水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)原発『依存症』を考える 11/08/24
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「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/
最近、「原発に依存しないエネルギー政策」だとか、「原子力に依存しない社会の発展を」など、『依存しない』という言葉をよく耳にします。この言葉の意味について少し考えてみました。結論的に言えば、「原発に依存しない」という表現・考え方は、『脱原発』『原発ゼロ』を意味するものではない、ということになろうかと思います。
依存、という言葉を聞くと条件反射的に「アルコール依存症」が浮かびます。このアルコール依存症をテキストにしながら考えてみます。アルコール依存症は「飲酒行動をコントロールできなくなる病気」と定義されています。ちなみに「日本の飲酒人口は6,000万人程度と言われているが、このうちアルコール依存症の患者は230万人程度であると言われている。飲酒者の26人に1人がアルコール依存症…」(Wikipedia)。
ちょっと気になる数字ですが、それはおいといて、原発依存症とは何かについてアルコール依存症になぞらえてみると、「原発がないと、社会がコントロールできなくなるという錯覚や幻覚に陥った症候群」ということになるでしょうか。と同時にもう一面で原発依存症は、実は原発「マネー依存症」でもあるとも言えます。
先週(8月19日)、毎日新聞が原発に関連してこれまで使われたカネは2兆5000億円に達するという報道をしました。原発を擁する地方自治体のなかには、この原発マネーが予算の半分を占めるところもあり、まさに原発マネー依存、すなわち原発依存そのものとなっているといえます。それは、エネルギーとして原発が必要であるということではなく、原発に群がるマネーがなくてはならない存在になっているのです。だから、住民の健康問題を無視してでも、原発を稼動せざるをえないのです。最近の北海道・泊原発の再稼動の動きはその典型といえます。
全ての依存症を克服する最大の近道は、その対象物を無くしてしまうことです。ところが、アルコール依存症でみれば社会的には、克服のために「アルコールをなくしてしまえ」とはなっていません。つまり、アルコールそのものの存在は認めているのです。もちろんアヘンや覚せい剤などは法的に禁止されていますから、依存症があってもなくてもその撲滅のための方策が取られます。
翻って、「原発に依存しない」という考え方ですが、アルコール依存症を克服するためにアルコールそのものをなくしてしまうことではない、ことと軌を一にしており、原発は認めているのです。言い方を変えればニュアンス的には、「今の原発依存率は高いから、もっと減らすべきだ」という意味合いも含んでいます。真に原発のない社会づくりをめざすのであれば、「脱原発」「原発ゼロ」などの言い方をすべきです。
私は「脱原発」であるべきだと考え、そのための運動を強化すべきだと提言しています。その運動づくりにあたって、「原発に依存しない」という人たちとも行動をともにできると思っています。なぜなら原発依存症を克服しよう、すなわち、原発を減らそうという意識は「脱原発」につながる道ですし、運動的には行動をともにして行くことは(相手から拒否されれば別ですが)十分可能だからです。そんなワイド的視野をもった、国民的運動をつくりたいものです。
さて、あなたは?
★脈絡のないきょうの一行
島田紳助の芸能界引退、見出しだけみたら「大阪府知事選に立候補か」と思ったが、もっと低俗なヤクザがらみだった。笑止。