水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)進んでいない復旧 11/10/21

 

「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/

 災害問題の全国集会に先立つ前日の7日、4月に調査した被災地を再訪しました。復旧・復興がどの程度進んでいるのかを見るためです。石巻市から亘理(わたり)町まで、ほぼ前回と同じコースを車で走りました。いくつかのポイントで『定点観測』をして写真も撮ってきました。

 この写真、一部を千代田区労協の機関紙に報告・掲載しましたが、11月22日から30日まで開かれる「第19回千代田みんなの写真展」(千代田区一番町・いきいきプラザ一番町1階ギャラリー)にも出品する予定です。ぜひ足をお運びください。

 定点観測の結果は、「復旧はすすんでいない」ということになります。4月に調査したときの瓦礫や破損したままの車などはかなり撤去されました。しかし空き地が広がっているだけです。阪神淡路大震災のとき、ちょうど1年後に被災地調査をしたことがありますが、そのときと全く同じ状態でした。石巻では、2階建ての家で洗濯物が干してあり、住んでいる人もいましたが川よりの家屋は1階部分が津波で破損したままで住める状態ではありまぜん。道路に打ち上げられたボートが置いたままになっていました。

 驚いたのは名取市の閖上(ゆりあげ)地区です。住宅地であったと思われるところが、土台だけ残してきれいに片づけられていました。震災直後の写真にはまだ家屋が残っていましたが、それらが全て、文字通り全てなくなっていました。広大な土地に建っていた家屋が、一瞬のうちに津波に流されたのです。そのエネルギーのすごさに、改めて驚きました。

 この地域に日和山という小高い場所があります。震災直後には津波で流された家屋がここに〝打ち上げられて〟いました。それらは全て撤去され、塔婆が2本立っているだけでした。2本ということは、恐らくこの場所で2人の遺体が発見されたのではないでしょうか。静かに手を合わせてその場を辞しました。

 亘理町では、前回調査のときと同じ地点を探しましたが、どうしても見つかりませんでした。4月に撮影した写真と見比べても、対象となる建物がなくなっていたからです。同じ場所を2往復しましたが、断念せざるを得ませんでした。その足で港まで進んでみました。船の発着はできるところまで回復していますが、周辺の建物は閖上と同じように〝広大な土地〟化していました。

 被災地の多くは、建築制限がかかっており自分の土地であっても、家を建てることはできません。それが住宅建設を遅らせている一因にもなっており、少なくない自治体から「制限を外してほしい」という声で出ているといいます。その思いは理解できますが、1000年に一度とはいえ、同規模の地震が起きる可能性もあり、判断は難しいところです。

 いま大事なことは、海沿いのまちを高台に移すという構想がありますが、それらも含めてまちづくり計画、とりわけ災害に強いまちづくりをどう具体化するのかという政策を急ぐことではないでしょうか。その計画づくりの際に大事なことは、被災住民を中心に置くことです。

 大企業やゼネコンに委ねた復興ではなく、被災住民中心、地元企業優先の計画にしていくために、国民的な被災者支援の取り組みは大事なのではないでしょうか。

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