河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ(36)/ テレビは安保、 核、 対米従属をタブー視するな―総選挙へ取材を強化し、 的確な報道を期待―09/08/25

 

テレビは安保、 核、 対米従属をタブー視するな

 

―総選挙へ取材を強化し、 的確な報道を期待―

 

河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト

 

 

  衆議院総選挙の投票が6日後に迫った。

 

  各テレビ局や新聞社は、 先週末から一斉に世論調査の結果を報道している。 いずれも 「民主圧勝、 自民歴史的惨敗」 の方向で共通している。

 

  日本テレビのニュース 「ZERO」 は21日、 「民主300議席を超す勢い」 と伝えた。 日本テレビホームページの政治部デスク解説によると、 前回総選挙で自公両党が94議席 (民主は7議席) を獲得した東京、 大阪、 兵庫の大都市圏では、 今回自公が固めたのはわずか5選挙区で、 民主が79選挙区、 接戦18選挙区となっている。 また、 これまで自民が4連勝している94選挙区では、 自民が優勢なのは12選挙区に留まり、 民主46選挙区を固め、 36選挙区で接戦となっているという。

 

  新聞も 「民主300議席うかがう勢い」 (朝日、 20日)、 「民主300議席超す勢い」 (読売、 21日) などと報道している、 読売は 「自民党は大苦戦を強いられている。 当選可能性のある候補が今後健闘すれば、 90人に近づく可能性がある」 と分析し、 自民党が歴史的大惨敗を喫する可能性に言及している。

 

  党首の失言などで、 選挙結果が動く可能性はゼロではない。 しかし、 この世論調査に示された民意は、 「自公政治は退場せよ」 という有権者の明確な意思である。

 

  とにかく、 自公政治に対する民意の怒りは尋常ではない。 「一億総中流」 とは、 日本のストロングポイントを象徴する表現だった。 しかし、 小泉構造改革以来の自公政治は、 「総中流」 とは似ても似つかない格差と貧困の拡大、 雇用不安をもたらした。

 

  戦後の経済再建を底辺から支えた人々に対し、 人格そのものを否定する 「後期高齢者医療制度」 を押し付け、 年金、 社会保障制度をズタズタにした。 農業は破壊され、 地方は疲弊し、 医療、 教育の荒廃が進み、 社会はきしみ音を立てて揺らいでいる。

 

  30日の総選挙は、 この自公政治に審判を下す日である。 有権者が自公政権にレッドカードを突きつけ、 政権の座から退場を命じることは、 ほぼ間違いないと見られる。

 

■民主党 「対等な日米関係」 旗印に打ち出す

  日米地位協定改定、 米軍再編も見直す方向

 

  今回の総選挙のもうひとつの争点は、 新政権の外交政策、 特に自公政権が長年取り続けて来た対米従属政策をどう変えて行くかというテーマである。

 

  アメリカにオバマ政権が登場し、 ブッシュ政権時代の対外政策を見直すと同時に、 核廃絶を含め冷戦時代の負の遺産を清算する動きを強めている中で、 民主党が中心となると見られる新政権は対米従属関係をどうチェンジするのか。

 

  民主党はマニフェスト (政権公約) の中で、 外交について 「緊密で対等な日米関係を築く」 とし、 具体策として 「日米地位協定の改定を提起し、 米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」 としている。

 

  在日米軍の事故や米兵の犯罪が起きても、 日本には裁判権が認められず、 対米従属を象徴するのが、 日米地位協定だ。 独立国としてはあるまじき、 屈辱的不平等協定の 「改定を提起する」 という民主党の政策は、 米国に少なからぬ衝撃を与えている。

 

  オバマ大統領が任命した新駐日米大使、 ジョン ・ ルース氏が19日、 着任した。 同大使の対日政策アドバイザー、 ダニエル ・ オキモト ・ スタンフォード大名誉教授は、 朝日新聞とのインタビュー (8月20日) で 「日米地位協定の改定にまで手をつけたら 『手の広げすぎ』 になってしまう」 とけん制している。

 

■NHKニュースウオッチ9、 「対等な日米関係」

  「日米地位協定改定への期待」 を取材

 

  民主党の 「対等な日米関係」 という政策も、 海外から関心を集めている。 NHK 「ニュースウオッチ9」 (「NW9」) が8月14日、 「“政権選択” の争点 (5) 外交。 安全保障政策の今後、 日米同盟のあり方は…」 を特集した。

 

  カメラは 「対等な日米関係」 の意味を取材するロイターのリンダ ・ シーグ記者を追う。 日本各地の選挙現場や民主党幹部の取材を終えたシーグ記者は 「対等がもっと強く出てくると、 アメリカとの摩擦の可能性がないとは言えない。 どうなるか。 非常に大事な問題だ」 と語る。

 

  番組は特集の最後で、 ブッシュ政権の対日担当責任者だったマイケル ・ グリーン氏にマイクを向ける。 「自立 (対等) という言葉は飾り物で、 あまり意味はない。 政権につけば、 外交は基本的に継続する。 日米関係に大きな変化はない」 とコメント。

 

  NHKがなぜこのグリーン氏のインタビューで特集をまとめたのか。 番組構成上も不自然で、 “バランス” 重視のNHKの政治的意図が垣間見える。

 

  NHK 「NW9」 は、 米軍基地の現場と 「日米地位協定の改定提起」 を打ち出した民主党への期待も取材している。 在日米軍横須賀基地など、 県内に多くの米軍基地を抱える神奈川県には、 県民から寄せられた苦情の分厚いファイルが整備されている。

 

  松沢成文知事は 「日米地位協定 (改定) も今回がチャンス。 ここで動かないと、 10年、 20年動かない」 と語る。 今度の選挙は外交政策のターニングポイントになる可能性がある。

 

■民主鳩山氏 「核密約は国民に公表する」

  「核持ち込みはオバマを説得してやめさせる」

 

  5月から7月にかけて、 共同通信を初め通信・新聞各社は、 核密約などを巡るスクープを連発、 久々に活気ある紙面づくりで読者にアピールした。

 

  4人の外務事務次官経験者から 「核密約」 の事実を引き出した共同のスクープ (5月31日) に、 「4人のうちの一人は村田良平元次官」 と実名をスッパ抜いた西日本新聞 (6月28日) が続いた。 朝日も 「01年ごろ、 外務省幹部が 『核密約』 に関する文書の破棄を指示していた」 とスクープした (7月10日)。

 

  核密約に新政権がどう向き合うかも、 総選挙の焦点だ。 この問題が22日と23日、 テレビ東京とテレビ朝日の6党党首討論で取り上げられた。

 

  この席で、 民主党の鳩山代表は 「(核密約は) あるという蓋然性が高い。 私どもは政権を取ってきちんと調査し、 アメリカにも行く。 その調査結果を国民のみなさんに、 しかるべきタイミングできちんと説明、 公表する」 と述べた。

 

  この発言は密約の存在を頑なに否定してきた自公政権の方針を180度転換するもので、 その意味合いは極めて重い。

 

  また、 鳩山代表はテレビ朝日の番組で、 非核3原則のひとつである 「核持ち込み」 禁止を米側に求める考えを明らかにした。 同代表は核持ち込みにいついて 「なくさないといけない。 覚悟を持って臨む。 アメリカ政府も非核3原則を守りたいと言っているのだから、 オバマ大統領を説得する。 核を持ち込ませないということは十分できる」 と述べている。

 

  しかし、 米国の 「核の傘」 (拡大抑止) について鳩山氏は、 北朝鮮の情勢を理由に 「今すぐに(「核の傘」 から)出るべきだと主張するつもりはない」 と述べ、 容認する姿勢を示している。

 

  オバマ大統領が 「不可欠の戦争」 と強弁するアフガニスタン戦争への対応も、 もう一つの争点である。 鳩山代表は日本テレビのニュース 「ZERO」 (11日)の6党党首討論で 「アフガン支援は、 民生支援を日本は得意としている。 インド洋給油より、 もっと重要な役割がある。 自衛隊は必ずしも好まれていない。 (自衛隊派兵は)考えていない」 と発言している。

 

■「防衛費削減も論議すべき」 と目加田説子教授

  テレビは安保や防衛費を聖域視せず取材強化を

 

  このように、 投票日を間近に控えて、 各テレビ局の党首討論番組で、 日本の外交・防衛政策や核廃絶問題、 日米関係のあり方などについて、 論戦が交わされている。

 

  これ自体は評価できることだが、 問題はこうした基本的なテーマについて独自の取材で切り込もうとする姿勢が、 テレビメディアに乏しいことだ。

 

  戦後、 自民党を中心とする保守政権が金科玉条の如く神聖視してきた日米安保条約も、 仮想敵ソビエトの崩壊(1991年)、 イラク戦争失敗を契機とする米国一極支配の終焉(09年)で、 根本的な見直しの時機を迎えている。

 

  国の安全保障の概念も、 国家間の戦争への防衛という従来型の考えから、 地球温暖化や核拡散、 国際テロ、 食糧やエネルギー、 貧困と紛争などへ各国が共同して対処しなければ、 一国の安全は確保できないという状況に変わって来ている。

 

  オバマ大統領が対話による多国間外交をかかげ、 プラハで各国に 「核廃絶」 を呼びかけたのも、 そうした国際環境の変化を反映したものだ。

 

  その意味で、 日米安保にすがりつく自民・公明が劣勢で、 「対等な日米関係」 を掲げる民主党が優勢なのは、 時代の必然という見方が成り立つ。

 

  テレビメディアは、 国際関係の基本構造が変化し始めていることに着目し、 日米安保や対米従属、 核問題などを聖域視せず、 総選挙の重要な争点として取材を強化すべきだ。

 

  NHKの 「NW9」 が特集したのは紹介した通りだが、 構成については腑に落ちないものがあった。

 

  「NW9」 以外では、 TBSの 「サンデーモーニング」 (8月9日) が、 集団的自衛権の解釈見直しと武器輸出3原則の緩和を提言した政府の有識者懇談会報告書を取り上げた。 この席で、 コメンテーターの目加田説子・中央大教授が 「すぐ軍事力に頼るのではなく、 外交努力を果たすべきだ。 おかしいのは、 防衛費削減の論議が全くないこと。 20年前はGNP比1%是か非かの論議があった。 防衛費削減を議論すべきだ」 と発言したのが注目される。 こうした発言が今後テレビメディアで活発に行われることが期待される。

 

  テレビは、 各党のマニフェストを巡って、 財源問題がにぎやかだ。 自公は民主の子ども手当てなどの財源を攻撃。 民主党は 「予算の無駄があり、 財源は問題ない」 と反論している。

 

  「無駄」 と言えば米軍のグアム移転コスト6千億円を日本が負担するのは世界に例のない愚策であり、 最大の無駄である。 新政権はこの問題を素通りする訳には行かない。

 

  米軍への 「思いやり予算」 を取りやめれば、 削減された2,200億円の 「後期高齢者医療制度」 関連予算や母子加算手当予算などはすぐ解決する。

 

  投票日まで日が無いが、 テレビメディアは米国に対する法的根拠のない予算や防衛費をタブー視せず、 番組でもっと積極的に取り上げるべきだ。 有権者が歴史的転換期に行われる総選挙で審判を誤ることのないよう、 情報を的確に伝えてほしい。