戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)NHK出身小宮山厚労相の先輩上田哲氏のこと 11/09/08
朝5時、新聞配達のために自転車を漕ぎ出す。見事な朝焼けだ。まだらな雲がまだらに赤く染まっている。10分ほどしたら黄色に変わった。もうすぐ日の出。5時半には、雲は白くなり、日が昇ってきた。TBSラジオ生島ひろしの「おはよう定食」をイヤホーンで聞く。赤坂の気温は22度だそうだ。
今日は新聞折込みがなかったので配達はスムース、6時少し過ぎに終了。朝飯を食いながら『毎日』を開いたら、小宮山洋子厚労相の写真。「野田内閣閣僚に聞く」「社会保障給付抑制を精査」。見出しも分かりにくいが彼女の言ってることも不明瞭だ。厚労相なのに「雇用」問題にはまるで触れていない。
小宮山氏はNHKのアナウンサー出身だ。当然日放労の組合員だったはず。そういえば昨年7月に行われた「新聞労連60周年レセプション」で来賓挨拶していたな。内容は覚えていないが、新聞労連はマスコミの兄弟労組だという意味の言葉があったように思う。
NHKから政界に出ていた先輩に上田哲氏がいる。彼は長いこと日放労委員長・マスコミ共闘議長をしていたから、いろんなところで彼の話を聞いた。確かに演説はうまかつた。おれは、上田氏は社会党右派だと思っていたが、だんだん左派のようになって終いには社民党に反発して新社会党を結成した。
あれは山陽労組元委員長の則武真一さんが衆議院選挙で当選したときのこと、明治公園傍の日本青年館でマスコミ共闘の催し物があった。終わってから、当時衆議院議員だった上田哲氏、当選ほやほやの則武さんを囲んで千駄ヶ谷のスナックで二次会があり、おれも末席に着いていた。上田哲氏が先輩議員として偉そうに則武さんに説教を垂れていて、それがなんとも嫌味だったことを覚えている。
思えばあの頃が上田さんの全盛期で、「社公合意」を結んだ80年頃から社会党の右傾化の流れに取り残されていった。「護憲」と「小選挙区制度反対」の旗をずっと降ろさないため連合の支持も受けられず、93年の衆議院選挙で落選した。95年には都知事選と参議院選挙に立候補したが、泡沫候補なみの得票しか得られなかった。
20世紀が終わる頃だったと思う。御茶ノ水駅から順天堂病院の方へ行こうとしたら、ハンドマイクで1人で演説している老人が目に留まった。上田哲さんだった。誰も足を止める人がいない。おれも早足で素通りした。上田さんは08年12月、肺炎で亡くなった。享年80歳だった。