水久保文明(JCJ会員 元毎日新聞労組書記 千代田区労協事務局次長)母のぬくもり 10/03/11
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「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/
小ブログでも書かせていただきましたが、私の母(89歳)は特養ホームで暮らしています。その母が、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)を起こし2月末に緊急入院しました。食事中に、何かを吸い込んだらしくそれが気管支を通じて肺に入り、炎症を起こしたようです。同時に痰がからみ、特養ホームでは対応できなくなり入院を余儀なくされました。熱が少し出て、痰を取り除くのに大変だったようです。
入院後の検査で、肺炎よりも腎臓機能の低下が深刻であることが判明しました。通常もっている腎臓の役割の1割しか働いていないといいます。もう少し数値が低下すると人工透析が必要となります。数値はぎりぎりのところで止まっており、母の腎臓は母の身体をかろうじて支えているようです。
担当医師から母の病状について前記のような説明を受けました。そのとき、当たり前といえばそうですが、延命治療の是非について問われました。母は不随意運動(脳内の小さな出血を原因とした無意識の頭の動き)があり、身体を長時間固定状態にしなければ透析はできないことから、透析治療は不可能に近いものとなっています。さらに、もともと肺機能が弱く痰がからんだり、呼吸困難に陥る危険性があります。その際、呼吸のためのパイプを通す手術が必要となります。
こういう事態が到来した場合、手術をするかどうかの医師からの質問でした。それはもう明らかに延命治療です。私は、自分でも驚くほど迷いませんでした。「手術は必要ありません」と答えたのです。
この問題を普段から考えているわけではありません。しかし私は、それしか選択の余地はない、と瞬時に考えていました。89歳になった母に、手術が耐えられるでしょうか。否、であります。その事態が起きた場合は静かに天命を待たせたい、そう思うのです。
病室の母は酸素吸入用の管を鼻につけ、栄養補給の点滴を受けています。その姿は痛々しいものがあります。呼吸は苦しそうです。私を見分けきれているのか疑問ですが、腕を伸ばして手のひらを広げてきます。それを握ってやるとしっかり握り返してきます。その手は温かく、遠い昔のことを思い出させるようでした。(次回に続く)
★脈絡のないきょうの一行
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記憶には全くありませんが、私が子どもの頃、母に手を引かれて歩いたことがあるでしょう。きっとそのときぬくもりを感じたはずです。病床の母の手は、そのときと同じ温かさだったのではないでしょうか。そのことを62歳になった今の私が感じられる、これはしあわせなことかもしれない、そんな思いに駆られています。
大正、昭和、平成と三つの時代を生き抜いてきた一人の女性が、89歳になって病床でたたかっています。声をかけても「うん、うん」としか言葉は返ってきません。白内障で目も見えづらくなっており、私の顔が識別できるかどうかも危ういものがあります。しかし、たたかっています。
貧しいくらしのなかで7人の子どもを育て上げた、ガンバリ屋の女でした。連れ合いのDVに耐えながら、子どもたちを守りたたかった母親でした。炭鉱にもぐり、石炭を掘りだす仕事をやったこともある、たくましい労働者でもありました。その母がいま、たたかっています。
私の手を握り返す温かいその手は、まだまだ力があります。痰の吸引のとき苦しくて暴れるそうです。医師は「大声を出したり、動くだけの元気があるほうがいい」と評価します。苦しくなったら、〝言葉帰り〟をして長崎弁で抗議します。覚えていないかと思えば、「暴れてごめんね」と看護師さんに謝る、心優しい母でもあります。
病床のかたわらで母の寝顔を見ていると、子どものように見えてきます。立場を違えて考えてみれば、かつて母は私(たち子ども)の寝顔を見ながら安堵の思いを抱いていたのではないでしょうか。ちょうど今の私と同じように。母の手のぬくもりを感じながらそんなことを考えている私です。(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
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母の意識レベルが下がってきているらしく、声を掛けても反応が弱くなりました。先週土曜日の夕食時に病室を訪ね、お粥を口に運んでやりました。空腹だったのでしょうか、美味しそうに食べていました。しかしそれは、生きるために食べている、といっても過言ではない、本能ともいえそうな事務的なものでした。そのとき「美味しい?」と聞いてみると、かすかに返事をしていました。おそらく、自分の息子からお粥をスプーンで運んでもらっている、という意識はなかったでしょうがそれなりにしっかりしていました。
そして翌日の日曜日、お昼どきの食事中に誤嚥を起こしたらしくむせたそうです。この事態をみて、病院は誤嚥性肺炎の再来の危険があると判断し、食事の供与をストップしました。夜、この日二度目になりますが、私が病床にいったとき、声をかけるとうなずくだけでした。これは次なる段階に移らざるをえない事態を迎えていることになります。それは何か。病状の長期化を見込んで、療養型の老人病院に転院せざるをえないということです。
今の状態が続けば、特養ホームに帰ることはできません。それだけの設備と体制がないからです。それは母がお世話になっているところだけでなく、特養ホーム(以下、老人施設)全体に言えることです。病気がなければ寝たきり状態であっても、老人施設は基本的には受け入れてくれます。しかし、母のように腎臓機能が低下しており、肺炎を起こしたり呼吸困難を抱えた人への対応は、でき得ないのが現状です。
食事が取れなくなって、かりに胃ろう(口からではなく胃へ直接食物を注入する方法)手術を行った場合、その人を受け入れてくれる老人施設はかなり限定されます。それを行うのは医療行為になり、職員の数が不足しているからです。特養ホームなどの老人施設は、ある程度健康でなければ入れないし、一旦病気になったら戻ることすら困難になる、これが現実です。
病に臥した母の手をにぎりながら、そのぬくもりを感じつつ老人施設のあり方や、介護のあり方を改めて考えさせられています。折に触れて、母のその後を報告したいと思っています。
★脈絡のないきょうの一行
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