戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

芸能人の不利益契約に思う 18/02/18

明日へのうたより転載

 「移籍制限 法違反の恐れ 公取委」「芸能人の契約慣行」(17日付『赤旗』)。「公正取引委員会の有識者会議は15日、芸能人やスポーツ選手らの契約で、事務所が移籍制限など不利な条件を一方的に設けることは独禁法違反の疑いがあるとの報告書をまとめました」。

 芸能人やスポーツ選手などいわゆるフリーランサ―の地位が不安定であることは昔から指摘されてきた。何故か。いろんな原因があるかと思うが、一番にはその人たちが労働者として扱われているかどうかが問題なのだとおれは思う。芸能人らと出演契約(おれは雇用契約だと思うが)を結んでいる芸能事務所などに労働者を雇用しているという意識がないのは分かる気がするが、当の芸能人本人にもその自覚がない場合が多い。

 そのことをきちんと指摘して労働者としての自立、権利の主張、組織化の方向を先駆的に打ち出したのが佐藤一晴さんだった。佐藤さんは東大仏文学学部の卒業。広告代理店に勤めたが会社倒産に直面し、潰した毎日新聞を相手取って労働争議を始める。争議解決後、音楽家の労働運動に身を投じ、例の日本フィル争議を勝利に導いた。おれは一晴さんが争議を始めた時からの付き合いだ。

 一晴さんにはいろんなことを教えられた。それまでおれは企業内労働運動しか知らなかった。それが個人加盟の産業別組合の世界に目を開かされた。当時喧嘩するのは職制かせいぜい会社の労務、狭い範囲の労働運動だった。おれの場合はそれで結構労働運動として通じたが、音楽家ともなるとそうはいかない。

 おれが都労委の労働者委員になりたての頃、一晴さんが持ちこんだ事件に「モンテ企画」があった。日唱という合唱団の契約にかかわる事件で、普通の労使紛争と性格を異にしていた。まず使用者であるモンテ企画が頼りない。都労委には弁護士に連れられて社長が来ていたがまるで話にならない。佐藤一晴さんのほうがどう見ても人物が上だ。和解を勧告しておどしたりすかしたりしながらなんとか解決させた。

 和解協定書に、経営者と労働組合が対等に協議して合唱団を経営して行くことが明記された。それだけ一晴さんたちの方に経営の責任がかぶさるのだが、音楽業界とはそういうところだということが分かった。争議解決後渋谷のスナックで開かれた解決パーティに招かれた。合掌団員の女性たちに感謝されていい気持になったことを思い出す。一晴さんはいい仕事をしているなと羨ましかった。

 確かにフリーランサ―の雇用安定は大切だが。まず芸能人たち自身が自らを労働者として自覚することが大切だと思う。それが古希を前に胃がんが亡くなった一晴さんの願いでもあったはずだ。