河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ(34)/ オバマ核廃絶宣言、北は逆行の核実験―テレビは 「核のない世界」 へ報道強化を―09/06/08

 


       

 

         オバマ核廃絶宣言、北は逆行の核実験

 

        ―テレビは 「核のない世界」 へ報道強化を―

 

           元日テレ社会部長 河野慎二

 

 

 4月から6月にかけて、核問題で大きな動きがあった。

 

 オバマ米大統領は4月5日、チェコのプラハで演説し、 「核のない世界」 の実現を目指し、 「核廃絶」 に向けた具体的な道筋を初めて明らかにした。

 

 この演説は、核廃絶を目指す世界の諸国民から歓迎され、核軍縮・核廃絶に弾みがつくものと期待が高まった。

 

 5月25日、北朝鮮が核実験に成功したと発表した。北朝鮮の核実験は06年10月に続く二度目のもので、オバマ大統領の核廃絶の方針に冷水を浴びせるだけでなく、朝鮮半島の緊張を一層強めるものとして、国際社会の強い反発を招いている。

 

 麻生首相は記者団から 「核実験を阻止できなかったのは、どうしてだと考えますか?」 と質問されて、 「私には、答えられる限界を超えています」 と述べている。半世紀以上、アメリカの核の傘の下にどっぷり浸かって生きてきた自民党の首相は、完全に答弁能力喪失症に陥っている。

 

 テレビカメラは、質問に戸惑う首相の表情を冷酷に映し出していた。唯一の被爆国の宰相が、核廃絶に向けた哲学や具体的な構想を世界に発信するチャンスというのに、考停止状態をさらけ出していた。予想されたこととはいえ、全情けない。

 

■ 「唯一の核使用国として道義的責任」

 オバマ大統領、プラハで歴史的演説

 

 オバマ大統領はプラハの演説で、 「米国は、核を使用した唯一の核保有国として行動への道義的責任がある。核兵器のない世界に向け、具体的な方策を取る」 「核実験禁止のため、私の政権は包括的核実験禁止条約 (CTBT) の批准をただちに目指す」 「我々は核不拡散条約(NPT)を強化する。そのため国際的な査察を強化する必要がある」 と宣言した。

 

 オバマ大統領が、CTBT批准に積極的な姿勢を見せた意義は小さくない。ブッシュ前政権がCTBTに背を向けていた姿勢を、180度転換するものだ。 オバマ大統領は、核廃絶は 「すぐに到達できる目標ではない」 としながらも、 「我々はいま、世界は変えられないと言う人たちの声には耳を傾けず、 『イエス・ウイ・キャン (我々はできる)』 と主張しよう」 と強調した。

 

 このプラハ演説に先立ち、オバマ大統領は4月1日、ロンドンでもう一つの核大国、ロシアのメドベージェフ大統領と初めて会談。両首脳は、核軍縮に一致して取り組むことを確認し、ブッシュ前政権下で停滞した核軍縮交渉をリスタートさせる姿勢を明確にしている。

 

 オバマプラハ宣言にはもう一つ、当時、長距離ミサイルに利用できるロケット発射を強行した北朝鮮をけん制する狙いがあった。北朝鮮は4月5日、長距離ミサイル 「テポドン2」 の改良型と見られるロケットを発射した。

 

 国際社会はこの北朝鮮の行動を厳しく批判した。オバマ大統領はプラハでの演説で、 「(北朝鮮の) 挑発は行動の必要性を際立たせた」 と北朝鮮への非難を盛り込み、核廃絶へ向けた国際対応を急ぐよう各国に呼びかけた。

 

 オバマ演説について、テレビ各局はプラハから特派員リポートで伝えたが、その歴史的意義や今後の展望などについては、掘り下げた特集や報道は少ななかった。

 

 当時、テレビは北朝鮮の 「ミサイル」 発射を巡る集中豪雨的な大量報道に、ニュース番組の大半を割いていた。その後も、アイドルタレント、草彅剛のスキャンダル報道や、新型インフルエンザ報道など、集中豪雨的な報道が繰り返され、核廃絶だけでなく、重要なニュースが画面の片隅に追いやられていた。

 

■中国新聞が 「ヒロシマ・ナガサキ宣言」 掲載

 ノーベル平和賞受賞者、被爆者の取組み評価

 

 それでも、オバマ大統領の演説は大きな反響を呼び、支持する声が相次いだ。

 

 被爆地広島の中国新聞は4月18日、世界のノーベル平和賞受賞者17人が、核兵器廃絶へ積極的に取り組むよう各国指導者や市民に呼びかけた 「ヒロシマ・ナガサキ宣言」 を掲載した。

 

 宣言には、1976年に受賞した北アイルランドの平和運動家マグワイア氏のほか、コスタリカのアリアス、東ティモールのラモス・ホルタの両現職大統領、国際原子力機関 (IAEA) エルバラダイ事務局長、93年に核兵器解体を公表した南アフリカのデクラーク元大統領らが名を連ねている。

 

 宣言は、核を 「違法な兵器」 と表現し、オバマ氏が掲げた核廃絶目標を全世界の指導者に追求するよう提唱。特に、第2次大戦後に核が使われなかった背景として 「第2のヒロシマやナガサキを回避するために世界へ呼びかけ続けてきた被爆者たちの強い決意」 があったと指摘し、長年の被爆者の取り組みを高く評価しているのが特徴だ。

 

 新聞の投書欄にも、オバマ演説を歓迎、支持する声が多く寄せられた。茨城県鹿嶋市の男性はオバマ演説を 「世界中の平和を求める多くの人たちが待ち望んでいたこと」 と歓迎し、 「オバマさんを広島と長崎に招待」 することを提案した(朝日、4月11日)。愛知県常滑市の男性も 「この機会を日本は逃してはならない。さらに核廃絶の声を高らかにし、オバマ政権を強力に後押しすべきだ」 と政府に要求している (朝日、4月17日)。

 

■ 「志位委員長の熱意を評価する」

 オバマ氏、核廃絶で共産党に異例の返書

 

 5月5日、秋葉忠利広島市長と田上富久長崎市長が、ニューヨークの国連本部で開かれている核不拡散条約 (NPT) 再検討会議の準備会合で演説した。

 

 テレビ各局は、この演説の模様を記者リポートで伝えた。その中で秋葉市長は 「核廃絶を望む世界の圧倒的多数派は、オバマジョリティと呼ぶべきだ」 と演説し、テレビは 「オバマジョリティ」 という造語を支持する出席者の声などを伝えた。

 

 5月19日 (火) 24時。NHKのBSニュースが、共産党の志位和夫委員長がオバマ大統領から核廃絶の返書を受理したというニュースを伝えた。 「オバマが共産党に返書」 。これは結構、エッ? と驚かされるニュースだ。

 

 NHKBSニュースによると、オバマ大統領は返書の中で 「志位委員長の熱意を評価する。世界の機運が高まれば、核廃絶につながる」 と述べている。

 

 オバマ大統領の返書は、4月30日に志位氏が核廃絶に向けて国際交渉開始など指導力発揮を求めた書簡を送ったことに対し回答したもので、共産党の書簡に米大統領が返書を出したのは初めてのことだという。

 

 志位氏の書簡には、本来なら、政府がオバマ氏に送ってもおかしくないメッセージが盛り込まれているが、米国の核の傘にしがみつく麻生首相には、そうした発想そのものがない。

 

■麻生政権、米の核の傘と核抑止力に固執

 オバマ核廃絶に呼応できず、流れに逆行

 

 麻生政権は、オバマ演説について 「極めて重要で、前向きな話だ」 としながら、具体策になると、 「日米安全保障体制の下における核抑止力が重要」 (中曽根外相、4月27日) と、米国の核抑止力に固執する姿勢を変えようとしていない。

 

 一方、ドイツのシュタインマイヤー外相は4月、ドイツに存在する米国の戦術核兵器を 「撤去する措置を取る」 考えを表明している。日本政府とは対照的な積極姿勢である。

 

 5月27日、麻生首相と鳩山民主党代表との党首討論が鳴り物入りで行われた。北朝鮮の核実験強行直後だけに、麻生首相が核廃絶に向けた哲学なり、志の一片でも示すかとテレビ中継にチャンネルを合わせたが、そのかけらもなかった。

 

 北朝鮮の核実験について、米国からの通告の有無を巡る枝葉末節のやりとりで、核廃絶問題をパスしてしまったのだ。

 

 唯一原爆を投下された国の首相と野党第一党党首の討論としては、貧弱極まる内容に驚かされる。オバマ演説を各国が歓迎し、核廃絶への機運が高まろうとしているのに、国際的な潮流に目を向けることのできない首相が世界に恥をさらしている。

 

 オバマ大統領は核廃絶について 「日本政府との協力を望む」 と返書の中で述べているが、麻生首相の後ろ向きな態度では、進展への期待は限りなくゼロに近い。

 

 逆流は、麻生首相の対応だけではない。5月25日には、北朝鮮が核実験を強行した。これは、北朝鮮に対して 「いかなる核実験もこれ以上実験をしないこと」 を要求した、06年の国連安保理決議に明確に違反する暴挙であり、国際社会への挑戦だ。

 

 北朝鮮の核実験については、国連での制裁協議や6ヵ国協議での対応など、国際社会の一致した行動で、これ以上のエスカレートを戒め、自制を求めるべきだ。

 

 しかし、現在の核不拡散条約 (NPT) や包括的核実験禁止条約 (CTBT) には、不備や矛盾が多い。そして、この条約に深く関わる米国の二重基準、三重基準が、北朝鮮につけいるスキを与えている。

 

 オバマ大統領がプラハで明言したCTBTを、米国が早期に批准し、朝鮮半島と北東アジアの非核化構想を具体化して行くことが、回り道のように見えるが、北朝鮮に核兵器開発を放棄させる近道である。

 

 メディア、特にテレビや新聞は核廃絶を巡る報道を一段と強化し、世論を高めることが求められる。

 

■日テレ 「ZERO」 オバマ核廃絶を特集

 村尾キャスター 「核兵器は世界平和を脅かす」

 

 日本テレビのニュース 「ZERO」 (5月25日、22時54分) が、 「オバマ、核軍縮に動く」 という特集を放送した。

 

 その中で、オバマ大統領がキッシンジャー、シュルツの両元国務長官ら歴代米政権の重鎮と会談し、 「北朝鮮やイランが核兵器開発に動いているが、今こそ核廃絶のために話し合うべきだ」 と強調したと報道。

 

 その上で、キャスターが世界の核兵器の実態を伝える。 「米国が4,075発、ロシアが5,189発を保有している。米ロ両国で世界の9割を超える核弾頭を保有している。英、仏、中の5大国以外では、イスラエルが100発、パキスタンが60発、インドが60~70発を保有。 「イランは核開発を進め、北朝鮮はNPT (核不拡散条約) からの脱退を表明して核実験を行った」 。

 

 番組では、NPTでは核拡散を防げないとして、CTBT (包括的核実験禁止条約) が生まれたと解説。しかし、米、仏などが批准を拒否しているため、条約としての効力を持っていない。

 

  「そこで、オバマが大きく方針を転換した。米国はCTBTを批准すると表明した」 。

 

 村尾キャスターのまとめ。 「オバマの方針転換は、国際社会に及ぼす核兵器の影響が大きく変わったという背景がある。米ソ冷戦時代には、核兵器の恐怖が戦争の抑止力として機能していた」 。

 

  「しかし、冷戦終了後、核兵器がテロリストの手に渡る危険が出てきた。核兵器が安全を保障するのではなく、世界平和を脅かすものに変わってきた。そこでオバマが動き出した」 。

 

■オバマ氏 「冷戦的思考に終止符を打つ」 と宣言

 メディアも 「冷戦的思考」 の報道姿勢を見直せ

 

 オバマ大統領はプラハ演説で、 「冷戦的思考に終止符を打つため、米国は安全保障上の核の役割を低減させる」 と宣言し、 「各国も同様のことをするよう要請する」 としている。

 

 これを受けて、ドイツでは米国の戦術核兵器を撤去させる動きが出ているほか、英国でも核兵器に依存しない安全保障政策の具体化が検討されている。

 

 翻って、日本政府の対応を見ると、 “盟主” の米国大統領が歴史的な政策転換に踏み切ろうとしているのに、米国の核の傘と核抑止力にしがみついたままだ。

 

 唯一の被爆国である日本政府が、 「冷戦的思考に終止符」 を打てず、時代遅れの核思想に固執する姿は、4月にワシントンで開かれた国際会議でも米国側から批判されている。

 

 テレビなど、メディアの報道姿勢はどうか。

 

 懸念されるのは、メディアの側に、米国の核の傘や日米安保体制は、廃棄や見直しは出来ないとする牢固とした考えがありはしないかということだ。それは、オバマ氏が 「終止符を打つ」 とした 「冷戦的思考」 と同根の考えではないのか。

 

 今後長期に亘って、国民に巨額の税負担を強制し、医療や介護、雇用、教育など、国民生活に犠牲を強いる 「グアム協定」 が、米国の言い値通りに国会で承認された。

 

 ソマリア沖の海賊対処を名目にした自衛隊の 「海外派兵恒久法案」 が今国会で成立する可能性が強い。5月28日には、航空自衛隊のP3C哨戒機2機が派兵された。 「陸海空3軍」 約1,000人が大手を振ってソマリア沖に展開している。

 

 こうした、憲法違反の海外派兵がまかり通っているのは、テレビや新聞など、メディアが、オバマ演説の意義をはじめ、 「グアム協定」 や 「海賊対処自衛隊派兵法案」 の問題点を視聴者・読者に十分届けていないところに、大きな原因がある。メディアが日本政府と五十歩百歩の 「冷戦的思考」 にどっぷり浸かった報道姿勢を続けるなら、時代に取り残されるだろう。

 

 テレビをはじめメディアは、この 「冷戦的思考」 から一日も早く脱却してほしい。

 

 オバマ大統領は7月のサミットで、核廃絶を大きなテーマとして、各国に協力策の具体化を求めるのではないか。

 

 思考停止状態に陥っている麻生政権が、各国の共感を取り付ける具体策を持って行けるか。メディアも麻生首相の後から付いて行くだけでは、愚の骨頂である。