戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

ある企業戦士の浮沈人生 19/01/06

明日へのうたより転載

 働き方の変化について『毎日』がルポ風に問題提起している。「働く『場所』自らつかむ」(5日付1面)「『楽しい』を仕事に」「リストラの波『企業戦士』秋風」(同社会面)。シャープでリストラに遭った男の浮沈人生。会社の危機は「アジアの台頭」が引き金だったが彼を助けたのもアジアだった。

 男は1984年にシャープ入社。「二流のイメージだったシャープを世界ナンバーワンにする」と意気込む。サービス残業は当たり前、午前3時まで働いた同僚が倒れて救急車で運ばれても働き方を変えない。毛布を会社に持ち込んで週に1回は泊まり込む。「子育てを手伝って」との妻の懇願にも耳を貸さない。会社はブラウン管から液晶への転換の波に乗って急拡大した。世界ナンバーワンはすぐそこだ。

 ところがどっこい、低価格を武器にした韓国勢が猛追する。2012年には会社存続の危機に立たされた。出世から外された男に突き付けられたのは子会社への転籍辞令だ。そこでリストラの先兵役をさせられる。辛い役を必死にこなしていると最後には彼自身の解任を迫られる。「辞めてもらった社員に償いもしないと」と上司からの内示に「退職します」と申し出た。2016年のことだ。

 彼はいま京都で「人工知能(AI)を使った工場効率化システム開発『ハイシンク創研』」という会社を運営している。設立資本は中国企業が出した。社員は15人。50~60代の元シャープ企業戦士だ。「会社をナンバーワンにすることが自己実現と信じていた」。彼はそう振り返る。

 同日付の『毎日』で作家の真山仁氏は「日本企業は家族的、宗教的ともいえるつながりにより一体感を作って成長してきたが、バブル崩壊後、生き残ることだけを考えて社員を切り始め、社員の未来を保証しなくなった」と解説する。若者はそんな企業に不安を感じて入社してもすぐ辞める。2015年の大卒就職3年以内の離職率は31.8%だという。国も企業も「若者が頑張れるフィールド」を作っていない。

 確かに『毎日』の指摘する通りなのだろうが、やはりおれは国造り社会づくりの土台は労働だと思っている。問題は企業も国も労働を大事にせず、尊敬する気持ちを失ったところに根本の誤りがあるんだと思う。それと労働組合だ。労働者の存在感の希薄は労働組合が影が薄くなったことに起因している。躍動する労働運動のあるところには躍動する労働者がおり、躍動する工場があるのではないか。