう最高!
強羅山荘の利用申し込みをしてから知ったのだが、どうやら毎日健保は来年4月ですべての保養所を閉鎖するようだ。おれの在職中は、全国に10箇所近く保養所があった。そのほか、本社の近辺には「社員寮」があって会合や宴会ができた。三宅坂にあった「麹町寮」では組合青年部の学習会を開いたり、安保闘争の時は国鉄スト支援の早朝動員に備えて泊り込んだりした。夕食のすき焼きは豪勢だったな。
毎日健保だけではなく、今年の3月には新聞協会寮が幕を閉じたし、大企業や自治体関係の保養所や寮が次々閉鎖されたり民間に委託されたりしている。企業の福利厚生施設は、年功序列賃金と並んで労働者の企業従属意識を強める役割を持っていた。少なくとも、80年代までは終身雇用制と正社員生産体制が当然とされた。企業は熟練工を必要としていたからだ。この20年でそれが崩れてしまった。
「企業に縛りつけられない労働人生」――それはわれわれの要求でもあったのだが、いまはそれが企業の側に逆手に取られて不安定雇用と低賃金が押し付けられ、挙句の果てに福利厚生施設まで取り上げられてしまう破目に。これはやはり労働組合の責任だよな。労働組合はもっともっと怒らねばならない。
そんなことを考えながら、これが最後になる強羅山荘の熱めの湯に浸った。翌11月1日は抜けるような青空。大涌谷のロープウェイからまだ冠雪のない富士山がくっきり見えた。長寿の黒卵を2個食べて坂道を下るとなんだか元気が出てきたような気がする。
桃源台から海賊船で芦ノ湖を渡り箱根町で下船。関所跡のミュージアムを見学した。箱根の関所は侍には寛大だが庶民には厳しかった。労働力の国越えの移動を認めなかったからだ。封建体制というのは農地に農民を縛りつけ、雑巾みたいに搾り取るのが制度の根幹だった。資料館の中に婦人の髪の毛を梳いている様子が展示されている。おれは関所にも美容室があったのかなどとのん気なことを考えながら説明文を読んだら、髪の毛の中に秘密の品物を隠してないか調べているところだそうだ。やはり関所は怖いところだ。