水久保文明(JCJ会員 元毎日新聞労組書記 千代田区労協事務局次長) 年頭に考える 10/01/09

 

「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/

 

 新しい年が始まりました。元旦になると条件反射的に「今年はどんな年になるのだろう」と、ついつい考えてしまいます。考えるに当たってのヒントは、わが家にとどく300通を超える年賀状です。そこにはさまざまなメッセージが込められ、新聞各社の元旦社説を凌駕しています。多くの友人たちに、毎年感謝です。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 その年賀状を参考にしながら、以下、2010年を考えてみました。

 昨年暮れから始まった国と東京都が渋谷に開設した「公設派遣村」への入所者は、12月31日午後5時現在で723人になったといいます。500人になるのではないか、という予想をはるかに越えました。新年に入って、その数は増え続けているといいます。東京以外の各地で展開されている「派遣村」に助けを求めてきた人たちを合計すれば、どのくらいの数になるのでしょうか。忸怩たる思いに駆られます。

 先進国といわれるこの国で、この事態は今様にいえば「ありえない」ことなのではないでしょうか。社会の歯車が狂っています。チャップリンの「モダンタイムス」が、四次元方向で甦っています。一体、何がどうなってしまったのでしょうか。

 私が子どものころ貧しかった。炭鉱夫の父は、昼夜をたがわず働いていました。父の顔を1ヶ月以上見たことがないことが多々ありました。それは彼が出張や、〝塀の中〟にいたからではありません。私たち子どもが朝起きる前に仕事に出かけ、寝入ってから戻ってきていたからです。それだけ父が働いても貧しく、学校では給食費が払えないばかりか、弁当を持って行くこともできず、給食の時間はさりげなく教室を抜け出したこともありました。以前、小ブログで土門拳の写真集「筑豊のこどもたち」を紹介したとおりです。

 その自分自身が経験した貧しさと、現代の貧困を比べてみると今のひどさは目をおおいたくなるばかりです。宇宙に人が住むことができ、時速300㌔の新幹線が走り、車やパソコンが家庭に普及し、飽食が問題視されるこの日本社会にあって、仕事も住むところもない人たちが彷徨っている、これを異常と言わずしてどう表現すればいいのでしょうか。

 原因ははっきりしています。わたしたちはいま、その原因にきちんと向き合うことが求められていると思います。このブログを書いているうちに、今年も2日目に入りました。つづきはあしたにさせてください。いい初夢を見たい、そんなささやかな夢を抱いています。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
公設派遣村のこの実態、新自由主義の具現化にほかならない。

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 昨年の流行語大賞の一つに「派遣切り」が選ばれましたが、国民の怒りの声がそうさせたともいえそうです。労働者を使い捨てにするこの派遣法、私が子どものころには存在しませんでした。労働者は正規雇用が当たり前であり、よほどのことがない限り非正規雇用はありませんでした。それゆえに、貧しくともまだ希望がありました。しかし今は希望が持てない、というのが現実です。

 働くものの暮らしを直撃するとして、私たちは反対運動に全力をあげましたが、労働者派遣法は1986年7月に制定されました。政府と財界は「雇用の流動化」という言葉を使って、必要なときに必要なだけの労働力を確保する「道具」としてこれを位置づけました。このときは労働者側の反対運動を抑えるために、対象を13業種のみに絞り込みました。

 1995年5月、日経連(当時)は21世紀の経営戦略として、「新時代の日本的経営」を発表しました。これは経済のグローバル化に対応するため、という大義名分をかかげてさらなる〝労働力の流動化〟を求めたのです。そして、99年に対象となる業種の枠を広げ、04年にはついに製造業の派遣をも解禁したのです。自民党政権はそれを下支えするために、規制緩和路線=構造改革路線をさらに推進しました。まさに、財界と政府が一体となって労働者いじめ政策を強行したのです。

 以上、派遣法制定の若干の歴史を振り返りましたが、最近の派遣切りをはじめとした雇用不安問題は、政治がつくりだしたものです。したがって、政治がその責任を取ることは当然であって、寒空に放り出された人たちを救うのは当たり前のことです。さすがにこの事態に至っては、メディアも含めて『個人責任』という言葉は出てきません。

 ところで、派遣切りなど雇用不安を招いたもう一方の当事者である財界はどうでしょうか。全くヒトゴトとして黙過を決め込んでいます。派遣労働者を、いや正規雇用労働者さえ切り捨て、生き残りに汲々としその一方で内部留保は増え続けています。この理不尽にこそメスを入れなければ、この国の再生はかなわないと見るのは無理があるでしょうか。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
2年連続箱根駅伝5区の新記録、東洋大学・柏原竜二。すごい、の一言だ。

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 鳩山新政権は、普天間基地の移設問題で揺れています。ここで改めて沖縄問題に関する民主党、社民党、国民新党の「3党合意」を見てみましょう。第9項の「自立した外交で、世界に貢献」という部分で以下のように述べています。

                             ◇=◇=◇
  主体的な外交戦略を構築し、緊密で対等な日米同盟関係をつくる。日米協力の推進によって未来志向の関係を築くことで、より強固な相互の信頼を醸成しつつ、沖縄県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む。
                              ◇=◇=◇
 
  どうしてどうして、なかなかいいことを言っているではありませんか。安保廃棄こそは明記していませんが、日米関係について「沖縄県民の負担軽減の観点から……見直しの方向で臨む」というのが、合意の精神です。これは「緊密で対等」な日米関係をつくる基本になりますし、福島社民党党首の主張は的を射ています。しかし昨年末来の鳩山首相ら民主党首脳の発言は、先の総選挙時のマニフェストにも前述の3党合意にも違反します。

 移設先を辺野古にこだわっている鳩山首相の発言は、この合意でいう「見直し」とは程遠いものです。なぜこのような事態になっているのでしょうか。少し視点を変えて「日米安保条約を維持する」というのが、民主党の基本戦略であると考えてみると理解できそうです。なぜなら、この3党合意の行き着く先は日米地位協定の改定、さらにその先に日米安保条約廃棄問題が横たわっており、安保維持を是とする民主党にとって甚だ都合の悪い問題が生じるのです。

 次に、合意文書のなかの「緊密で対等な日米同盟関係をつくる」という部分に注目してみましょう。この表現は現実に即したものとなっています。つまり、日米安保条約は日米両国にとって「対等ではない」がゆえに、「対等な」という表現を用いらざるをえないのです。すなわち日米安保条約は、アメリカ側に都合のいい片務契約なのです。合意文書はその意味において実に正直です。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
悪天候下でも山に入った人たちがいた。気持ちは分からないこともないが……。

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 日米関係が「対等でない」ことを認めた3党合意、自民党政権時代には考えられなかったことです。なぜ、そう言わざるを得なかったのでしょうか。それは、3党ともに自公政権時に「アメリカ追従型の外交である」と、ときの政府・自民党を追及してきた歴史があるからです。同時に、沖縄県民の苦しみが極限状態にあることを認めざるをえない現実をつきつけられているからです。そして後述しますが、もう一つあります。

 前回はこのコーナーで3党合意を見ましたが、今度は総選挙時の民主党の日米関係に関するマニフェストを見てみましょう。7の「外交」部分のトップに掲載しています。数字はマニフェストの番号になりますので、そのまま転載します。

                              ◇=◇=◇
7外交
51.緊密で対等な日米関係を築く
  ○日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分担しながら日本の責任を積極的に果たす。
  ○米国との間で自由貿易協定(FTA)の交渉を促進し、貿易・投資の自由化を進める。その際、食の安全・安定供給、食料自給率の向上、国内農業・農村の振興などを損なうことは行わない。
  ○日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む。
                               ◇=◇=◇

 FATの交渉促進や、米国との役割分担、日本の責任の部分は現行の日米安保条約肯定の立場です。しかし、対等な同盟関係、主体的な外交戦略、日米協定・在日米軍基地のあり方の見直しは、精神的には反安保の立場です。よくよく考えてみますと、このマニフェストは矛盾したものとなっています。

 なぜ民主党は矛盾した政策をかかげざるをえなかった(えない)のでしょうか。日米関係が「対等でない」ことを認めざるをえなかった、もう一つの理由と同じ理由がここにあると私は考えています。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
年末年始の「公設派遣村」への入所者総数833人。事態は深刻の度を増している。どうする鳩山内閣。

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 日米外交政策に関して、民主党は「推進」と「見直し」という矛盾した政策を掲げざるをえませんでした。それが、普天間基地移設問題をめぐって迷走的な発言の背景となっていると思われます。では、その矛盾の原因はどこにあるのでしょう。前回の①自民党との対決②沖縄県民の思い――に加えて、日本国民全体の意識の変化を反映していると私は考えています。すなわち、日米安保条約そのものに対して、国民の間に「もうそろそろいいのではないか」という思いが生まれ始めているのではないか、ということです。

 そのことを民主党も3党合意も前提にしていると思われます。したがって、ここで旧来どおり普天間基地を辺野古に移すといえば、マニフェスト違反・3党合意違反になりますし、海外に移設するということになれば、アメリカが黙っていません。その間に立たされているのが鳩山内閣です。「私が決める」と大見得を切った鳩山首相、国民を取るかアメリカを取るのか、岐路です。

 この普天間基地移設論争、わたしはいいことだと思っています。つまるところ、この論議は日米安保条約の存続に直結する問題だからです。日米安保条約が改訂されて今年は50年目。これこそ古くなっており見直すべき、いや、〝仕分ける〟対象なのではないでしょうか。

 それにつけても、この問題の本質についてメディアが報道していないことが気懸りです。総選挙における民意は「安保見直し」だったはずです。なかでも沖縄では選挙区で安保推進の自民党議員はゼロになったではありませんか。それを忘れたかのようにメディアはむしろ、日米軍事同盟関係を強めるべきであるという傾向になっています。とりわけ大新聞がこぞって〝推進派〟になっていることに恐怖すら覚えます。

 安保改定50年の節目に、こんなことを考えてみました。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
小沢一郎さんの「陸山会」と似たような名前で、田中角栄さんの「越山会」というのがあったなー。

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 年頭にあたって次に考えたいのは、核兵器廃絶問題です。これは昨年末に書きましたのでここでは、NPT(Nuclear Non-Proliferation Treaty 核不拡散条約)再検討会議について触れたいと思います。この再検討会議は5年ごとに開かれることになっており、今年5月にニューヨークで開かれます。これに合わせて2日には同市内において行動が展開されることになっています。世界各国から、このニューヨーク行動に向けた参加の取り組みが進められており、日本でもさまざまな団体がすでに準備に入っています。恐らくかつてない大規模なものとなるでしょう。

 民主党は、核廃絶問題についてマニフェストで以下のように述べています。

                           ◇=◇=◇
55.核兵器廃絶の先頭に立ち、テロの脅威を除去する
  ○北東アジア地域の非核化をめざす。
  ○包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効やカットオフ条約(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の早期実現に取り組む。
  ○2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議において主導的な役割を果たす。
  ○テロとその温床を除去するため、NGOとも連携しつつ、経済的支援、統治機構の強化、人道復興支援活動等の実施を検討し、「貧困の根絶」と「国家の再建」に役割を果たす。
                            ◇=◇=◇

 民主党は今年のNPT再検討会議で主導的な役割を果すことを明記しています。これはおおいに歓迎したいと思います。昨年の国連における鳩山演説はこのマニフェストが機軸になっていると思われますが、引き続いてこの分野における取り組みに期待したいものです。ガンバレ民主党。

 同時に、「モデル核兵器禁止条約」批准に努力してほしいと願っています。この条約は、国際反核法律家協会、核戦争防止国際医師会議、核兵器廃絶を求めるNGOや市民運動などが中心になって作られたものです。紙数の関係で内容の詳細は紹介できませんが、核兵器の使用・威嚇の禁止をはじめ、開発、実験、生産、貯蔵、移譲を禁止し、廃絶を義務づけるとともに、その手順についても細かく規定しています。この条約が実を結ぶことになれば、核兵器廃絶が大きく前進することになります。NPT再検討会議が、「核なき世界元年」になることを願ってやみません。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
小沢一郎さんに司直の手。師匠・田中角栄なみのスキャンダルの可能性も秘めつつ…。

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 テーマはたくさんあるのですが最後に考えたいのは、環境問題です。この問題を中心に取り組んでおられる知り合いの科学者から、意外な新年のあいさつが届きました。以下、その内容です。

                            ◇=◇=◇
  謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
  昨年の出来事で歴史にのこるものといえば、12月のCOP15だと思います。二酸化炭素(CO2)の排出を減らさないと温暖化して、50年後、100年後には破局に至る。CO2の排出を減らし破局を防ぐと称して世界中の首脳が集まったけれど、合意にはほど遠い結末になりました。
  IPCCはCO2 の排出を今のままにするならば、世界の平均気温は10年当たり0.2度高くなると予測しました。ところがこの10年間、気温は少しも上がりませんでした。 Science 誌 に What happened to global warming? という記事が載りました。気温のグラフも載っています。10年先を見通せなかったのに、50年先の事なら分かると言えるのでしょうか。
  誰かが「危機だ。危機だ」と煽る。政治とマスコミがそれを繰り返し押し流す。人々は何とはなしに、その気にさせられてしまう。これは恐ろしい。この道はいつか来た道ではないのか。危機はCO2ではなく、この道にある。私はそう思います。
  皆様のご健勝を祈念し、今年もよろしくお願いいたします。
                             ◇=◇=◇

 ストレートパンチを受けそうになりそれを避けた瞬間、ボディーブローを打たれたような気分でした。このあいさつの主は、かつて大学教授を務めたこともある自然科学者で文献も少なくありません。その自然科学者が「この道はいつか来た道ではないのか」と、社会科学に言及したことが、私にはショックでした。

 確かに(当時の)10年先の見通しは10年経ってみると狂っていました。それなのに50年先のことが分かるのか、という問いかけは鋭いものがあります。そう考えてみるとCOP15が何らの成果も見出せなかった理由が分かるような気がします。地球環境をテコに金儲けを画策している人たちがいるのもまた事実で、「いつか来た道」の再来にほかなりません。「環境」を声高に叫ぶ企業ほど胡散臭い、そう考えても間違いはなさそうです。

 以上、少々中途半端になったキライはありますが年頭に考えてみました。いずれの問題も、何もしなければ変わらないのは同じです。レーニンだったでしょうか、「大事なことは評論することではなく、変革することである」という言葉があります。その立場、いまこそ大事な気がします。

★脈絡のないきょうの一行
財務大臣の交代劇、早すぎかもしれないが鳩山内閣の終わりの始まりかも。