水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)拝啓、東日本大震災復興構想会議諮問委員の皆様。 11/07/02
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「ヘボやんの独り言」より転載 http://96k.blog98.fc2.com/
先週土曜日6月25日、東日本大震災復興構想会議による「復興への提言 ~悲惨のなかの希望~」(以下、「提言」)が発表されました。4月11日に同会議の設置が閣議決定されて以来、約2ヵ月半の議論によって集約されたものでした。皆様方にはお疲れさまでした、と申し上げますがその経過と内容は、残念ながら私には「ブルータス、お前もか」というシーザーの心境にも似たものでした。
まず、えっ!? と驚かされたのは会議が開かれた回数がたったの12回だったこと、しかもそのうちの前段の2回は委員の顔合わせと今後の進め方の相談、後段の4回は今回発表された「提言」のたたき台について議論されています。ということは、4月30日の第3回から6月4日の第8回会議までが「提言」のために意見交換された正味の日程となっています。これはすごい。途中で「検討部会」なるものが開かれていますが、たった34日間・6回の議論であれだけの「大作」をお書きになった皆様方の能力に頭の下がる思いがしています。
そしてもう一つは、諮問委員会の被災地の視察は福島(5月2日)、宮城(5月4日)、岩手(5月7日)の東北3県を各1回ずつ行われていますが、少なすぎるのではないかという疑問です。あの広大な被災地を各県1回だけというコンコルド並みの超スピードで視察したうえで、あの「提言」は作られたことになります。諮問委員の皆様は、いわゆる知識人であり、学者であり作家などであり被災地を1回視察すれば「百を分かる」方々ばかりとは思いますが、たった1回、いや失礼、延べ3回の被災地訪問で被災者の現状や思い、復興のあるべき姿について真に理解いただいたのでしょうか。疑問がつきまといます。
関連してもう一つ。訪問すべき被災地が欠落していることが気になって仕方がありません。「東日本大震災」というこのネーミングの由来、もしかしたらお忘れではないでしょうか。NHKは『東北関東大震災』という言い方をしばらく続けました。しかし、あの被害は東北と関東だけではなく、北海道にもあったし内陸部で長野にも影響を与え、そのことを配慮して『東日本』という名称を冠したはずです。
ところが諮問委員の皆様は、あの震災で被害の大きかった茨城、千葉、長野、そして北海道には足を運んでおられない。はて、これは何故でしょうか。千葉県浦安市の液状化による被害は目を覆うものがあります。同県旭市の津波による被害も、死者が出るなど小さくありませんでした。「提言」はそれらの地の被災者のみなさんの思いを汲んでいるのでしょうか。(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
おいおい、自民党議員を政務官に起用かい。みえみえの切り崩しだよなー。
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拝啓、東日本大震災復興構想会議諮問委員の皆様。私のこの「つぶやき」、2回目となり、長くなってしまい申し訳ありません。もう少しおつきあいください。
政府諮問機関の答申や裁判所の判決文は、最後から読めとよくいわれます。今回の「提言」も例外ではありません。私が「ブルータス、お前もか」という思いを持ったのは、「提言」の『結び』のなかの以下の数行でした。
「復興が苦しいのもまた事実だ。耐え忍んでこそと思うものの、つい「公助」や「共助」に頼りがちの気持が生ずる。しかし、恃むところは自分自身との「自助」の精神に立って、敢然として復興への道を歩むなかで「希望」の光が再び見えてくる。だから自ら人とつなぐはよし、いつのまにやら人とつながれていたでは悲しい。」
この部分、早い話しが国や自治体に頼らず自力で立ち上がれ、と言うことと同義語であり、「上から目線」そのものです。阪神・淡路のときもそうでしたが、これはとっくに論破され誤った考え方として批判されてきたものです。それを殊更に明文化したあなた方の心根を疑わざるをえません。それとも誰かに、この一文を入れてくれと要請されたのでしょうか。
なぜこの考え方が論破されているのか、実例を示せば明らかです。津波で家族や自宅、そして仕事さえ失くした人に「自助」の力があるでしょうか。家族を亡くした精神的なショックは推して余りあり、立ち上がる気力さえ萎えているのが現実です。その人たちに「自助」を奨励するなど、がんばろうとする心に水をかけるようなものです。あなた方は、被災地を訪ねて何を見てきたのですか。国や自治体が先頭に立って被災者の救援に当たるべきで、公助と共助こそが急がれるのです。
「提言」は、フクシマの原発事故問題についても言及、「パンドラの箱があいたときに、人類の上にありとあらゆる不幸が訪れたのと類似の事態が、思い浮かぶ。」と述べています。がしかし、パンドラの箱を開けた者への批判は一切ありません。どうしたことでしょうか。
日本国民はすき好んでパンドラの箱を開けたのではありません。原子力利用にあたっての危機管理に、「想定外」は断じて許されないことです。ところが東京電力は平然と「想定外であった」と発言しました。「提言」は、その東京電力に対しても、原発を推進した政府に対しても何一つ批判はありませんでした。批判や総括のないところに「対策」は成立せず、原発事故収束に暗澹たる気分に陥っているのは、私だけではないと思います。(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
東京電力の株主総会に昨年の3倍近い9,309人が出席。脱原発への新たな胎動になるか。
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拝啓、東日本大震災復興構想会議諮問委員の皆様。もう一度だけおつきあいください。
「提言」のなかで気になったもう一つは、民間企業(とくに大企業)の資本力を活用することを名目にした「水産業復興特区構想」です。この構想は、漁民をサラリーマン化するばかりか漁業権を剥奪することにつながります。これは言い方を変えると、「近海漁業の企業化」です。
全漁連をはじめ少なくない漁業関係者がこの構想に反対を表明していますが、当然のことです。「サラリーマンとして魚を獲ればいいじゃないか」という声が聞こえてきそうですが、漁師のみなさんは自分の力で仕事をしてきたし、これからもつづけたいと思っています。いま水産業の復興にとって必要なことは、特区づくりではなく、漁船の確保と漁港の整備による漁師(漁協)の独り立ちです。これこそ公助、共助が必要です。
縷々申し述べてきましたが、「提言」の内容すべてが不満というわけではありません。復興を契機にして日本が環境問題について発信することや、災害に関する学術の充実、「鎮魂の森」などの大震災を忘れない取り組みの強化などは賛同できます。
なかでも、「防災」から「減災」へという発想の転換は大事な視点だと思います。欧米諸国ではすでに、地震や洪水など災害は起きるものであり、起きたときに被害をどれだけ最小限に食い止めるか、という「減災」の考え方が主流になっています。つまり、「災害を防ぐ・防災」ではなく、「被害を減らす・減災」に力を入れようというもので、これは評価できます。この「減災」の思想、時間がかかるかもしれませんが徹底していただきたいと思います。
私が災害問題に取り組み始めたのは、20年前の雲仙普賢岳の火砕流災害からでした。私自身が長崎県出身だということが運動にかかわる動機でしたが、あれはすごかった。91年6月3日に発生した大火砕流は、死者行方不明者43名を出す大惨事となりました。被災地の皆さんを励ますとともに、東京からツアーを組んで現地調査も行いました。
以来、北海道・奥尻島の津波災害、阪神・淡路大震災、有珠山の噴火災害、中越沖地震、宮城・岩手内陸地震などの被災者のみなさんとかかわりを持ってきました。中越沖地震では、支援物資を車一杯に積んで被災から4日後に現地を訪ね、その被害のひどさに驚いたものです。それらの取り組みの中で得られた教訓、とりわけ阪神・淡路大震災の被災者の皆さんと一致したのは、「復興とは人間性の回復である」ということでした。
今回の東日本大震災も例外ではなく、人間性をどれだけ取り戻すかが復興のバロメーターといえます。そして大事なことは、被災者自身の立場に立った施策、すなわち「被災者目線」の復興をすすめることです。今回の「提言」は、第一次分だと聞いています。であるならばさらなる検討が加えられることになるのでしょうが、「人間性の回復」を基軸にした施策づくりを強くお願いするものです。
★脈絡のないきょうの一行
10年代なかばに消費税10%へ。これが強行されたら、大震災の復興は10年遅れる。