水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)忘れてならない〝記念日〟 11/12/08

 

「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/

 きょうは、1941年に「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の打電によりハワイオワフ島の真珠湾攻撃が行われ、あの忌まわしい太平洋戦争が始まった70回目の〝記念日〟です。視点を変えれば、きょうは現在の日本のカタチをつくった、記念日なのかもしれません。つまり、長期間にわって特定の外国から事実上の支配を受ける続ける異常状態、すなわち対米従属をつくった記念日なのではないでしょうか。

 このニイタカヤマ(新高山)は、戦前の教科書には「日本一高い山」と記述されていたといいます。何故か。当時日本は台湾を占領し、日本の領土としていました。この台湾で一番高い山が玉山(台湾名・ユイシャン・3,952m)で、その山を占領後、新高山と呼ばせ日本で一番高い山、と称していたのです。名前を変えさせるなど、ひどいですね。

 その〝日本一高い山〟の名前を、戦争開始の暗号に使ったのです。真珠湾攻撃はどのようなものだったのか、少し長いのですが、「Wikipedia」で見てみましょう。

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  ハワイは現地時間12月7日日曜日の朝だった。7時10分(日本時間8日午前2時40分)に、アメリカ海軍の駆逐艦DD-139「ワード(ウォード)」がアメリカ領海内において国籍不明の潜水艦を発見し、砲撃によりこれを撃沈した(ワード号事件)。これは日本軍の特殊潜航艇であった。ワード号は直後に「未識別の潜水艦」を撃沈した旨を太平洋艦隊司令部へ打電したが、ハワイ周辺海域では漁船などに対する誤射がしばしばあったことからその重要性は認識されず、アメリカ軍は奇襲を事前に察知する機会を逸した。

 7時49分、第一波空中攻撃隊は真珠湾上空に到達し、攻撃隊総指揮官の淵田美津雄海軍中佐が各機に対して「全軍突撃」(ト・ト・ト・・・のト連送)を下命した。7時53分、淵田は旗艦赤城に対して「トラ・トラ・トラ」を打電した。これは「ワレ奇襲ニ成功セリ」を意味する符丁である。7時55分翔鶴飛行隊長の高橋赫一海軍少佐が指揮する急降下爆撃隊がフォード島への爆撃を開始した。

 7時58分、アメリカ海軍の航空隊が「真珠湾は攻撃された。これは演習ではない」と警報を発した。戦艦「アリゾナ」では7時55分頃に空襲警報が発令された。8時過ぎ、加賀飛行隊の九七式艦上攻撃機が投下した800キロ爆弾が四番砲塔側面に命中。次いで8時6分、一番砲塔と二番砲塔間の右舷に爆弾が命中した。8時10分、アリゾナの前部火薬庫は大爆発を起こし、艦は1,177名の将兵と共に大破沈没した。戦艦「オクラホマ」にも攻撃が集中した。オクラホマは転覆沈没し将兵415名が死亡または行方不明となった。
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 午前7時10分から8時10分頃まで、1時間余にわたって攻撃が繰り返され、上記には記されていませんが、さらに8時54分から第2波攻撃が展開されています。この攻撃が行われる以前から、満州国をアメリカが承認することや、日米通商関係の正常化などについて「日米交渉」が重ねられていましたが、この日のハワイ時間午前8時50分に日本側は、日米交渉打ち切りの最後通牒(事実上の宣戦布告)を手交し、戦争へと突入していったのです。時間的には第2波攻撃の直前でした。

 日米交渉の最中に真珠湾攻撃が行われたという経緯が、単に世界戦略ばかりでなく、アメリカが現在にいたっても日本を〝占領下〟に置いたままの状態を続ける理由の一つなのではないか、と考えるのは私だけでしょうか。12.8を期に、歴史を少し振り返ってみました。

★脈絡のないきょうの一行
「東電 実質国有化へ」(毎日新聞)――1兆円規模の税金をつぎ込むことが前提のようだが……。