戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)野坂昭如の「黒の舟唄」と昭和30年代11/10/15
『毎日』に野坂昭如が「七転び八起き」というコラムを連載している。本日付の「歌の実り」で119回だ。毎回興味深く読ませてもらっているが、今日のは特に面白い。「久しぶりに自分のCDを聴いてみた」というのだ。そういえば野坂昭如は歌手だんたんだよな。「黒の舟唄」は音痴のおれにも歌える。
昭和30年頃、銀座のシャンソニエ「銀巴里」で丸山明宏の前座をやらせてもらったことがあるそうだ。同じ前座の戸川昌子と出番が終わると近くのビアホールへ行った。お互いお金がないのでツマミの枝豆を2人で分けて食べた。「これからどうやったら食っていけるか、ひたすら考えた」という。
「そして歌もまた人生と共にある。ぼくらの世代は歌詞のはっきり伝わるものが多く、いわゆる詩人のつくった詞が中心だった。日本語の豊かな伝統を踏まえてあった。今風の歌はぼくには合わないが、いずれにせよどの時代にもふさわしい歌があり、それぞれ思い出が残る」
そうだよね。おれは野坂さんより7つ年下だが、昭和30年代のちょうどその頃、ちょっと気取って銀座のジャズ喫茶に入ったりした。60年安保闘争が盛んになると労働歌ばかり歌っていたけど、デモの合間にアートブレーキーのライブを聴きにいったこともある。日比谷の映画館で観た「死刑台のエレベーター」。ミュージック担当はマイルスディビスだった。あの頃のジャズって「時代にふさわしい歌」だった気がする。
野坂昭如は昭和30年代を回顧してこう言う。「世の中は少しずつ落ち着きを取り戻し、だが戦中、戦前派も健在。一方で戦後派が台頭、いろんな価値観がぶつかり合い、いい意味での無秩序な時代でもあった」――つまり世の中いろんな可能性に満ちていたということ。そんな時代に青春を送れたおれたちは幸せだったんだろうな。
労働組合「建交労」から解雇された鈴木信幸さんの争議が解決した。その報告集会が、10月26日(水)18:30~新宿農協会館で行われる。野坂昭如の言葉ではないが「いい意味で無秩序なたたかい」だった。参加は自由。ぜひ多くの皆さんに来てもらいたい。受付でこのブログを見て来たと言えば歓迎しますよ。