戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)名古屋の蒸し暑さにはほとほと参ったね
11/10/24

[明日へのうた]より転載

 22日に名古屋へ行って、その日は泊まって23日の日曜にのんびり「こだま」で帰ってきた。雨が強く降るという天気予報だつたのに、どんよりはしていたが雨は降らず。その代わりどうしようもないくらい蒸し暑かった。駅からの地図がいい加減で携帯かけかけ歩かされ汗びっしょりだった。

 「東海銀行争議解決・銀産労(現金融ユニオン)結成20周年 記念パーティー」というやたらと長いタイトルの集まり。おれは東海銀行昇格差別争議の愛知労委申立てを前にして相談を受けたことがある。85年くらいだったかな、名古屋まで呼ばれて相談会で「労働委員会と昇格差別事件」について話をした。

 東海争議は5年で勝利和解、この種争議にしては異例の速さだった。その勝利解決が、ちょうど銀産労結成の直後だった。10行150人で結成された銀産労は、その後定年退職者の分を新組合員の加入で埋めて組織を減らさず現在に至っている。もっとも組合員の色合いはずいぶん変わった。結成当時は都市銀行、地方銀行の正社員が主力だったがいまは非正規労働者が圧倒的だ。

 労働組合として、非正規労働者の権利を「救済してやる」ことはまあまあできても、彼らを組織化するのはそんなに簡単ではない。組織するというのは非正規労働者が自ら労働組合運動をするようにしなければならない。酷い目に遭った労働者はえてして「助けてもらった」ことに満足して解決したら(あるいはなかなか解決のめどが立たないと悟ると)運動から離れてしまう。そこへ行くと銀産労は非正規労働者に対等の権利を認め義務を課す。甘えは許さない。身分相応に労働組合活動をやってもらう。

 「私たちは企業内組合を脱退して銀産労を結成してほんとによかった」とパーティー会場で何人もがおれに話しかけてきた。中には「組合をつくろうとしたら資本でないところからの攻撃で潰された」と言いにくる人もいた。

 午後2時から始まったパーティーは5時前に終了したが、それから二次会、三次会につき合わされ、繁華街にあるビジネスホテルに辿り着いたのはその日が終わる寸前だった。おれとそんなに歳は違わないはずだが、名古屋の人たちはエネルギッシュだ。三次会のカラオケスナックではおれは殆んど寝ていたよ。それにしても名古屋の地下鉄は分かりにくい。「栄」から「名古屋」へ来るのに難渋したよ。おれが田舎者になってしまったのかな。