水久保文明(JCJ会員 元毎日新聞労組書記 千代田区労協事務局次長)募るやるせなさ 10/02/19
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「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/
昨夜、仙台まで足を運び通夜に参列し、既報の51歳でサヨナラも言わずに彼岸に行った、元河北仙販労組委員長・柏原浩一さんにお別れしてきました。先月の末・土曜日、彼は昼休みに仲間たちと食事をしていました。その最中、「手がしびれる」と言い始め医者に行ったほうがいいのではないかという会話の最中、その場に崩れたといいます。
周りの人たちはすぐに救急車の出動を要請、間もなくやってきました。到着した救急隊員が柏原さんに声を掛けたところ、自分の名前を言えるほどしっかり返事をしていたといいます。ところがここから悲劇が始まりました。土曜日ということもあり脳の専門医が休んでいるところが多く、居ても手術中で対応できず、という状態となり救急車は病院を求めて市内を何と3時間も走り回ったというのです。
その間、脳出血の症状は進行してしまったようで、手術をしたときは脳全体に血液が広がり手のつけられない状態だったといいます。それから2週間、彼は眠り続けましたが家族や仲間たちの願いも空しく、2月14日・バレンタインデーに目覚めぬまま息を引き取ったのです。中学生の子どもを残して。
この事件、私は承服できません。友を失ったその原因が、治療の遅れにあったのではないかと思うからです。脳出血で倒れ、早期治療を受けたことによって現在でも(身体の一部が不自由になった人もいますが)元気に過ごしている仲間を、何人も知っているからです。心臓も含めて循環器系の病気が発症したときは、時間との勝負ともいわれます。早く治療をおこなえば、助かる確率は高くなるのです。
にもかかわらず、3時間も病院をたらい回しにされてしまった。これはもう一種の医療過誤であり人災です。土曜日とはいえ仙台市という大都市で起きたこの事態、救急医療のあり方が問われているのではないでしょうか。早い時間に手術なりの治療が行われておれば、柏原浩一さんは死に至らずにすんだ可能性は大きいのです。悔しい。「柏原を返せ」と行政に言いたい。
「死ぬ」という言葉は自動詞です。反して他動詞は「殺される」ということになります。たとえば、交通事故死は「死んだ」のではなく、交通事故で「殺された」のです。今回の柏原浩一さんの死は、救急医療の遅れにより『殺された』としか思えません。そうはいっても、彼は帰ってくることはなく、やるせない気持ちは募るばかりです。
★脈絡のないきょうの一行
稲嶺進名護市長、「海にも陸にも(基地を)造らせない」と首相に。政治家はかくあるべし。