戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)労働運動の先輩後輩の訃報に接して
11/10/18

[明日へのうた]より転載

 ひと月ほど前に鈴木克成さん、そして今日神山武広さんの訃報が『赤旗』の死亡欄に載っていた。鈴木さんは享年66歳、神山さんは88歳だ。2人ともおれが現役真っ盛りの頃の知り合いだ。

 鈴木さんは元全損保富士火災支部の委員長。富士支部が都労委に賃金昇格差別是正を申し立てた事件で、84年10から89年11月まで5年にも及ぶ長丁場の和解をやった。おれは担当の労働者側参与委員。言っちゃあなんだが、おれの一番油の乗っていたときの仕事だった。

 組合もほぼ満足した和解だったが、鈴木さんは不満顔だった。支部委員長としての責任感の強い人で、名前に引っ掛けて「かっちん」と呼ばれていた。おれは「頭のカッチンカツチンの鈴木さん」とぼやいたりした。元富士支部の丹波さんに聞いたたところによると、定年退職後ずっと病に臥せっていたらしい。

 神山さんとは78年に一緒にベトナムへ行った。当時の槙枝総評議長、竪山中立労連議長が一緒だった。神山さんは全林野の専従書記だったと思う。他のメンバーは社会党一党支持、その中でおれと神山さんだけが支持政党を異にした。メンバーの1人、動労の教宣部長とは旅の間中論争したっけ。

 三多摩に「共立」という農機具をつくる会社があって、谷口さんという労働者が賃金差別撤回を求めて都労委に申し立てていた。ある時、谷口さんに「全林野傘下の組合にオルグで入りたいが知り合いはいないか」と相談され神山さんを紹介した。オルグのおかげもあったのか谷口さんは和解で差別是正を勝ち取った。それが縁で神山さんは全林野を定年後、三多摩金属という労働組合の専従になった。

 鈴木さんも神山さんも生真面目で折り目正しい活動家だった。どちらかと言えば「雑」でいい加減なところのあるおれとしては頭の上がらない人種と言えた。お2人が活躍していた80年代に比較しても、労働運動がさらに世間に見えなくなっている。

 ニューヨークのウォール街から始まった格差と貧困に反対するデモが世界中に広まってきている。こういう時こそ労働組合の出番ではないのか。鈴木さんも神山さんも労働運動に未練を残して亡くなったのではないだろうか。おれもどれだけ生きていられるか分からないが、お二人の遺志を継いでまだまだがんばるつもりでいる。