水久保文明(JCJ会員 元毎日新聞労組書記 千代田区労協事務局次長) 二つの映画鑑賞から 10/01/27
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「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/
今年に入って、「沈まぬ太陽」と「釣りバカ日誌20ファイナル」の二つの映画を観ました。日本航空の再建問題が話題となるなか、「沈まぬ太陽」は考えさせるものがたくさんありました。それと同じくらい、「釣りバカ日誌」は単なる喜劇ではなく意外や意外、世相を批判する内容となっており、楽しませてもらいました。
「釣りバカ日誌」はご承知のように、西田敏行が釣りキチのハマちゃんを演じ、彼が勤める建設会社の社長(のちに会長)のスーさんを三國連太郎が演じます。この映画はもともとコミックだったものを映画化したもの。最近は読んでいませんが、私は1979年にコミックで始まったころからのファンで、雑誌の販売日を楽しみにしていたものです。
映画でもそうですが、社長と平社員という関係にもかかわらず釣りを通して、ハマちゃんとスーさんは親友関係です。しかし、社内にそのことを知る人はいません。知っているのは二人の家族と釣り宿の兄ちゃんと、スーさんおかかえの運転手だけ。ハマちゃんの天真爛漫な行動が笑いを呼びますが、その根底には「人」の優しさや人間関係の大切さを教えてくれています。
今回の「釣りバカ日誌」は20作目となりますが、三國連太郎が年齢的(1923年1月20日生まれ・きょうが誕生日でちょうど87歳)に限界を訴え、『ファイナル』となったものです。会長になったスーさんは、引退を決意します。そして最後の退任のあいさつが良かった。「会社は、株主のためにあるものではない。役員のためのものでもない。社員である皆さんのものです。その社員の賃金を減らしたり、クビを切ったりすることは許されない」と語気鋭く語りかけます。
それはまるで、今の財界や大企業に語りかけているようでした。この考え方、スタッフや三國連太郎の考えに通じるものがあったのでは、と、私はみました。三國連太郎が出演した映画で一番古い記憶は「にっぽん泥棒物語」です。この映画は松川事件(1946年、福島県松川町で起きた国鉄の列車転覆事件)を題材にしており面白かったし、「三國連太郎」という役者を知ったきっかけでもありました。(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
ハイチ大地震、すでに7万人を埋葬したという。時間の経過とともに被害が広がる……。
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「にっぽん泥棒物語」は山本薩夫監督で、1965年に作られたもの。出演者は三國連太郎をはじめ佐久間良子、伊藤雄之助、千葉真一、緑摩子など個性豊な人たちです。泥棒した途中で、主役は鉄道の脱線事故を目撃します。ところが、そこにはいなかったはずの人たちが犯人として検挙されます。
泥棒をやめて、まっとうな生活を始めた三國連太郎演じる義助の、自分が泥棒であったことを明らかにして個人の幸せを捨てるのか、無実の人を助けるために証言台に立つのかの葛藤が見ものです。最終的には証言台に立ち、犯人とされた人たちは救われます。しかし、彼の小さな幸せは揺らぎます。その様子をみごとに三國連太郎が演じていました。
そのあとだったと思いますが、彼が主演した映画で同じ年に作られた「飢餓海峡」も迫力がありました。水上勉の原作で、推理ものですが「貧困」問題が背景にあり、私的には名作だと思っていますし、三國連太郎という俳優が私のなかで不動のものとなった作品でもありました。
そういえば、この「飢餓海峡」で刑事役をやった高倉健は、今年で79歳(そうは見えませんね)になりますが、高齢化もあってスクリーンから遠ざかっています。その高倉健を主役にした(最後になるかもしれない)映画の構想が進んでいるそうです。ホントは内緒なのですが、その台本を作家の沢木耕太郎さんが手がけており、内容も少しだけ聞いていますが、それも秘密です。
「沈まぬ太陽」はなかなか迫力がありました。映画が上映される前に、TBSラジオで主役の渡辺謙が語っているのをたまたま聞きました。なるほど、と思ったのは「この小説は作者の山崎豊子さんも考えていたようだが、いつか映画にしなければならない作品だった。それをいつ実行するかが問題で、それがたまたま日航の経営問題が浮上した今年だったことに運命的なものを感じる」という一言でした。
520人もの尊い生命が奪われたあの日航機墜落事故(1985年12月12日)。同じことを繰り返してはいけない、という思いを被害遺族にどう伝えるか。その厳しさは推して余りあります。その一方で経営陣の主導権争い。フィクションとはいえ現実味のある展開にドキドキします。たたかう労働組合弾圧もリアルです。それに屈していく労働者の姿はもっとリアルです。(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
政治とカネ問題の徹底追及と同時に、国民生活問題も重要だ。国会論議を空中戦にするな。
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手元に『日航労組50年の歩み――翼を拡げて』という冊子があります。もちろん第一組合が結成50年を記念して作ったもので、発行は2001年11月、B5版で240ページにわたっています。その冒頭で当時の組合委員長・仲本政良さんが、以下のように述べています。少し長くなりますが、「沈まぬ太陽」の当事者たちの思いが伝わってきますので、紹介します。
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私たちの50年の歴史は、その多くの時代が分裂下での運動でした。
私たちは、日本航空経営の分裂・差別の卑劣な攻撃と社員犠牲の経営政策に対して、「空の安全を守り、働く者の生活と権利を向上させる」ことをめざして全組合員で団結し、そして職場の一人一人の要求を大切にし「一人はみんなのために、みんなは一人のために」を基本に、運動を展開してきました。
こうした私たちの運動は、職場に人権と民主主義を育て、労働組合活動とその権利を確立してきました。そして、日航労組こそ働く者の立場にたった労働組合として、職場からの支持・期待を大きくするとともに、日航労組にさまざまな人々(女性、青年、高年者、管理職)がぞくぞくと加入して、積極的に活動に参加し現在の日航の運動を大きく発展させてきました。また、私たちは、航空連、日航内五労組等、産別をはじめ、地域や全国の闘う仲間たちとも連帯して、社会的課題でも積極的に運動に参加し、持てる力を発揮してきました。
今、経済不況の中で、政府・財界の構造改革強行は、労働者・国民犠牲のリストラの嵐となって吹き荒れ、生活が切り下がるばかりか雇用すら危ぶまれ、将来設計すら見出せない事態となってきています。それだけに、これまで以上に労働組合の役割と真価が問われています。
私たちのこの50年の歴史は、今新たに加入した組合員に引き継がれる時代を迎えています。この新たな時代に、全組合員が団結して、この50年の運動を継承していくとともに、日航内五労組、日航関連労組そして航空連と連帯して、より大きな視野で運動を展開していくことが、日本航空労働組合の21世紀の展望を作るものと確信しています。
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日本航空労組の歴史は、「沈まぬ太陽」に出てくる、あの映像の歴史そのものだったのです。経営側の攻撃にひるまず、前に向って歩いてきた仲間たちの姿は、感動すら覚えます。(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
陸山会・小沢一郎の土地購入疑惑報道、「しんぶん赤旗」がいちばん詳しい。がんばれ共産党。
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『日本航空労組50年のあゆみ』に、映画に出てくるシーンそのものが書かれています。「日航労組孤立化政策を推進する会社は、年末(※注・筆者1963年)には労組役員12名の自宅に処分通知を郵送し、64年春闘を前にした2月には、小倉前日航労組委員長をカラチ支店に不当配転し、組合活動への見せしめ人事を強行しました。小倉さんはこれ以降、カラチ、テヘラン、ナイロビと10年にわたる海外たらいまわし配転を受けることになります」。※注・映画に出てくる恩地委員長の実在は小倉貫太郎さん。
「もう一つの見せしめ人事が行われました。当時、東京支店支部書記長であった平木宏佳さんをいわゆる『第三カウンター』勤務にさせたことです。第三カウンターといわれたこの場所はわざわざ支店入口の脇に囲いをつくって、机一つを置いただけのものにしました。入口を入るお客さんは、正面に見えるメインカウンターにまっすぐ進むため、業務はほとんどありませんでした。向き合っているカウンターから四六時中監視するとともに、他の職員との接触を断ち、尚且つさらしものにするという手の込んだ扱いをしたわけです」。
日航にかぎらず、労働組合敵視政策をとる企業は少なくありません。それによって、争議になっている組合もあります。「名ばかり管理職」問題の東和システムもその一つですが、支援のための会社要請のとき私は必ず言うことにしていることが一つあります。「このような組合敵視や活動家攻撃をしていると、企業全体が疲弊して経営的にも悪化しますよ」と。実際、そうなった企業をいくつか知っています。
今回の日本航空の経営問題は、長年、経営陣がたたかう労働組合を毛嫌いし差別してきた結果、社内に不協和音が生まれ軋みができ、社員の力が削がれたからにほかならないのではないか、と私は考えます。その意味において、今の経営危機を招いた日航の歴代経営陣の責任は重大なものがあります。
「釣りバカ日誌」のスーさんは、経済不況を社員に押し付けてはいけないと、自ら報酬を30%カットしました。「社員が宝」の思想を労働組合との交渉でも貫き、真摯に対応しました。経営者たるもの、そうあるべきです。日本航空の経営者がスーさんのようであったならば、今のような事態は来なかったかもしれません。2つの映画を観ながら、そんなことを考えていました。
★脈絡のないきょうの一行
名護市長選挙、市民と良識派の勝利。おめでとう! 基地ノーのたたかいはこれからだ。