■水久保文明(JCJ会員 元毎日新聞労組書記 千代田区労協事務局次長)「ヘボやんの独り言」より転載 輿論と世論 そして調査09/06/10

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輿論と世論、そして調査①


 毎日新聞記者OBの池田龍夫さんが、「マスコミ9条の会」のホームページで、民主党・小沢一郎前代表の西松建設疑惑をめぐって、代表を辞任すべきかどうかなどの世論調査報道を検証しておられます。詳細にわたるそれは整理されており、世論調査のあり方や結果の数字の読み方を考えさせられるものがあり、ぜひ一読をお薦めします。

 そのなかに「輿論」と「世論」の違いについて記述があり、少し興味がわきましたので、考えてみることにしました。池田さんの記述の一部に以下のようなものがありました。引用をお許しいただきたいと思います。
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 1946年に当用漢字が公布される以前、「輿論」(Public Opinion)と「世論」(Popular  Sentiments)には区別があり、輿論は「多数意見」、「世論」は「全体の気分」を意味する言葉だった。佐藤卓己・京大准教授はこの違いを重視し、輿論は「理性的討議による市民の合意」、世論を「情緒的な参加による大衆の共感」と定義している。
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 この漢字、両方とも「よろん」と読ませます。広辞苑は両方とも同じ意味としてとらえ「世間一般の人が唱える論。社会大衆に共通な意見」とし「『世論』は『輿論』の代わりに表記」とも書いています。ちょっと苦肉しています。

 佐藤卓己・京大准教授の定義のほうが、より分析的です。いや、最近はやりのマルクス的表現でいえば、階級的に思えます。輿論の「理論的討議による市民の合意」という見方、素敵ではありませんか。世論が「情緒的な参加による大衆の共感」であれば、ちょっとした動きで政党の支持率が変化することも納得いくというものです。

 

輿論と世論、そして調査②

 

 世論調査で「無作為抽出」という言葉を聞いたことがおありでしょう。この意味について、勝手に動き回って調査する、というふうに考えがちですが実は違うのです。ある一定のルールを無作為に決めて(抽出して)調査をするのです。たとえば住所を基本に調査する場合、◎丁目の◎は偶数、○番地の○は二桁で奇数、●号の●は奇数、などと設定して調査に入ります。これが無作為抽出なのです。電話の場合はたとえば局番の一桁は奇数、番号の下二桁の数字を特定する、などとなります。

 調査方法は、上記の無作為抽出にもとづいて、①対象者に直接会う面接(聞き取り)調査②家庭に2、3日置いて答えてもらう留め置き調査③電話調査などが主流です。郵送での調査もあります。最近ではEメールの調査もありますが、一人が何通も出したりすることもあり信用できません。自宅への電話調査はケイタイが普及し、回答が高齢者に偏る場合があり、全階層の調査には不向きです。しかしこの問題を解決するための研究はすすんでいるようです。

 私も受けたことがありますが、選挙のときの「出口調査」というものがあります。これは聞き取りの一種です。私の場合、相手はNHKでしたが、午前10時ちょうどに投票所から出てきたところをつかまりました。恐らく「15分おきに、男女交互に」などを基準に調査しているのでしょう。出口調査は投票が終わったあとで、その人がほっとしたところであり、ほとんど正確に答えてくれる、と言われます。だから、開票と同時に「当確」が出たりするのです。

 

輿論と世論、そして調査3

 

 輿論と世論の違いみたいなものを考えるつもりでしたが、調査方法に流れてしまいました。なぜこの問題にこだわるのかといいますと、「世論」の動向を見るとき、どういう調査方法を採用しているかはその数字を〝読む〟にあたっての判断基準になるからです。そしてもう一つの大事なポイントは、設問の仕方です。

世論調査の結果は、設問の仕方によってかなり変動します。たとえば、内閣支持の設問を考えてみましょう。�あなたは麻生内閣を支持しますか�あなたは生活給付金を支給した麻生内閣を支持しますか�あなたは解散・総選挙を先送りする麻生内閣を支持しますか——とした場合どうなるでしょうか。

 敢えて極端な質問を選びましたが、同じ支持するかどうかの設問でも回答は大きく違ってくるであろうことをご理解いただけると思います。つまり、設問の仕方によって「世論」は迷走するのです。このように方向性を定めて質問することを「バイアスをかける」という言い方をします。
※注・バイアス=偏り、偏見、最初の思い込み、転じて予断などと解される。

 私も主催したことがありますが、街頭などで「シール投票」を行ったことがあります。以前、議論になりましたが、「国民投票法」について賛成か反対かを調査したとき、街頭のシール投票では圧倒的に反対が多く、新聞社の調査はその逆だったということがありました。街頭では、反対の宣伝行動の一環として投票を呼びかけており、明らかにバイアスがかかっていますし、投票してくれる人は問題意識を持った人ですから、『反対』に投票する人が多いのは当たり前です。

 では新聞社などが行った調査は公平なのかというと、必ずしもそうは思えません。前述の「国民投票法」のときでも、設問によって数値がかなり変動しています。この問題が国会で論議され始めたころは、この法案を知らない人が5割を超えており、調査に値しないのではないか、と思ったことがあります。もちろん、「知らない」ことも重要な回答ですから、データとしては生きています。(次回につづく)

私たちは報道機関の世論調査の結果について、意外なほど科学的だという�バイアス的意識�をもっています。確かに、数字はある傾向を示しますが、それは設問によっても異なることは前述したとおりです。したがって、世論調査を「読む」場合はどんな調査方法でおこなわれ、どんな設問になっているかをしっかりチェックすることが大事です。

 

 

 そこでもう一つ考える必要があるのは、運動によって調査数字が変わってくるという問題です。たとえば憲法改定問題で、賛成、反対の数値は変動しています。世の中が動いているのですから、国民の意識も動くのは当然で弁証法的です。9条改悪反対の運動が盛り上がっているときは、改憲反対が増え、逆に運動が下火になれば改憲賛成が増えます。今年の憲法記念日を前にした読売新聞の調査は、その典型だったのではないでしょうか。

 このことをもう少し掘り下げて考えてみますと、バイアスのかからない世論調査はあり得ない、ということにつながります。ある一つのテーマに関する運動の強弱、メディアの取り上げ頻度などはある意味、一種の�バイアス�がかかる状態です。ここから学び取る必要があるのは、誤解を恐れずに言えば、世論調査で私たちの有利な結果を得たいのなら、バイアスがかかるほどの運動を強化しなければならない、ということです。「世論は私たちの運動の反映」と置き換えることもできるからです。

 以前このブログに書きましたが、毎日新聞の元記者で都知事選挙の革新統一候補になった松岡英夫さん(故人)から「客観報道などあり得ない。報道はすべからく主観に基づいている」と言われたことがあります。まさにそのとおりで、世論調査も元来「客観調査」は不可能に近いのであって、バイアスがかかっていることを前提に見ておく必要がありそうです。とはいえ、「たかが世論」ですが、「されど世論」であることも受け止めておく必要はありましょう。

★脈絡のないきょうの一行
厚労省の局長にまで波及した偽装障害者団体事件、政治家までいくのではないだろうか。