水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)参議院選挙を振り返って④止 16/07/14

「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/

 以下の名簿を見ていただきたい。メディア関係の委員を上部に集めてみたが、お分かりいただけると思う。労働組合の代表として、当時の連合会長が入っていることも興味深い。労働組合の口も塞いだのである。

【第8次選挙制度審議会委員名簿】

 このように大量の選挙制度審議会の委員を就任させた結果、何が起きたか。小選挙区制導入に弊害となる、メディアの批判をスルーしたのである。94年3月に答申され同法は成立した。もう一度いうが、制度の内容はかつてメディア自らが批判したハトマンダーなどと全く違わないのに、である。しかも、『政党助成金』という税金で政党を養うカネまでつけて。

 このときの議論は実に巧妙であった。同審議会は選挙制度を変更する議論を行っているにもかかわらず、新聞や放送の見出しは「政治改革」という名詞が紙面を席巻した。そのため、国民は汚職をなくすために選挙制度を変えるのだ、という錯覚に陥ったのである。

 この小選挙区比例代表制を導入する審議会にメディア代表が大量に入ったことによって、私は「メディアがルビコン川を渡った」と考えている。本来、権力を監視し批判する立場にあるはずなのに、それを事実上投げ捨てたに等しいからだ。この件以来、国会における対決法案について、メディアの意見が分かれることが多くなったし、政府寄りの論調が多くなった、と見るのは私だけだろうか。

 しかも前述したように、政党助成金を付録につけて「こうすれば企業献金はなくなる」と大嘘キャンペーンの片棒をメディアは担いだのである。ところが現実はどうだ。企業献金はなくなるどころか、増えているではないか。さらに最近では、甘利経産大臣のように口利きでマネーをポケットに仕舞い込むという、破廉恥行為も多々起きている。どこが「政治改革」だったのか、と言いたくなる。

 メディアの罪と罰は重い。重ねて言うが、ジャーナリズムとはあくまでも権力批判を貫くことである。にもかかわらず、取材を制限する特定秘密保護法制定を促進するかの報道があったことは、不幸と言わざるをえない。

 最初にもどるが、今回の参議院選挙結果について「国民がばかだから」という一言は、実に意味深い。誤解を恐れずに言えば、この現象はそういう国民が作られたことの反映なのである。しっかり見据えたい。

★脈絡のないきょうの一行
都知事選挙三つ巴戦に。鳥越さんに参議院東京選挙区の野党票が入れば、勝利。全力あるのみ。


 

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