河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ(31)/ TBSドラマ「あの戦争は何だったのか」―テレビは「田母神問題」と正面から向きあえ―09/01/13


TBSドラマ「あの戦争は何だったのか」

 

―テレビは「田母神問題」と正面から向きあえ―

 

元日本テレビ社会部長 河野慎二

 

 屠蘇の酒も凍えてしまいそうな、厳しいニュースで、2009年が明けた。日比谷公園に「年越し派遣村」が出現した。大企業の身勝手な「派遣切り」や「派遣止め」によって、路上に放り出された労働者を救済するため、急遽設営された駆け込み寺≠ナある。数百人の労働者が厳寒をしのぎ、暖をとった。

 

 年越し派遣村には、2000人近いボランティアが支援に駆けつけ、食事の炊き出しなどをサポートした。テレビはニュースや情報番組などで連日、生中継なども交え報道した。

 

 派遣村に収容しきれない労働者の宿泊施設として、3日間ではあったが、厚生労働省の講堂が開放された。その後も閉校された小学校の施設などが臨時宿泊所に充てられた。千代田区役所は9日、派遣村に「所属」する人たちの生活保護申請236件をすべて認め、1ヵ月分、総額約2,800万円の支給を始めた。

 

 これは、テレビが連日報道したことや、ボランティアの熱心な支援が世論となって、「村」の実行委員会の対政府交渉を後押しした結果実現したものだ。

 

 世論がまとまれば、政府も抗しきれず譲歩する。極限状況に近づく厳しさの中で、無法な政策の「変革」実現に向け、展望を切り開くニュースだった。

 

 対照的だったのが、麻生首相の対応である。同首相は4日の年頭会見で、「安心、活力」の書き初め≠披露した。目と鼻の先の日比谷公園では、労働者が安心も活力も奪われ、救済を求めているというのに、能天気で無神経なパフォーマンスである。

 

 朝日の世論調査(1月12日)では、麻生内閣の支持率は19%に急落し、完全に死に体状態になった。しかし首相は、天下の愚策と酷評される定額給付金にしがみつき、解散して民意を問えという声には耳を貸そうとしない。ひたすら政権維持を自己目的化し国民に背を向ける姿は、異常、異様としか言いようがない。

 

■憲法と文民統制危機「田母神問題」年を越す

 石破前防衛相、「2.26事件と変わらない」と警告

 

 迷走する麻生政権の下で、ある重大な問題が年を越した。航空自衛隊のトップである田母神俊雄・前航空幕僚長が、過去の日本の植民地支配や侵略戦争を正当化し、憲法が定めている文民統制を危うくする論文を発表した問題である。

 

 この論文の内容は戦前、日本を破滅の道に引きずり込むターニングポイントになった2.26事件の再現が決して遠い過去の絵空事ではないと思わせる、背筋が凍りつくような主張である。

 

 田母神空幕長は昨年10月、「我が国が侵略国家だったというのは濡れ衣」などと主張する論文を発表、更迭された。

 

 田母神氏は11月の参院外交防衛委員会で「(憲法を)改正すべきだ」「自衛官にも言論の自由はある。政府見解による言論統制はおかしい」などと憲法を蹂躙する発言を繰り返した。委員会終了後には、先の大戦を謝罪した96年の村山首相談話について、「村山談話の正体は言論弾圧の道具」と暴言を吐いた。

 

 見逃せないのは、田母神氏が統幕学校長時代の2004年、幹部自衛官に対する教育課程に「東京裁判史観」や「大東亜戦争史観」「現憲法及び教育基本法の問題点」などの講座を開設、侵略戦争を美化する講義を実施していたことだ。

 

 講師陣は大半が「靖国派」で占められ、「米国の西進は太平洋を越えてアジアに。そこで生起したのが大東亜戦争」などと講義している。

 

 幹部自衛官がこうした教育で、誤った歴史観に思想統一されれば、その行く末は空恐ろしいことになる。

 

 石破前防衛相は「政治が何もしていないかのように言うなら、旧陸軍将校によるクーデター『2.26事件』(1936年)と何ら変わらない」(08年11月1日、毎日)と警告している。

 

 この問題で際立ったのは、テレビメディアの腰の引けた報道である。NHKは田母神氏の参考人質疑を生中継せず、その報道姿勢に疑問が広がった。民放もTBSの「NEWS23」が12月8日にミニ特集した以外は、掘り下げた報道は見られなかった。

 

 この及び腰の報道姿勢は、「新聞と戦争」(朝日新聞社)が明らかにしている通り、事実を知りながら記事にせず、戦争の片棒をかついだ戦前のジャーナリズムの二の舞になる恐れがある。

 

■TBS、長時間のドキュメントとドラマで

 太平洋戦争開戦を検証する番組を放送

 

 こうした中でTBSが12月24日「シリーズ激動の昭和『あの戦争は何だったのか」を放送した。クリスマスイブのゴールデンタイムに、あえて長時間(午後6時55分〜11時32分)の硬派番組を編成した。ドキュメンタリーとドラマで「日本はなぜ、アメリカと戦ったのか」の真相を検証する番組である。

 

 「今検証しておかなければ、過ちは再び繰り返される」というのが番組を通してのコンセプト。1部のドキュメンタリー「日米開戦と東条英機」では、近衛文麿の遺族のインタビューや、東条の獄中メモなどを手掛かりに、日本がなぜ「真珠湾への道」を突き進んだかにスポットをあてる。

 

 近衛が政権を投げ出した1941年(昭和16年)10月、天皇は東条に組閣を命ずる。内大臣・木戸幸一は、東条に軍を抑えさせようと、首相に推薦した。

 

 木戸の1942年の録音テープがオンエアされる。「東条って人は、陛下の命というと、本当に一所懸命やるわけで、ある意味、大変強い」。だが、東条に軍を動かす力はなかった。「統帥権が存在し、東条は軍を統御できなかった。統帥権が魔物だった」とナレーション。

 

■保坂氏「天皇は軍部方針に反対せず、裁可する」

 日米開戦へ煽動した「言論人」徳富蘇峰の役割

 

 スタジオで番組の原案を作成した、昭和史研究家の保坂正康氏が解説する。「天皇は裁可する。陸軍参謀総長や海軍軍令部総長が起案した方針に、天皇は原則として反対はしない。NOとは言わない。全部裁可する。認める」。司会の安住キャスターが「天皇が戦争はしないと言えば、戦争は始まらなかった」と指摘したのに対して答えたもので、言外に昭和天皇の責任に触れている。

 

 そして、戦争を煽った言論人にスポットをあてる。「今風に言えば、カリスマジャーナリスト。戦前、圧倒的な人気を誇った言論人だった」徳富蘇峰である。蘇峰のレコード盤録音演説が残っている。「我々と米英との戦争は必死の戦争だ。日本は神の国である。神の国は決して敵に汚(けが)すことは出来ない」。

 

 国民は蘇峰の論陣に熱狂した。「国土を焦土と化すとしても敢えて辞さない。紙面で強調してくれ」などと、蘇峰への“ファンレター”が殺到した。

 

 蘇峰はアメリカとの開戦を主張した。「断じて行えば、鬼神も之をゆく」と、東条に書を贈った。「国民の覚悟、鉄の如し」「政府、敢然と立て」。蘇峰は東条に決断を促し、民衆を煽った。

 

 1941年(昭和16年)12月8日、日本軍は真珠湾を奇襲攻撃。太平洋戦争が始まった。「朕、ここに米英両国に対し、戦いを宣す」。蘇峰は、天皇の宣戦の詔勅の校正に手を加えた。

 

■「統帥権」タテに軍部暴走、天皇の責任は曖昧

 徳富蘇峰「私も戦争を煽ったが、新聞も煽った」

 

 第2部のドラマ「あの戦争は何だったのか 日米開戦と東条の役割」では、戦犯に問われず戦後生き残った徳富蘇峰(西田敏行)と新聞記者・吉原政一(高橋克典)を舞台回し役に、「統帥権」を旗印にした軍部の暴走を政府が食い止められず、天皇も黙認して日米開戦に突き進む日本の姿を描き出す。

 

 戦後、吉原が蘇峰に「戦争を始めたのは誰ですか。責任者は誰なのか」と迫る。蘇峰は「戦争を始めたのは軍人だ。しかし、そうさせたのは私だ。私がそうするよう国民に訴えたからだ。新聞を使いラジオを使い、アメリカが敵だと言い続けた」と答える。

 

 41年1月。電気屋の店頭に人が集まり、蘇峰のラジオ講演を聴いている。「世の中には、日米衝突は百害あって一利なしと申す者がいる。しかし、一利なきことを知ってもこれを行わねばならぬことがある!」(実録テープ)。

 

 日米開戦前の41年10月、陸相・東条(ビートたけし)が、外交による解決を主張する首相・近衛(山口祐一郎)を「若い将校達は何を仕出かすかわかりませんよ。恐ろしいことになりますよ」と脅迫するシーン。統帥権を盾に、陸軍が暴走する。

 

 政権を投げ出した近衛の後任に、昭和天皇(野村萬斎)は東条に組閣を命じる。天皇「虎穴に入らずんば、虎児を得ず、だ」。

 

 しかし、軍部の暴走は収まらない。開戦直前に開かれた、政府大本営連絡会議では、陸軍が「統帥権干犯」を振りかざして、強引に開戦の結論を出す。

 

 「お上の聖慮を何と心得る」と迫る東条に、杉山参謀総長(平野忠彦)は「東条君、統帥部では君のことを変節漢とか裏切り者と言う者がいるが、吾輩はこう言っておる。東条は真面目過ぎるだけだ。元々首相など似合わぬ人だ」と言い放つ。

 

 吉原が所属する「東都新聞社」の編集局。窓外からは、戦果を祝う提灯行列の声が聞こえる。編集局長が「吉原!お前の原稿は行儀が良過ぎるんだ。もっと読者の血が騒ぐ威勢のいい調子でやれ。見ろよ朝日を」と、吉原の目の前に朝日新聞を突き出す。

 

 朝日の紙面には「来たれ敵機“実践の備え”」「戦う皇国に捧ぐ鉄鋼の進軍―船の煙突献納の先陣」などの煽動的な文字が踊る。

 

 吉原の声「日中戦争が始まって4年、止むことのない戦いと軍の戦意昂揚のための過剰な戦果発表が、新聞の紙面を変え、読者を変え、日本全体を好戦的に変えていった」。

 

 ドラマでは、蘇峰の責任を問う吉原に対し、蘇峰が「君達新聞記者も書いていたではないか。日本は英米より優れている。日本は勝てる。鉄壁の日本軍! こういう調子で国民を煽った。私も煽ったが、君達も煽った」と開き直る。

 

 「歴史の底に沈んでゆく太平洋戦争という事実を、もっとはっきり記憶にとどめ、それが何であったかを明らかにしなければならない」と語る吉原の独白と、東京裁判で「絞首刑」の判決を受ける東条の実写フィルムでドラマは終わる。

 

■「同じ過ちを繰り返していないか、問題提起するものを作りたかった」とプロデューサー

 

 この番組を制作した八木プロデューサーは、日米開戦に突入した当時の状況が現在の日本の政治状況とよく似ていると指摘した上で、「同じ過ちを繰り返していないかと、問題提起するものを作りたかった」と話している(12月9日、読売夕刊)。

 

 政権を投げ出す首相や「神の国」発言で墓穴を掘った首相、省庁の縄張り争いなどは、今も繰り返されている。「田母神発言」を掘り下げて報道しなかったメディアの弱腰姿勢は、一歩間違えば戦争を煽った戦前の新聞やラジオにつながる恐れがある。

 

 その意味では、番組の狙いはある程度達成したと言える。

 

 ただ、ドラマでの天皇や東条の描き方には批判も多い。天皇は日米戦争回避に動いたと演出されているが、どうだったのか。保坂正康氏が「軍部が起案した方針に、天皇は原則として反対しない。裁可する」と解説した事実と矛盾する。

 

 「君臨すれども統治せず」とした明治憲法の「立憲君主制」を隠れ蓑として、事実上太平洋戦争突入を裁可した天皇の戦争責任は明白であり、ドラマでもその史実に沿って描くべきだ。東条が天皇に日米開戦を上奏する際、東条が号泣するシーンが流されるが、開戦の本質をあいまいにする演出ではないのか。

 

 この番組の視聴率は、1部のドキュメントは13.6%、2部のドラマが12.1%だった。クリスマスイブのゴールデンタイムにぶつけた、4時間半という長時間の硬派番組としては、善戦した部類に入るだろう。

 

 昨年12月には、この番組以外でも、太平洋戦争を扱った番組が3本、ゴールデンタイムで放送されている。

 

 TBSは12月8日、「月曜ゴールデン」(午後9時〜11時9分)で「シリーズ激動の昭和、3月10日東京大空襲、語られなかった33枚の真実」放送。視聴率11.0%。

 

 TBS12月15日「月曜ゴールデン」(午後9時〜11時24分)。「筑紫哲也さん昭和史特別アンコール、ヒロシマ …あの時原爆投下は止められた…今明らかになる悲劇の真実」放送。2005年文化庁芸術祭受賞番組の再放送。視聴率6.5%。

 

 日本テレビ12月26日(午後9時〜11時39分)。「東京大空襲スペシャルエディション 1945年世紀の大空襲作戦開始! 東京は焼野原に…」放送。2008年3月に2日にわたり放送した番組の総集編。視聴率5.6%。

 

■テレビ報道は「田母神問題」の取り組みを見直せ

 戦前の新聞、ラジオと同じ道を歩まないために

 

 田母神論文問題では腰が引けていたテレビ局だが、太平洋戦争を取り上げたドキュメントドラマのカテゴリーでは、積極的な編成が見られた。

 

 だが、これは田母神論文の問題点を掘り下げて報道しなかったテレビメディアの免罪符にはならない。

 

 朝日の「声」欄(08年11月5日)に「田母神氏の見解はどのような系譜で生じたものなのか、またその見解が自衛隊内にどのような影響をもたらしているのか、それらの点が明らかにされなければ、現在の自衛隊が真に日本国憲法にふさわしいものであるかどうか疑わしい」という投書が寄せられている。

 

 これは、メディアに直接向けられた投書ではないが、テレビや新聞はこの声に率直に耳を傾ける必要がある。

 

 メディアには、田母神見解が生まれた系譜や背景、自衛官に対する影響、憲法違反の自衛官教育の実態などについて、取材のメスを入れることが緊急に求められる。

 

 メディアの取材が十分でなければ、自衛隊内でシビリアンコントロールがますます軽視され、憲法は死文化する。政治への不満という誤ったエネルギーがマグマとして自衛隊内に蓄積され、暴発する恐れがゼロではない。

 

 前防衛相が「2.26事件」に言及して警告していることを、メディアは重視すべきである。この悪夢の再現を2度と起こしてはならないことは、TBSのドラマも提起している。

 

 テレビメディアは「田母神問題」に正面から向き合う必要がある。この問題をさらに掘り下げて取材し、継続的に情報を伝えるなど、報道を強化すべきである。