戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)ご支援感謝!鈴木信幸さんの争議が解決しました 11/10/03
全労連の主力民間単産「建交労」から指名解雇されていた鈴木信幸中央書記の裁判が和解で終結した。あえて「勝利」とは言わないが、①解雇を撤回させ、② 解雇したことを謝罪(遺憾の意の表明)させ、③建交労の関連事業であるソーシャルサーヒース協会へ就職斡旋させ、④一定の解決金を払わせたのだから「よくがんばった」と誉めてやってもバチは当たらないだろう。
解雇の翌年2月「鈴木信幸さんの指名解雇を撤回させる会」が結成され、おれは自らすすんで事務局長を引き受けた。何故引き受けたのか。ま、のぶちゃんとは古くからの知り合いだし、本人に頼まれたというのもあるが、もう一つの理由は「建交労」という組合の変節ぶりに我慢がならなかったからだ。
おれは新聞労連の代議員として何度も総評大会に出席したが、社会党一党支持の総評の政治路線に真っ向から反対の論陣をはったのが「建交労」の前身の「全日自労」だった。先ごろ亡くなった東京都本部の安田さんとは、例の労働戦線右傾化で揺れたとき、地評を存続させるために文字通り寝食をともにした。
建交労は「全日自労」「運輸一般」「全動労」の三つが合併して12年前に結成された。おれはこの3組合とも都労委を通じて少なからぬ縁がある。東建地質、奥多摩工業、熊谷興業、片山組、多摩レンズ、湯浅木材、東関工、八州、むつみ園などの全日自労の事件を担当。全動労の事件に参与したこともある。運輸一般の事件には無縁だったが、79年から83年まで労働者委員を務めた木村さんが運輸一般の出身だった。木村さんとは同じ政党支持の同志として協力し合い、また一緒によく飲んだ。
その建交労があろうことか働く者の首を切った。解雇から8ヶ月後に解決交渉をもった時、建交労を代表して出てきたS委員長の態度には唖然とした。人の首を切り、それが裁判になっているというのに「解雇は成立している。本人が退職金を受領したのは退職を認めた証拠だ」とぬけぬけと言う。こんな委員長を選出している建交労という組合では将来性が危うい。おれはそう思ったね。
次に委員長になったF氏も、裁判所に提出した「陳述書」の低劣さには恐れ入ったが、会ってみるとそれほどの悪人でなさそうだった。裁判所での和解協議と並行して自主交渉を行い、なんとか決着まで漕ぎ着けた。願わくば、これを契機に建交労が「働く者の権利」「と「個人の尊重」を大事にする組合へと舵を取り直して欲しい。
3年間、支援してくださった方も、見守ってくださった方も、ほんとにありがとうございました。