河野慎二/ジャーナリスト・元日本テレビ社会部長/テレビウオッチ(55)NHKの墓穴掘る籾井会長は即刻辞任せよ 理事全員に辞表書かせる恐怖政治崩壊目前 14/03/04

NHKの墓穴掘る籾井会長は即刻辞任せよ

理事全員に辞表書かせる恐怖政治崩壊目前

河野慎二 (ジャーナリスト ・ 元日本テレビ社会部長)

 就任早々「従軍慰安婦は、どの国にもあった」などの暴言を繰り返した籾井勝人NHK会長に対し、「公共放送の会長としての資格に欠ける」として、解任を求める声が一段と強まっている。都知事選で元航空幕僚長の応援演説に立ち「他の候補は人間のクズ」と暴言を吐いた百田尚樹経営委員と、朝日新聞社で拳銃自殺した元右翼団体幹部を礼賛した長谷川三千子経営委員に対しても、罷免すべきだとする動きが広がっている。

 放送法は第1条3項で「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が民主主義の発達に資すること」を定めている。これは、NHKが戦前、国営放送として国民を侵略戦争に動員したことへの反省に基づいて定められたものだ。こうした歴史的背景や放送法の精神を全く理解していない籾井は、公共放送の最高責任者としては百害あって一利なしだ。一刻も早くその職を去るべきだ。

 2月22日、「放送を語る会」が緊急集会「NHKの危機、いま、何が必要か―籾井会長発言が問いかけるものー」を開いた。参加者は140人を超え、80人が定員の会場は立ち見が出るほどの熱気に包まれた。出席者からは、「もっと視聴者の声を上げよう。NHKの現場を激励しよう」(池田恵理子元NHKディレクター)、「会長の選び方を変えよう。公選制などの導入が必要」(醍醐聡東京大学名誉教授)などの発言が相次ぎ、籾井、百田、長谷川の罷免を求める署名運動に取り組むことを決めた。

 NHK会長と2人の経営委員の暴言は、NHK内部の問題にとどまらず、政治問題化しつつある。一連の暴言については、国際的な批判が高まっている。百田が3日、東京裁判は米国が原爆投下や東京大空襲の大逆圧をごまかすための裁判だったと述べたことについて、在日米大使館報道担当官は「非常識」と厳しく批判した。国会でも安倍政権とNHKの関係に疑惑が広がり、籾井は連日のように予算委員会や総務委員会に参考人として呼ばれ、追及を受けている。このままでは安倍政権のアキレス腱になりかねない。

■NHK理事全員「日付空欄の辞表届を出した」と国会で答弁
古館「会長に辞めてくれと言っているように見えた」とコメント

 2月25日。テレビ朝日の「報道ステーション」のトップ項目は「就任当日にNHK会長 理事に〝辞表〟要求」。古館伊知郎キャスターが総合リードで「NHKの籾井会長が就任したその日に、役員である10人の理事全員に、日付を空白にした辞表を提出させていたことが分かった。そして『あなた方は、前の会長が選んだ。今後は私のやり方でやる』という趣旨の発言をしていたことも、今日の国会で分かった」と報じた。

 それは、異様なシーンだった。衆議院総務委員会。参考人として出席したNHKの塚田祐之専務理事が「辞任届には辞任の日付を空欄のまま記入せずに、署名捺印し提出した」と答弁、吉田浩二、石田研一両専務理事が「私も日付を入れない形で辞任届を提出した」と続く。10人の理事全員が、日付空欄の辞任届を提出したと答弁した。まとめのコーナーで、古館が「理事の皆さんは淡々と述べていたが、表情を見ると、辞表を提出させられたことに対して、今度は逆に会長に辞めてくれと言っているように見えた」とコメントした。確かに、カメラは「覚悟」を感じさせる理事の表情をリアルに捉えていた。

 委員会が始まる前、籾井と理事は答弁の打ち合わせをした。籾井は自分の答弁に合わせるよう求めたが、理事側が反発、10人の理事全員が日付を空欄にした辞任届提出の事実を証言した。委員会で籾井は「各理事は事実をそのまま述べた。それはそれで結構」と答えたが、同時に「私がどう思うかは別問題」と凄んでみせることを忘れなかった。理事の〝造反〟の背景には、籾井の常軌を逸した言動に対するNHK職員の怒りがある。籾井の行く手に難関が立ちはだかる。

 籾井は1月末の就任会見で「NHKのボルトとナットを絞め直す」と発言している。番組編成などNHKの重要事項を決定し執行する理事全員から、日付空欄の辞任届を籾井は手にした。生殺与奪の権限を握った籾井は、何を企むのか。理事の任免には経営委員会の同意が必要だが、辞任に同委は不要とされる。安倍が昨秋、経営委員会に4人の〝安倍一族〟を送り込んだように、理事を籾井一色の人事に染め直そうとしているのか。

 メディア研究者の松田浩元立命館大学教授がその危険性に警鐘を鳴らす。松田は「報道ステーション」のインタビューに答えて、「非常に強権的、威圧的なやり方だ。権力がバックにある。安倍派で固められた経営委員会が主導権を持っているという気持ちの驕りが背景にある」と指摘する。さらに、松田は「NHKは戦前、国民を戦争に駆り立てた反省に立って、最高意思決定機関の経営委員会と執行機関の理事会という仕組みができた。今まさにそれが変えられようとしていることに問題の本質がある」と警告する。

 総務委員会では、「辞表を提出させて人事権を行使するということは、俺の言うことに従え、俺の考えに従った放送にしろということと同じになる」「会長が人事権を振りかざせば、NHKの内部でまさに民主主義がなくなる。活発な議論がやれなくなる。公共放送が、不偏不党、公正中立、編集権の独立が脅かされる」(民主・福田昭夫議員)などと厳しい追及を受けた。しかし、籾井はまともに答えず、紋切り型の答弁に終始。NHK会長として不適格である姿をさらけ出すだけだった。

■「NHK会長に何が問われているか」TBS「報道特集」が迫る
BBCダイク元会長、籾井発言「BBCではありえない」

 今回の問題について「NHK会長として何が問われているか」に斬りこみ、公共放送トップのあるべき姿に迫ったのが、15日のTBS「報道特集」だ。タイトルは「公共放送と政治 NHKはどこへ…」。国会で籾井が退任を迫られるシーンから番組が始まる。2月13日、衆議院予算委員会。籾井に質問したのは井出康生衆院議員(結いの党)。皮肉にも井出はNHK記者出身だ。井出「公共放送としての使命を追求して行くのなら、会長として自ら身を引くしかない」。籾井「引き続きNHK会長としての責務を全うしたい」。

 「報道特集」は、公共放送の草分けとされるイギリスのBBCを取材する。BBCは政府との間でBBC憲章を結び、BBCが独立した組織であることを謳っている。だが、BBCは放送の独立性を巡って、幾度となく政府と闘いを続けてきた。1985年、北アイルランドの独立を扱った番組について、当時のサッチャー政権が国益に反するとして中止を求めた。この時、BBCの職員はストを決行、放送を実現した。

 2003年、英国がイラク戦争に参戦する根拠として発表したイラクの大量破壊兵器に関する報告書について、BBCは「情報操作で誇張されたものだ」とスクープした。ブレア政権は「事実無根」としてBBCを激しく攻撃、BBCに情報提供したケリー博士が自殺し、国を揺るがす大スキャンダルに発展した。当時のグレッグ・ダイクBBC会長は2004年、引責辞任に追い込まれた。

 ダイク元会長に「報道特集」がインタビューした。「当時は大変な思いをしたが、それが会長の仕事だ。再び同じ立場に立ったとしても、私は再び闘うだろう」と明言する。公共放送と政府との距離ついてはどう考えるか。ダイクは「公共放送と政府は民主主義の中で役割が異なっている。政府は彼らの言い分を放送するよう圧力をかけてくるが、自分たちの放送したいように放送するのが公共放送だ」と語る。

 ロンドン市民にマイクを向ける。政府とBBCのどっちを信用するか。市民A(若い女性)「BBCの方がより公平ではないか」。B(男性)「政府は自分たちに都合のいいように話すが、BBCは事実をそのまま伝えてくれる」。BBCに対して、ロンドン市民が高く信用していることに驚かされる。

 一連の籾井発言について聞いてみた。ダイクは「BBC会長がそのようなことを言ったら、記者だけでなく経営陣からも強い反発を受けるだろう。BBCには政治的独立の精神が流れている。それが、BBCにとって何よりも大事なことだ。だから、会長がそういう発言をすることはありえない」と断言する。

■政府との距離、政治との関係問われるNHKの歴史
「会長は圧力に職責を賭して闘う覚悟必要」と元NHK記者

 NHKの歴史にも、政治との関係が問われる局面が何度かあった。そのひとつが、戦後最大のスキャンダル、田中角栄元首相が逮捕された政界汚職のロッキード事件を巡る報道だ。1981年、NHKは刑事被告人となっていた田中角栄について、ニュースで特集を組んだが、放送直前に待ったがかかった。ストップをかけたのは、後にNHK会長になる島桂次報道局長だった。背景に自民党への配慮があることが分かり、記者たちが島に抗議し放送にこぎつけたが、肝心の三木武夫元首相のインタビューはカットされた。

 その取材を担当していたのが、NHK社会部で敏腕記者として鳴らした大治浩之輔元記者だ。島と対決した記者に報復が待っていた。大治は「定例の人事異動で、放送の中心になった政治部、社会部の記者が外された」と語る。大治も飛ばされた一人だった。今回の籾井発言について大治は「驚きました。驚いただけでなく、疑問に思ったのは、この人は放送法順守を繰り返しているが、ご本人は放送法順守とは何なのか、何のために順守すると(分かって)言っているのかということだ」と批判する。

 NHK会長という公共放送の最高責任者が果たすべき役割について、大治が「報道特集」のインタビューに答える。「ひとつは、現場に自由闊達な風を吹かせる。もうひとつは、そういう風に外から圧力がかかってきた時は、率先して、職責を賭して闘う。自らの職を賭する覚悟があって、放送法順守ということになると思う」と明快だ。

 まとめのコメントで、金平茂紀キャスターは「BBCのダイク元会長は、報道機関が外部から会長を迎える時は、従来のルールではなく、民主主義のルールに従うべきだと言っている。籾井会長は放送の独立性についての認識に欠けている」と述べ、籾井が会長として不適格であると指摘した。そして金平は「NHKには優れた記者がいるし、いい番組を作ってきた。これからもいい番組を出して行こうと、NHKの現場の人たちにエールを送りたい」と締めくくった。

■TBS「サンデーM」2週連続籾井暴言をトップで報道
岸井氏経営委員会に罷免求める。浅井氏「籾井は持たない」

 籾井暴言については、TBSの「サンデーモーニング」が2月23日と3月2日の2週連続トップで取り上げた。23日は「国会で問題発言相次ぐ」として、安倍政権が抱える弱点という文脈の中で特集している。この週は、「米国に失望した」と放言した首相補佐官や特攻隊と靖国参拝を称賛した内閣官房参与など、安倍側近の失言、暴言が相次いだが、「サンデーM」は籾井暴言をそれらと同列に位置づけ、安倍政権を揺るがしかねない波乱要因の一つと表現した。

 20日の衆議院予算委員会は、籾井発言で集中審議を行った。野党議員は「自分の発言のどこがおかしいのか」との籾井発言を「開き直り」と追及した。ケネディ駐日米大使のインタビューが暗礁に乗り上げている問題も、「会長と一部委員の発言で、インタビューが困難になったというが、事実か」と質問を浴びた。籾井は「新聞報道にコメントする立場にない」と繰り返すのみ。議事が一時中断する事態となった。

 2日の「サンデーM」は、25日の理事全員の日付空欄辞表提出を詳報した。番組は籾井の進退にも焦点を当てた。経営委員会の浜田健一郎委員長は「3月いっぱいで(NHK)予算があるから、それをにらみながら、いろいろ判断して行く」と発言している。日切れ法案であるNHK予算案の審議に支障が出れば、籾井の進退を考えると示唆したとも取れる。番組は「経営委員からは籾井の罷免を求める声も出始めた模様」と伝えた。

 NHKの籾井、百田暴言について、米紙ワシントン・ポストは11日、「破壊的な歴史否認主義だ」と批判し、安倍自身が2人の見解を明確に非難すべきだと主張するする社説を掲載した。同紙は「百田氏を指名し、籾井氏の起用を立案した首相の責任は特に重い」と強調。「米政府も首相がナショナリストなのか改革者なのか疑問に思っている。報道の独立を支持する銅貨を明確にできるのは首相だけだ」と指摘した。

 これについて、コメンテーターの西崎文子東京大学大学院教授は「総理の靖国参拝もそうだが、籾井会長の『慰安婦はどの国にもあった』発言は、(日米)同盟の根幹にかかわる問題だ。安倍首相が責任を取るべきだ」(23日)。2日の番組では、岸井成格毎日新聞特別編集委員が「経営委員会は(籾井会長を)選んだ責任があるから、会長に辞めて頂くというきちっとした姿勢を示すべきだ」と述べ、経営委員会が籾井を罷免すべきだとの考えを明らかにした。浅井信夫氏(国際政治学者)も「籾井会長は持たない」とコメントした

■放送・新聞など全メディアを政権の支配下に置く
籾井罷免は安倍の危険な意図を粉砕する第一歩

 このまま籾井が会長の座に居座ったらどうなるか。NHKの取材、制作現場は間違いなく萎縮する。現実に1月30日朝の「ラジオあさいちばん」で、中北徹東洋大教授が「リスクをゼロにできるのは原発を止めること」などとコメントする予定だったことにNHKの担当ディレクター(Dir)が難色を示したため、中北はこれに抗議し出演を拒否した。Dirが籾井の背後にいる安倍の意向を忖度したとすれば、萎縮効果の第1号だ。

 人事権を振りかざす籾井の恐怖政治がNHKを支配することになれば、番組制作の根幹である制作者の内部的自由は圧殺され、プロデューサー(PD)やDirによる良心的な企画は陽の目を見なくなる。そうなったら、国民の知る権利や多面的な放送文化に接したいという視聴者市民の権利は大きく侵害される。特に、海外で高い評価を得ていたドキュメンタリー番組にも深刻な影響が予想され、国際的な損失にもつながる。

 安倍が会長に籾井を、経営委員会に百田、長谷川らを送り込んでNHKを制圧した後のプランは、民放や新聞も完全な支配下に置いて、自らの政策をメディアに宣伝させるシステムを構築しようとするものだ。民放に対しては、突出して政府に批判的な番組やキャスター、コメンテーターの退治、平定に乗り出す。そのためには、バラエティ番組や準キー局の番組出演も厭わない。

 新聞についても、消費税の軽減税率を呼び水に、硬軟取り混ぜて、反政府的な論調の記事消滅を策す。3月2日投票の沖縄県石垣市長選で、防衛省が琉球新報の陸上自衛隊配備を巡る報道について「公正さに欠ける」と日本新聞協会に申し入れを行ったのは、強面対応の第一弾だ。新聞、テレビ各社トップとの会食による情報サービスも忘れない。無批判に会食に馳せ参ずるトップは、安倍に幻想を与えるだけだ。

 その後に来るのは、政府発表をそのまま垂れ流しにする戦前の大本営発表の再来だ。このままでは、国民を戦争に駆りたてた、戦前の翼賛報道に逆戻りするという指摘が、ウソ、偽りと言えなくなる。そんなことを許してはならない。籾井暴言は、単にNHKだけの問題ではない。民放や新聞、出版など、ジャーナリズム全体の問題である。背後で籾井暴言を操る安倍の危険な狙いを、ジャーナリズムがどう明らかにして行くことができるかどうか正念場を迎える

 しかし、現実は安倍の思う通りには進まない。あまりにも度を越した籾井暴言は、世論の猛反発を招いている。NHKには2月19日の時点で、籾井暴言に対する批判的な意見が1万1300件も寄せられている。25日の経営委員会では、浜田健一郎委員長が「自身の立場に対する理解が不十分と言わざるを得ない」と籾井を注意した。浜田の注意は2回目。就任1カ月で2度も注意を受けるのは尋常ではない。籾井に罷免を求める声は強まるばかりだ。

 NHK内部でも、表にこそ出ないが、籾井への怒りと怨嗟の声は深く広がっている。25日の衆院予算委員会で、理事10人が籾井の意向に逆らう形で日付空欄の辞表届を提出させられた事実を明らかにしたのも、NHK内部の怒りを事実上代弁したものだ。動きが鈍かった日本放送労働組合(NHK労組)も26日、「取材や営業の現場でも厳しい対応を受けることが増えている。経営の混乱を背負わざるを得ない現場は辛い」と指摘した。ケネディ大使の取材拒否や受信料不払い問題が念頭にあるとみられる。

 籾井のガバナンスは、就任1カ月で地に堕ちようとしている。籾井は辞任するしかないというのが、衆目の一致するところだ。しかし、籾井の辞任は安倍の牙城の一角が崩れることにつながるから、簡単には行かない。籾井を罷免させる世論を一段と大きく盛り上げることが必須の要件だ。放送を語る会が中心となって進めている籾井罷免要求の署名運動を成功させ、署名を大量に集めよう。そして、NHKに抗議の声を集中する。メディアも継続的に取材、報道を強化する。それが、籾井罷免にとどめを刺す近道だ。