戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

元徴用工問題に対する浅はかな日本政府の対応 19/05/21

明日へのうたより転載

 「『徴用工』仲裁委要請」「日本、韓国政府に通知」(21日付『毎日』1面)「日本、しびれ切らす」「強硬姿勢 解決迫る」「韓国、対応先延ばしか」(同4面)。「日本政府は20日、韓国の元徴用工訴訟を巡り、日韓請求権協定(1965年)の基づく仲裁委員会の設置要請に踏み切った」。

 昨年10月30日に韓国最高裁が発した元徴用工の日本企業に対する賠償を認める判決に日本政府は猛烈に反発している。賠償を命じられた企業の中には和解金を払って早期解決を目指そうという動きもあるが、政府はそれを認めない。これは私企業の経営方針に対する国の介入だ。

 そんな日本政府が今年1月9日、韓国政府に対し請求権協定に基づく政府間協議を要請した。文大統領は「日本政府は謙虚な姿勢を」とまず日本政府のこの問題に対する姿勢を批判した。韓国最高裁の司法判断を一顧だにせず、「解決済みで請求権は存在しない」と言い張る相手では話にならないというわけだ。

 韓国最高裁は「日韓政府の協定は個人の請求権まで否定したものではない」と判断している。個人尊重の近代民主主義の基本理念である。個人の生存権を国家の名前で踏みにじった過去の歴史からの教訓である。文大統領は「韓国にも三権分立が存在する」と法治国家として当然の姿勢を明言している。

 日本政府は「政府間協議」に一向に応じようとしない韓国政府の姿勢に対し「しびれを切らした」という。そこへ今月の15日、この問題の韓国政府としての責任者である李洛淵首相が「韓国政府の対応には限界がある」発言。日本政府の仲裁委要請はこの発言が「引き金」になったという。李首相は<司法判断や世論動向を政府は無視できない>と言ったに過ぎない。国民の代表として当然の発言ではないか。

 さて今回の日本政府による仲裁委員会の設置要請だが、韓国側がたやすく応じるとは思えないし、応じたにしても日本の思惑通りに行く可能性は薄い。それなのに何故この時期にこんな無理筋の要請をしたのか。『毎日』は対韓国よりも参院選を前にした国内対策にあるのではないかと指摘する。「自民党関係者は『韓国に強く出ると、有権者受けがいい』と指摘する。韓国に妥協しない姿勢を示せば、安倍政権の支持基盤の保守派に歓迎されるとの見方だ」。まさに「語るに落ちる」とはこのことだ。

 日本の植民地時代、徴用されて死ぬ苦しみで働かされた韓国の労働者がいたことは事実なのだ。何十年経とうと癒える傷ではない。この問題はすべてその事実から出発して解決されなければならない。