河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ26/テレ朝鳥越“在日米軍再編”スペシャル思いやり予算、米軍「グアム移転」に迫る08/06/17


 

テレ朝鳥越“在日米軍再編”スペシャル

思いやり予算、米軍「グアム移転」に迫る

 

 沖縄県議会議員選挙が6月8日投開票され、自民、公明などの県政与党は22議席にとどまり、過半数割れした。野党は中立を含め、26議席を獲得し、過半数を制した。

 選挙戦では、後期高齢者医療制度の是非や、米軍普天間飛行場移設問題などが争点になった。結局、後期高齢者医療制度に対する有権者の反発が激しく、自民党は4月の衆院山口2区補選に続く連敗を喫した。

 

 政府は2006年の日米合意に基づく在日米軍再編を進展させることを最重要課題としているが、今回の選挙結果は手痛い打撃となった。米海兵隊普天間飛行場を2014年までに、名護市のキャンプ・シュワブ地区に移設する計画は難航が必至だ。

 メディアは「米軍再編の進展にも影響を与えそうだ」(読売、9日夕刊)と指摘しているが、これにとどまらず、在日米軍再編問題についてその全体像に取材のメスを入れてほしい。

 

 メディア、特にテレビメディアは、防衛問題などには腰が重いと批判されがちだが、テレビ朝日が5月18日、「ザ・スクープスペシャル 沖縄グアム鳥越追跡“米軍再編”の真実…」(以下鳥越SP)を放送したのが注目される。鳥越俊太郎キャスター(以下鳥越C)が沖縄とグアムに飛んで、米軍への思いやり予算の実態と在日米軍再編問題を検証し、その真実に迫ろうとする意欲的な番組である。

 

 防衛問題と言えば、「硬くてとっつきにくい」テーマだが、この鳥越SPは、放送時間が日曜の午後だったにもかかわらず、4.5%の視聴率を記録し、TBS(北京五輪バレーボール決戦直前番組)の3.8%、NHK(温泉めぐりの番組)の3.1%を上回った。

 

■思いやり予算、35倍の2,173億円

 金丸長官の一言、鬼っ子がモンスターに

 

 鳥越SPはまず、思いやり予算という名目で、国民の血税がアメリカの言い値のまま、ほとんどノーチェックで使われている実態を明らかにする。

 思いやり予算とは1978年、「思いやりですよ、思いやり。日本の安全を守ってくれる在日米軍に思いやりの気持ちを持とうじゃないですか」という金丸信防衛庁長官の一言で始まった。初年度62億円の思いやり予算は29年後の2007年度、35倍強の2,173億円に膨れ上がった。鬼っ子が手のつけられないモンスターに化けてしまった、典型的な対米従属型予算である。

 

 米軍の「特別の許可」(ナレーション)を得て嘉手納基地の取材に入った鳥越Cが最初に案内されたのがトレーニングジム。早朝6時というのに、ジムはK-1の格闘家と見まごう程の屈強な兵士であふれている。鳥越Cが持ち上げようとしてもビクともしないバーベルを、軽々と持ち上げる海兵隊員。

 兵士たちは「アフガニスタンに行ったら、ものすごくハードだから」と黙々と自主トレに打ち込んでいる。このジムに使われた思いやり予算は13億円。

 嘉手納基地は、アフガニスタンなどに兵士を派兵する極東最大の米空軍基地だ。品川区とほぼ

同じ面積の基地には、米兵8千人が所属しその家族約1万人が暮らしている。基地から飛び立つF15戦闘機。「鳥越Cが立つこの場所は、戦場へとつながっている」とナレーション。嘉手納基地は、アフガニスタンと直結している。この基地経費の多くを、思いやり予算が負担している。

 

 鳥越SPが指摘した思いやり予算の実態は、2,173億円のうち1,458億円が基地の商業施設などで働く従業員の人件費に充てられている。従業員の2割がバーテンダーやスロットマシンの修理工、ケーキデコレーターなど、娯楽施設で働いている。中には「昆虫学職」という職種があり、月54万円が払われている。

 番組では「同盟国が負担する米軍駐留経費(2002年度)」がフリップで紹介される。日本は44億1千万ドルで、ドイツの約3倍、韓国の5倍強と、飛びぬけて多い。米兵一人当たりの負担も日本は1,293万円で、イタリアの約4倍、韓国の5倍だ。とにかく米軍への大盤振る舞いは目に余る。

 

■税金の無駄遣いでも突出、「落差が激しい。

 これが思いやり予算の実態」と鳥越リポート

 

 税金の無駄づかいという点でも、この思いやり予算は突出している。しかも、その使いみちについて、政府がチェックできないというのだから、底なしの従属ぶりだ。

 鳥越Cは、同基地の米兵家族住宅建築に5千億円を超える思いやり予算が投じられ、電気・ガス、水道代などの光熱費にも253億円の税金が使われたと伝える。

 

 ところが、その米軍住宅に空き室が多いという情報が飛び込んできた。政府も4月の参議院外交防衛委員会で「入居率は今年1月末時点で、8割と米側から説明を受けている」と答弁している。2割が空き室ということは、投下した5千億円のうち1千億円の税金がムダということではないか。

 

 鳥越Cは、那覇市に近い北谷町砂辺地区の米軍専用住宅街を取材する。町の中に突如現れた瀟洒なアメリカ風の街並み。かなりの数の米兵がこうした基地外の民間住宅に住んでいる。家賃も米軍負担。2割の空き室とは、2割の米兵が本国に帰国したから空いたのではなく、基地の外の住宅に転居したから空き室になったのだ。

 鳥越Cの現地リポート。「米将兵のためのアパート。(カメラの)視線をこっちに向けると、これは日本人が住む町営アパートです。あまりにも落差が激しいので、びっくりします。これが思いやり予算の実態なんです」。

 

 鳥越SPのスタッフが防衛省に、「どの住宅にどれくらい空き室があるか確認しているか」と取材を申し込むと、「アメリカが言うこと以外に、把握できていない」「我々としては、余分な住宅はないと、アメリカを信じている」との回答が返ってきた。「日本にで

きることは、適切だと(アメリカを)信じることだけなのか」とナレーション。

 

■グアム移転の米兵に1戸7,200万円の豪華住宅

 

 鳥越Cは番組後半、在日米軍再編問題の核心に迫るため、グアムに飛ぶ。グアムは、リゾート地とは別の顔を持っている。沖縄と同様、米軍の基地の島だ。「グアムは要塞と化している」と、上空のヘリから、鳥越Cのリポート。

 

 この島に、沖縄から海兵隊員8千人と家族9千人が移転するというのが、在日米軍再編の中核の計画だ。そして、「そこに使われるのが、またしても私たちの税金、約6,100億円」「米軍が本国へ戻るための費用を、なぜ日本の税金で負担しなければならないのか」とナレーション。

 

 鳥越SPは、防衛省の内部資料をもとに、日本の負担分6,100億円のうち、2,550億円を投じて3,500戸の米軍用住宅を建設する計画にスポットを当てる。1戸当たり7,200万円。グアムの住宅の平均は、1戸あたり2千万から3千万円だ。

 

 7千万円台の住宅とはどんな家か。鳥越Cが不動産屋を通じて探すと、1戸だけ見つかった。その家は、西太平洋を一望できるグアム随一の場所に建っていた。リビングダイニングの他に、部屋が4つもある。こんな豪華な家と同額の予算を、グアムに移転する米軍兵士用住宅建設費として見積もっている。

 

 これについては、石破防衛相も昨年12月の参院決算委員会で「こんな豪華な家を、税金まで使って提供する必要があるのか。どう考えても高過ぎる。全部精査する。国会で明らかにする」と答弁している。

 アメリカ言いなりの閣僚でも、さすがにこの「7,200万円住宅」を認めるとは言えない。しかし、きちんと精査できるのか。逃げ切りを許さないウオッチが必要だ。

 

■米言い値丸呑み、6,100億円負担の政府方針

 

 6,100億円もかかるとする移転費用は、どういう根拠で決められたのか。

 防衛省の丸井博米軍再編調整官は、「当時、合意段階の米側の見積もりであり、その概算だ。当時としては、それ以外に数字はなかったので、それで合意した」とインタビューに答える。アメリカの言い値を丸呑みしたことを事実上認めている。

 

 鳥越SPは、疑問を解くカギはマスタープラン(MP)にあると指摘する。MPとは、建設の基となる基本計画書のことで、通常基地の建設はMPに沿って進められる。

 鳥越Cは、このMPについて米軍に取材を申し込み、許可を得ていたが、突然キャンセルされる。グアム海軍基地から、鳥越Cがリポート。「海兵隊移転を担当する部署の代表が今日、インタビューに応じることになっていましたが、昨日になって取材には応じられないとして、取りやめになりました」。

 

 鳥越SPはやむを得ず、文書で質問すると、「MPは準備段階にあり、予定地の環境調査が行われている。2010年1月を目標とする調査終了の後に、MPは最終承認を受け、工事に着手する」という回答があった。

 

 鳥越SPのカメラは、3月にグアムで開かれた海兵隊新基地建設に関する企業向け説明会をとらえた。会場には17ヵ国から1,300人の関係者が詰めかけていた。説明会では、米軍の新基地建設担当官から、「工事に使用するネジ一本の太さまで、詳細が米軍から説明されていた」(ナレーション)。

 米軍の回答では「MPは準備段階」となっているのに、現実には着工の準備が進んでいる。回答は騙しなのか。

 

■鳥越C「米の言いなり」と額賀財務相に迫る

 米司令官「良い投資」と日本を見下すコメント

 

 鳥越Cは、2006年に在日米軍再編の最終合意をまとめた額賀財務相(当時、防衛庁長官)に見解をただした。

 鳥越「マスタープランが出来ていないのに、積算が進んでいる」。

 額賀「積算は進んでいない。概算ですよ」。

 鳥越「ヨーロッパに比べて、日本の負担は大きすぎる」。

 額賀「思いやり予算は、削減方向へカードを切った」。

 鳥越「日本は、あまりにも主体性を失っている。アメリカのいいなりになっているんじゃないか」。

 

 鳥越SPは、エドワード・ライス在日米軍司令官にもマイクを向ける。「日本として、(6,100億円の)移転費用負担は、日本の防衛のための良い投資になる」とライス司令官。「日本がもし、同程度の能力がある基地を、自前で持つとなれば、数倍のカネが必要になる」(同司令官)というのが理由だ。

 米側の一方的な積算である6,100億円の負担を丸呑みさせておいて、「良い投資」とはふざけた話だ。日本政府が、対米従属政策のドロ沼にどっぷりはまりこんでいる実態を、アメリカ側から見るとこういう見下したコメントになるのだろう。

 

 米軍再編を通じて、日米関係はどう変化していくのか。そしてどこへ向うのか。

 2005年10月、陸上自衛隊はアメリカで本物の戦争をイメージして行った米軍との共同訓練に参加した。訓練後米兵は「現実の戦争で将来、皆さんとともに戦えることを楽しみにしている」と語った。「この言葉はもしかしたら、今後の日米関係を物語っているかもしれない」とナレーション。

 

 スタジオで鳥越Cがまとめる。「日本は、もっと自立した方がいい。(日米関係は)対等な関係にした方がいい。何となく、知らないうちに米軍と自衛隊が一体化している」「F15戦闘機は何のためにあるのか。イラクとか、アフガンとか、将来のイランのためにある。そう考えると、米軍は日本のためにあるのかと、チラッと僕のアタマをかすめる」。

 

■鳥越スペシャルの2弾、3弾に期待

 テレビは日米軍事問題に取材のメスを入れるべき

 

 鳥越キャスターは、この番組の冒頭、「(日本には)予想以上の米軍施設がある。米軍再編を機会に、これほど米軍施設が必要なのかどうか、原点に返って考えてみたい。ザ・スクープスペシャルは、いくつかの切り口で、この問題に迫っていく」とコメントした。今後、何回かのシリーズでこの問題を取り上げる考えを示したものだ。

 

 鳥越SPは米軍のグアム移転問題に初めて本格的にカメラを向けたという点では評価できる。しかし、問題の核心に迫る取材は、まだ十分ではない。

 たとえば、政府は沖縄県民の負担を軽減するため、8千人の米海兵隊員がグアムに移転すると強調しているが、ことの発端はグアムやサイパンを含めた地域を一体化し、沖縄に代わるアジアへの前線基地を再編するという米政府の戦略転換にある。

 

 鳥越SPでは、この問題については有識者のコメントを流すだけで、掘り下げた取材が見られない。従って、6,100億円という日本の負担の解明についても、「マスタープラン」取材をキャンセルされた時点で事実上終わってしまっている。

 

 そして、この在日米軍再編問題には、日米防衛利権をめぐる黒い闇がまとわりついている。昨秋、守屋前防衛事務次官が逮捕された時、久間前防衛相が在日米軍再編計画を策定した日本側の中心人物で、米軍グアム移転などの疑惑のスキームづくりに関わったキーパースンであることが浮上した(詳しくは、本コラム「テレビウオッチ」第22回参照)。

 

 メディアは、長年の悲願とされている日米防衛利権に取材のメスを入れるチャンスと見た。紙面でもテレビのニュースでもその「決意」が表明された。

 久間氏については、東京地検特捜部もマークしているとされているが、その後特捜部の動きは見えてこない。メディアも特捜部の捜査を待つだけで、疑惑解明へのペンの矛先が全く鈍い。国会終了後、東京地検は何らかのアクションを起こすのか。

 

 メディアは、これらの問題について、調査研究報道の特色を活かして、疑惑解明に取材のメスを入れるべきだ。政治家が介在する疑惑については、メディアは「特捜頼み」になりがちだが、東京地検が何らかの圧力を受けて捜査を断念すれば、その疑惑は闇から闇へ葬り去られてしまう。それだけに、独自の調査研究報道が重要だ。

 

 鳥越「ザ・スクープスペシャル」第2弾、第3弾が、問題をさらに抉り出す取材を強めるよう注目したい。

 同時に、テレビ朝日以外の各局にも、鳥越スペシャルを上回る取材で、この問題を解明する情報を提供してほしい。沖縄やグアムにもっとカメラとマイクを向けて、巨大な疑惑に包まれた「在日米軍再編」問題の真実を明らかにしてほしい。