水久保文明(JCJ会員 元毎日新聞労組書記 千代田区労協事務局次長) ビラ配布は犯罪ではない 09/12/27

 

「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/

 

 裁かれるべきは最高裁だった――。11月30日、葛飾ビラまき弾圧事件について最高裁は上告を棄却し、罰金5万円の有罪判決を言い渡しました。これはひどい。憲法擁護義務を負う判事が、言論・表現の自由という基本的人権を投げ捨て、白昼堂々と憲法違反を行ったのです。人は時折、間違いを起こします。しかし、この誤りだけは絶対に許されない歴史的汚点となりました。

 この事件のおさらいをしてみましょう。当事者となったのは荒川庸生さん。

 2004年12月23日午後2時過ぎ、荒川さんは東京都葛飾区でオートロックでないマンションの共用スペースに入って、ドアポストにビラを配布していました。それを見た住民が110番通報し、亀有警察の警察官が駆けつけ荒川さんを逮捕。お正月をはさんで23日間も勾留のうえ、起訴したのです。配布していたのは、日本共産党の「葛飾区議団だより」「東京都議団ニュース」「区民アンケート」とその「返信用封筒」の4種類。

 検察の起訴理由は住居侵入罪。ビラ配布は住民の生活を脅かす行為である、というのです。これに対して2006年8月28日、東京地裁は無罪判決を出しました。その判決は「居住者とコンタクトを取る機会が事実上失われるのは不当」とした上で、集合ポストへのビラ配布はいかなる場合も合法であるという当たり前の内容でした。さらに、ビラをドアポストへ投函することは「刑事処罰の対象となるような社会通念は確立していない」と明確な判断を示したのです。

 この判決は、今で言う「国民目線」からは当然過ぎるものでした。メディアも「ビラはお金や組織を持たない人にとって、自分の主張を世間に訴える大切な表現方法である」(東京新聞)。「表現の自由は基本的人権の中でも民主主義社会を支える根幹であり、最大限に尊重されねばならない」(毎日新聞)――などと報道しました。同時に、警察・検察による強引な捜査を批判しました。

 こうした世論を無視して東京地検は控訴したのです。東京高裁は、07年12月11日一審判決をくつがえして罰金5万円の有罪判決を出しました。この判決は最初に結論ありき、というものでした。そのために無茶苦茶な理屈を並べています。「個別の住民の許諾を得た上で、そのドアポストにビラを投函するために本件マンションに立ち入ることは禁止されておらず……住民の情報受領権や知る権利を不当に侵害しているわけでもない」と。すなわち、個別の住民の許諾があればビラのドアポストへの投函はOKであるから、言論表現の自由を侵害していないと言うのです。驚くべき非常識でした。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
子ども手当捻出に扶養控除廃止? 何のための事業仕分けだったのか。

 「個別の住民の許可を得れば、ドアポスト投函はOK。だから表現の自由の侵害にならない」というこの論理、はっきり言っちゃいますが、サルも笑いそうです。個別の住民の許可が得られるようであれば、ポスティングなどする必要はなく、直接、その住民と会話ができるではありませんか。住民の許可を得ることが問題ではなく、自由にビラを配布する権利が問題なのです。

 これはあくまでも想定ですが、この論理をよしとして個別の住民に許可を得るために訪ねたとしましょう。その場合、恐らくこの裁判官は「公選法違反」で有罪にするでしょう。そのくらいの非常識判決だと思うのです。

 この東京高裁の逆転判決に、メディアは一斉に反発しました。当然のことです。報道機関にとっても他人事ではありません。マンションに立ち入ることが犯罪だということになれば、自由な取材ができなくなります。新聞各社は社説で「ビラ配り有罪―常識を欠いた逆転判決」(朝日)、「権力の暴走こそ監視せよ」(神奈川)など批判の声をあげました。

 こういう理不尽な判決を受け入れるわけにはいないと、荒川庸生さんと弁護団は上告し、たたかいは最高裁の場に移りました。そして出されたのが、先月30日の判決でした。さすがに高裁の理解に苦しむ「住民の許可を得ればOK」という判断はなくなっていました。が、言論・表現の自由よりも結局は(ポスティングによって被害は何一つ起きていないにもかかわらず)住居侵入罪を重用して荒川さんを有罪としたのです。

 それゆえに私は、裁かれるべきは最高裁判所だった、と思うのです。この葛飾ビラまき弾圧事件は住居侵入罪か、言論・表現の自由かという問題が主論議でした。しかしもう一つ、国公法違反に問われた堀越事件と世田谷事件は、国公法そのものをめぐる議論もあります。それらについても考えてみたいと思います。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
結局、税収不足で国債発行に頼るという。事業仕分けは、そのためのアリバイだったんだー。

 ビラ配布弾圧に関する国公法問題に入る前に、前述の最高裁判決に対する弁護団の声明を以下、転載させていただきます。少し長いのですががまんしてください。

                   ◇=◇=◇
  1 葛飾ビラ配布弾圧事件(平成20年(あ)第13号)につき、2009年11月30日、最高裁判所第二小法廷(今井功裁判長)は、弁護人らの上告を棄却し、荒川氏に対し罰金5万円の刑罰を科した原判決を維持した。重要な憲法上の権利に関わる事件であるにもかかわらず大法廷に回付することなく、口頭弁論期日を一度も開かないまま上告を棄却したことに強く抗議する。

 2 本件は、2004年12月23日午後2時過ぎ、葛飾区内に居住する荒川氏が、7階建マンションのドアポストに日本共産党発行「都議会報告」や「葛飾区議団だより」・「区民アンケート」などを配布した事案である。このマンションのドアポストには商業ビラや政治ビラが日常的に投函されており、荒川氏の配布もこれらのポスティングと何ら変わることはなかった。

 3 こうしたビラ配布を有罪とした本判決は重大な問題をはらんでいる。
まず、住居侵入罪の適用を検討するにあたっては、ビラのポスティングをめぐるさまざまな事実を総合的に衡量して「正当な理由」もしくは「侵入」の成否を判断すべきところ、本判決にはこうした慎重な衡量や評価を行った形跡は微塵もない。
  また、本件は憲法上の人権である言論・表現の自由にかかわる事件であるが、本判決は、管理組合の管理権・私生活の平穏といった利益に絶対的価値を認めて、言論・表現の自由より優位においており、憲法上の人権を無視したものとなっている。
  さらに、荒川氏の逮捕・起訴後5年が経過しているが、現在も多数のビラが集合住宅にまかれている。それらのビラ配布行為に対する起訴事例は見あたらず、本件が、捜査機関による日本共産党に対するあからさまな政治的弾圧であったことが明らかとなっている。本判決により、最高裁判所は捜査機関の政治的弾圧に追認を与えたのであり、憲法の番人としての職責を放棄したものと言わざるを得ない。この判決によって、わが国の言論・表現の自由と民主主義は、崩壊の危機に迫られているといっても過言ではない。

 4 もっとも、本判決の適用範囲は、必ずしも明確ではない。
  本判決は、法益侵害の程度を検討するに際し、荒川氏が玄関内ドアを開けて7階から3階までの廊下部分に立ち入った事実を強調し、そのことから「法益侵害の程度が極めて軽微なものであったということはでき」ないとしている。本判決は法益侵害の程度が住居侵入罪の成否に影響することを示唆しており、集合ポストに対するビラ配布まで違法としたものとはいえない。

 5 国際人権規約委員会は、本事件を名指しして不当な逮捕・起訴と指弾しており、わが国の人権の後進性は国際社会でも問題化している。自由権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)の選択議定書が批准されれば、荒川氏の正当性と本判決のはらむ問題は国際人権規約委員会において明らかにされるであろう。たたかいは決して終わっていない。
  言論・表現の自由を始めとする人権は、すべての人間に保障される前国家的な権利である。それは最高裁判所であっても奪うことのできない権利であり、本判決によって、言論・表現の自由の具体化であるビラ配布の自由が奪われてはならない。
  ここに葛飾ビラ配布弾圧事件弁護団は、これからも言論・表現の自由と民主主義を守るため、たたかい続けることを表明するものである。
   2009年11月30日                 葛飾ビラ配布弾圧事件弁護団
                    ◇=◇=◇
  (次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
菅副総理と亀井金融・郵政相との口論、目くそと鼻くその喧嘩にみえるね、私には。

葛飾ビラまき事件と同じような弾圧事件で、現在裁判所でたたかわれているものがあと2つあります。「国公法堀越事件」と「国公法世田谷事件」がそれです。

 堀越事件は、2004年、東京目黒の社会保険事務所に勤務していた堀越明男さんが、休日に自宅周辺の民家やマンションのポストに日本共産党のビラを配布したことが、国家公務員の政治活動を禁止している国家公務員法・人事院規則に違反するとして逮捕・起訴された事件。堀越さんは、この起訴が憲法で保障された言論表現の自由を抑圧するものであり、公安警察の違法な尾行・監視・盗撮によって仕立て上げられたと主張し、公訴棄却・無罪を要求して裁判で争ってきました。しかし東京地裁は2006年6月堀越さんを有罪とした不当な判決を下し、現在、東京高裁でたたかわれています。

 もう一つの世田谷事件は、2005年9月、当時厚生労働省の職員だった宇治橋眞一さんが東京・世田谷区の住宅の集合ポストに「しんぶん赤旗」号外を配布したことが、住居侵入罪にあたるとして逮捕。東京地検は住居侵入については不起訴にしたものの、国公法違反で起訴。2008年9月の東京地裁は罰金10万円の不当な判決を下しました。この事件も現在、東京高裁でたたかわれています。

 この2つの事件が葛飾事件と違うのは、住居侵入罪ではなく国家公務員法違反で起訴されていることです。日本の公務員は何故か、政治活動が認められていません。その公務員の政治活動を規制しているのは国家公務員法第102条第1項、同110条1項19号そして人事院規則14-7です。国公法102条は「職員は、政党又は政治的目的のために、寄付その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以ってするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」としています。

 これを受ける形で人事院規則がつくられているのですが、実にこの規則、「適用の範囲」「政治目的の定義」「政治的行為の定義」とこと細かく定めています。そこまでやるかー、という感じですが、公務員に政治活動はやらせない、という思想がみなぎっています。いうまでもなく、この規定は思想・信条の自由と、言論・表現の自由をうたった憲法に違反しています。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
背番号17。素数。単なる沿線住民ファンだが埼玉西武ライオンズのルーキー、菊池雄星投手に期待。

 例示的に堀越事件をみてみましょう。国際的にみてもこの異常な法律をタテに、公安警察は堀越さんの監視をはじめました。それも尋常ではありませんでした。ビデオカメラを回し、ビラ配布で活動する堀越さんを盗撮したのです。そのビデオの多くはビラ配布とは関係ない、たとえば堀越さんが共産党事務所に出入りする様子などが撮られています。その一部は法廷で開示されましたが、22本分については開示されていません。

 弁護団はこのビデオの開示請求を、現在審理中の東京高裁におこないました。しかし裁判所は11月18日の公判で「訴訟を遅延させるのみが目的」として拒否、それを不服として弁護団は裁判官の忌避を申し立てました。この忌避申し立てに裁判所はその場で簡易却下しましましたが、この決定は承服できないと弁護団は中山隆夫裁判長ら3人の裁判官に対して、最高裁に特別抗告を申し立てています(現在審理中)。

 弁護団は、「今回の忌避は訴訟の遅延が目的ではなく、重大な争点となっている捜査の違法性、国公法と人事院規則で禁じている政治活動の違憲性を解明する上で、盗撮ビデオの取り調べは必要不可欠」であるがゆえである、と主張しています。同時にこれを取り調べないのは、公平な裁判を受ける権利の侵害(憲法37条)にも当たると指摘しています。

 「高裁よ、おまえもか」と言いたくなる対応です。ビデオは公安警察の違法な捜査を物語るものです。ビデオはしゃにむに堀越さんが国公法〝違反〟をしていることを立証しようとしており、それは同時に弁護団が指摘するように国公法が違憲であることを証明しているのです。その証拠を却下することは、実は裁判所が訴訟を遅延させていることにほかなりません。

 この堀越事件の背景に何があったでしょうか。すでにお気づきかと思いますが、事件が起こされた2004年当時は「消えた年金」などが社会問題化し、社保庁のあり方が問われはじめる頃でした。そのさまざまな議論のなかで社保庁の「民間化」が言われ始め、来年1月に「機構」が誕生することになったのです。社保庁職員であった堀越明男さんを逮捕・起訴したのは、その反対運動を押さえ込む役割も果していたといえます。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
平和のために武力行使もありうる、というオバマ演説。侵略者が言い続けてきたことの繰り返しだ。

 国公法違反に問われたもう一つの世田谷事件は、2005年9月に起きました。この年の9月といえば何があったか、記憶に新しいところです。そうです、小泉構造改革路線の華とも言えた郵政民営化を問う総選挙が行われました。選挙結果はご承知のとおりでしたが、その背景に共産党への執拗な攻撃があったのです。

 何ゆえに今、共産党弾圧か。このことを私たちは軽視してはならないと思います。ずいぶん前のことですが、1950年から1978年まで京都で革新自治体の金字塔を立てた蜷川虎三さん(1897-1981)だったと思いますが、「共産党弾圧は戦争前夜だ」という言葉があります。まさにそのとおりだと思います。それは近代史が無言のうちに物語っています。あの苛烈な戦中の弾圧にあってもなお、日本共産党は「戦争反対」「天皇制反対」を唱えました。小林多喜二の虐殺はその犠牲でした。

 共産党は現在においても、憲法擁護や反戦を言い続けています。「国民本位の政治」を貫く努力を続けています。支配者にとって、目の上のたんこぶ的存在が共産党であるといっても過言ではないでしょう。その政党を弾圧するために、言論・表現の自由という基本的人権を投げ打って、ビラ配布を有罪としたのです。司法は自ら憲法を破ったのです。

 第2次世界大戦のとき、ヒットラーの行為について何もできなかったことを悔やんだ、ドイツの牧師・マルチン・ニーメラ(1892-1984)さんが以下のような詩を作っています。この短文は、私たちに大きな教訓として残っています。ぜひご一緒に考えてみましょう。

          ◇=◇=◇
  共産党が弾圧された
  私は共産党員ではないので黙っていた
  社会党が弾圧された
  私は社会党員ではないので黙っていた
  組合や学校が閉鎖された
  私は不安だったが、関係ないので黙っていた
  教会が弾圧された
  私は牧師なので立ち上がった
  そのときはもう遅かった

 はじめに彼らはユダヤ人を逮捕した
  私はユダヤ人でないから黙っていた
  次に彼らはコミュニストを逮捕した
  私はコミュニストでないので、黙っていた
  それから彼らは労働組合員を逮捕したが
  私は労働組合員ではないので沈黙していた
  そして彼らは私を捕らえたが
  もう私のために声を上げてくれる人は一人も残っていなかった

★脈絡のないきょうの一行
中国の副主席と天皇の会見、政治利用だと思うが、安倍晋三サンには言われたくないね。