戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)永井荷風「ふらんす物語」に描かれた労働者 11/10/27
もしかすると高校のとき読んだかなと思いながら永井荷風の「ふらんす物語」(新潮社文庫326ページ)を買った。100年前のパリ、リヨンの情景描写に引き込まれてあっという間に読み終えた。
荷風はフランスへ行きたいと念願しながら4年間もアメリカ・ニューヨークで銀行員暮らしをしなければならなかった。「米国の兜町とも云うべき銀行街ウォールストリイトに毎日朝の9時から午後の5時までは、受付の窓をつけた金網の囲いの中」で帳簿付けをしていたのである。
そんな荷風が待望のフランス勤務となり、赴任したのが紡績工場の町リヨン。彼が最初に目にしたのは工場から帰宅する労働者たちである。「1日の労働1日の事務を了って家路をいそぐこれ等の人の跫音、馳せ過ぎる電車や荷車の響は橋の下に鳴り轟く急流の声と合して、今や都会が暮れていく時の『生活』と云う苦痛の音楽を奏するのである」――荷風には疲れた労働者の足音は「苦痛の音楽」と聞こえたのだ。
リヨンの裏町は古い色彩を残している。「道の敷石はでこぼこに磨りへっていて何とも云えない古色を帯びた石壁の曲がりくねった角々にはソシアリスト・ラジコー(社会主義本党)だの、コレクチビスト(共産派)だの、ケビュブリカン(共和政党)だのと、過ぎた選挙運動の色紙の広告が貼ってあるが、それさえ幾年間重なり重なって貼付けられた為めに新旧無数の色合いが又一種の風致を生ぜずにはいなかった」
巻末の「解説」(昭和26年7月・中村光夫)によれば、初版「ふらんす物語」は明治43年3月に発行と同時に発売禁止処分になっている。何故かということは解説では省かれているが、おれには「文明開化」の見本のような「花のパリ」の真実の姿を明治政府は国民に見せたくなかったんではないかと思える。
荷風が労働者を見る目はあくまでもリアルである。フランスからの帰途数時間立ち寄ったシンガポールで、港湾労働者の悲惨な労働を見る。「醜いマレイの土人や汚い支那の苦力が幾人と数知れず、互いの身を押し合うように一方では取り出された荷物をば、倉庫の中に運んでいく。と、一方では倉庫の中から石炭を運び出して船へ積む」「これ等の労働者の動いている有様は、最初は人間ではなくて、唯黒い汚い肉の塊りが、芋でも洗うように動揺しているとしか思われなかった」
すくなくとも荷風はパリやリオンで娼婦と遊んでいただけではなかった。第一次大戦前の爛熟した資本主義を痛烈な批判精神で直視していたのである。「フランス物語」のページを閉じながら、何故か今のEUの「財政危機」と労働者のたたかいが目に浮かんだのだ。