戸塚章介 (元東京都労働委員会労働者委員)内田百閒著「第一阿房列車」読んだ11/08/03

[明日へのうた]より転載

 内田百閒「第一阿房列車」(新潮社文庫317ページ)を読んだ。本屋で文庫本の棚の背表紙を見ていたらこの本が目に留まった。おれが内田百閒を知っているのは百閒が夏目漱石の弟子だからである。おれは夏目漱石が好きで、高校1~2年で図書館の漱石の本はすべて読みきった。

 何年前になるかな、黒澤明監督の「まあだだよ」という映画を見た。この映画の主人公が松村達雄扮する内田百閒だった。百閒を慕う教え子たちに井川比佐志や所ジョージ、奥さんが香川京子。おれには心温まる秀作に思えたが興行的には失敗だったらしい。若い観客に受けなかったんだろうな。

 さて「第一阿房列車」(「阿房」は「あほう」と読む)だが、これがめっぽう面白い。人間観察の辛らつさ、それでいて底を流れるユーモア精神。電車の中で思わず笑ってしまった。百閒が旅に連れて歩くのは国鉄職員の「ヒマラヤ山系」君である。これもとぼけた男で、2人の旅はまるでドンキホーテとサンチョパンサである。

 それにしてもこの2人はよく酒を飲む。宿屋でいつまでも飲んでいるから女中に見放されそうになる。見放されると困るからその前にお銚子をどっさり頼んでおく。9日間の東北旅行からの帰りは、郡山から食堂車へ。「そうして杯を挙げて、お目出度うをした。何がお目出度いかなぞは、どうでもいい事である。白河を過ぎ、西那須を過ぎ、それから宇都宮を過ぎ、小山を過ぎ、よく知らないけれど、上野へ帰ったのだから、過ぎたのだろうと思う。どの辺りから曖昧になったのか、それも判然としない」

 百閒が「阿房列車」に乗って旅をしたのは昭和25年(1950年)頃で、彼は還暦を過ぎたあたり。死んだのは1971年で81歳だったという。夏目漱石の弟子といえばもう1人は有名な芥川龍之介である。こちらは若くして小説家としての名声を博したが1927年に自殺してしまった。

 夏目漱石は文明開化一辺倒の日本の行く末に不安を感じていた。その不安感を「こころ」や「明暗」などの作品で描こうとしたと言われている。2人の弟子のうち、芥川は「不安」に取り込まれて自殺、百閒は長生きしたのだが、「不安」の問題をどう消化したのだろう。

 ともあれ「阿房列車」は愉快な本だった。――あんなにおれを悩ました「水虫」も皮膚科で診断し飲み薬と塗り薬でまじめに治療したらほぼ完治した。おれの当面の「不安」は消えたということだ。