戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

あと12日に迫った明乳事件地裁判決 18/11/17

明日へのうたより転載

 明治乳業賃金昇格差別事件の東京地裁判決まであと12日と迫ってきた。地裁における審尋過程をみると、労働者側にとって楽観を許さないと言えるだろう。この裁判は2017年2月17日公布の中労委命令を不服とした行政訴訟である。中労委の主文は労働者敗訴だが、末尾に「付言」として「当事者双方の互譲による解決」「会社は大局的見地に立った判断をすべし」との趣旨の文章を付け加えている。

 問題は東京地裁がこの「付言」をどう扱うかである。①全く触れない、②「付言」を肯定する、③否定する、の三つが考えられる。裁判所は主文が全てであって余計なことは言わないという流れからすると①の可能性が大きい。しかし裁判長も人間である。「余計なこと」に言及するのではないかとおれは思う。

 裁判所が主文は主文として「余計なこと」を判決文に書き入れることは結構多い。おれは最近、ネット情報から興味ある判決に行き当たった。今話題になっている「徴用工」問題に関係する。2007年に最高裁は、戦時中中国から強制連行されて西松建設で働かされた労働者の賠償請求訴訟で「原告敗訴」の判決を出した。「1972年の日中共同声明で中国国民は賠償請求権を失った」との判断である。

 しかしその判決文の中で最高裁は「被害者らの苦痛は極めて大きく、西松建設を含む関係者に被害救済の努力が期待される」と付言した。西松建設はこの付言を重く受け止め、「即決和解」を東京簡裁に申し立てた。原告もこれに応じ和解協議を続けた結果、09年10月、①強制連行されたとする360人への謝罪、②補償金を支払うための基金に2億5000万円を拠出することで和解が成立した。

 西松建設の和解決断はちょうどその時期社会的に批判されたヤミ献金問題を契機に、諸問題の解決に迫られその一環としての判断でもあったが、最高裁の付言が後押ししたことも間違いない。当時「勝訴した被告企業が自主的に金銭補償に応じたのは異例」と広く話題になった。

 明治乳業争議は会社の攻撃が始まってから50年、係争事件になってから30年、64人の原告のうち15人が「ならず者」の烙印を押されたまま憤死している。まさに「被害者らの苦痛は極めて大きい」(西松建設最高裁判決)のである。それは今回の明乳事件の東京地裁・春奈裁判官は重々分かっているはずだ。だからこそ自らが和解勧告をしたのではないか。それを頑なに拒否した会社側に対する指導的見地をぜひ盛り込んでもらいたい。それは決して「余計なこと」でない。むしろ司法の務めだと思う。