水久保文明(JCJ会員 元毎日新聞労組書記 千代田区労協事務局次長) 「愛を読む人」09/07/25
「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/
「愛を読む人」①
■水久保文明(JCJ会員 元毎日新聞労組書記 千代田区労協事務局次長)
昨日、今月に入って3本目(これは1ヶ月の記録かもしれません)の映画をみました。1本目は「剣岳-点の記」、2本目は先週もこのブログで紹介しましたが「蟹工船」、そして今回は「愛を読む人」というのがそれです。何気にネットの映画紹介を読んでいてこの映画が目に止まりました。少年と年上の女性の愛の物語というのですが、アウシュビッツがからんでいるというので、気になっていたところにいいタイミングが訪れ、映画館のドアを開いた次第です。
キャパは大きい方の「日比谷スカラ座」は思ったより人が入っていました。しかも圧倒的に女性です。女性に人気のある映画なのかと気を回しましたが、考えてみたらこの日は「水曜日・レディスデー」で女性は1000円で映画鑑賞ができる日だったのです。もちろん私は、シニア料金で堂々の1000円鑑賞です。
1958年の西ドイツ。15歳の少年が年上の女性と知り合い、恋に落ちます。年が離れていて、恋する二人の微妙な感情のズレが、うまく描かれています。彼女は男の子に本を読んでほしいと懇願します。男の子は、さまざまな本を読んで聞かせ彼女を喜ばせます。働き者で仕事熱心な彼女は、それが認められて現場から事務職への昇進の話しをされます。
その夜、意図的とも思える少年との口論があり、彼女は忽然と姿を消します。途方にくれた少年は彼女を探そうとしますがかないません。月日は流れ1966年、少年は大学に進み法律を学びます。そのゼミの一環として裁判の傍聴に行きました。なんとそこの被告席には、彼女が座っていました。裁判は、アウシュビッツの女性監視員の罪を裁くものだったのです。もちろん彼女は、大学生になった彼が傍聴していることなど知る由もありません。
裁判は彼女も含めて6人の元女性監視員が被告です。彼女が監視員になった経過、月末に一定の数の〝囚人〟を別のところへ移動させる作業(実はこれはガス室送りの選別だった)、「死の行進」といわれる真冬の移動と空爆による火災で多くの死者を出した責任、などが明らかになっていきます。(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
反麻生勢力の結束強まる。自民党をふっ壊すと叫んだ小泉純一郎元総理の放言どおり着々と。
10256「愛を読む人」②
この裁判は、アウシュビッツで生き残った母娘がその当時の模様を小説にして告発したことから始まったものでした。証人席に立った母娘は、その当時の悲惨さを語り傍聴人やマスコミの目を引きます。裁判所の外では、抗議のデモが繰り広げられ責任を問うシュプレヒコールが響きわたります。
それらを横目に証人席に座った彼女は、裁判官の質問に誠実に答えます。「ナチに関係する仕事だとわかって、何故これに応募したのか」/「ほかに仕事がなかったから」。「殺されることが分かっていて何故、〝囚人〟を送り出したのか」/「殺されるかどうかは知らなかった。しかし送り出すのはそれが仕事だったから」。
真冬の行進で教会に〝囚人〟たちが閉じ込められたとき、空爆を受けて火事になります。しかし監視員たちは、カギを開けることをしないで見過ごし結果として300人が犠牲になります。「何故〝囚人〟たちを解放しなかったのか」という質問に、「街全体も火事になっており、もし解放したら混乱に拍車をかけると思った」と、当時の状況を率直に証言します。
裁判は大詰めで、監視員のなかで誰が最高責任者だったのかが問題となります。検事側は、責任者であることを認めたサインを前にして、彼女がそれであったと主張します。彼女は責任者であったことを否定しますが、「サインが一致するはずだからここで書け」と迫られたとき、彼女はサインをすることなく自分が責任者であったことを認めます。
裁判のその様子を見ていた少年は、彼女が文字を読めない文盲であったことに気づきます。本を読んで欲しいと頼まれたことの意味を知るのです。彼は文字の読めない人が、自分が最高責任者であるというサインをできるはずはないと思いますが、そのことを語ろうとしない彼女のプライドを考え、伏せたままにします。判決は、彼女以外は4、5年の懲役、彼女だけは責任者であったということで無期懲役を言い渡されます。(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
あの宮崎県知事、自分で火をつけ、自分で消火。これをマッチポンプという。さすがお笑い芸人。
10257「愛を読む人」③
判決を受け入れて服役した彼女は、静かな日々を過ごします。彼は、面会所の近くまで行きますが会う勇気がなく、引き返します。面会所で待っていた彼女は、相手が誰であったのかの想像をめぐらせ、あの少年であったことに気づきます。
さらに月日は流れ、弁護士になった彼は結婚し子どもも生まれます。しかし、刑に服している彼女のことが気になりアイデアを思いつきます。テープレコーダーと、かつて読んであげたことのある本を読み上げ録音して彼女に送りつけました。それを受け取った彼女は戸惑いますが、テープを聞き始めます。そのテープは日々増えていき、ぼう大な量になっていきます。
テープを聞きながら、彼女は独学で文字の勉強をし始め、少しだけ書けるようになり彼に手紙を送りますが、彼は返事を書きません。それでもなお彼は彼女に、録音したテープを送りつづけます。手紙での直接のやり取りはなくても、二人の間に二人で過ごした時間が少しだけ戻ってきます。そして服役して20年、彼女の仮釈放が決まります。刑務所の所長は、模範囚であり身寄りのない彼女の引受人になってほしいと彼に要請します。
家庭では離婚状態となっており、娘のいる彼は悩みますが彼女を引き取ることを決断し、刑務所を訪ねます。30年ぶりの再会は、時間を元に戻すことはできません。しかし、彼が読み続けた本は、「愛」のメッセージとして彼女の心に生きていました。ところが1週間後、刑務所に彼女を迎えに行った彼を待っていたのは、彼女の死の知らせでした……。
この映画は事実をトレースして作られたといいます。少年と年上の女性との愛を通じて、戦争の悲惨さを表現しています。戦争への怒りをあらたにするとともに、〝加害者〟も実は被害者であったという点にスポットが当てられていたように思います。そしてワタシ的には、「愛すること」とは何なのか、というテーマについて少しだけ混乱が生じた映画でもありました。
★脈絡のないきょうの一行
いよいよ、総選挙・審判のとき。きっちり、オトシマエをつけなければ。