河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ25/テレビは「もの言えぬメディア」になるな 憲法報道で積極的なとりくみを期待 08/05/14


 

テレビは「もの言えぬメディア」になるな

  憲法報道で積極的なとりくみを期待

  5月3日、朝日新聞が社説で「たった1年での、この変わり ようはどうだろう」と書いた。「61回目の誕生日を迎えた日 本国憲法をめぐる景色」についてである。同日の朝日の世論調 査では、憲法9条ついて改正賛成が23%に対し、反対派3倍 近い66%に達した。

  「景色の変わりよう」は、「改憲の旗振り役をつとめてきた 読売新聞の調査」(朝日社説)にも表れている。読売は4月8 日の紙面で、憲法改正反対が43・1%で、賛成の42・5 %を上回ったと報じた。同紙の調査では93年以降、一貫し て賛成派が反対派を上回っていたが、今回逆転した。 

  5月4日、TBSの「サンデーモーニング」で、この朝日の 世論調査結果がフリップで紹介され、コメンテーターの岸井成 格氏が「去年は安倍政権で、国民投票法が成立するなど、改憲 への関心が高まったが、今年は空気が全く変わった」とコメン トした。

 時間も3分程度で、憲法「改正」問題は事実上「その 他のニュース」扱いだった。「景色の変わりよう」はテレビにも 表われている。

 朝日とTBSの二つの扱いは、メディア内部で憲法「改正」 に対する危機感が薄くなっていることを伺わせる。福田内閣は、 安倍前首相が執念を燃やした集団的自衛権の見直しを棚上げに するなど、改憲を最優先にした安倍氏の路線とは一線を画して はいる。メディアはそれに安堵しているわけではあるまいが、 改憲問題に対する報道は弱きに過ぎるのではないか。

 

■TBS「NEWS23」憲法特集に脅迫の抗議

 

 5月1日、TBS「NEWS23」。1枚のテロップ画面に 釘づけとなった。灰色を基調としたモノトーンの画面に、「N EWS23こそ言論の自由の敵だ」「ひとりよがりの主張で公 共の電波を使うのはやめろ」などの文言がオンエアされた。ア ナウンサーが「昨夜の特集『もの言えぬ人々。第1回』を放送 した後、抗議が寄せられました」とコメントした。

 

  画面が瞬時に切り替えられたため、すべてのコメントを読み 取ることは出来なかったが、もっと激しい抗議の文言もあった ように思われる。しかし、この「NEWS23」には余りにも そぐわない、不気味なテロップ画面は、言い知れぬ恐怖感と後 味の悪さを残した。  

「昨夜の特集」とは、「もの言えぬ人々@」のことで、自衛隊 情報保全隊の290の「リスト」にチェックされた森住卓氏(報 道写真家)やテレビユー福島の報道記者をまず取り上げる。森住 氏は「なぜリストアップされたのか。恐怖心を感じる。躊躇して しまう」と語る。自衛隊は「ものを言わぬ人々」をつくろうと しているのか。

 番組は、映画「靖国」の上映中止問題、日教組教研集会の会 場使用拒否事件、立川ビラ入れ事件の最高裁判決などを取り上 げ、「最高裁は異常だ。やり過ぎだ」「おかしいよ。ホント」な ど市民の声を伝える。「NEWS23」はさらに、03年から 延べ403人が処分されている、都立高校の君が代起立拒否問 題を取材。都教育委員会を取材するTBSの記者を監視する都 職員の異常な姿をカメラがとらえる。

 前夜の特集は、こうした過去に発生した事件や問題を整理し て報道したもので、目くじらをたてるほどの内容ではない。に もかかわらず、TBSは脅迫に近い抗議の対象になった。TB Sだけでなく、メディアがこうした問題を取り上げるのを敵視 し、メディアを「もの言わぬ」羊のような存在にしようとする 勢力が暗部で蠢いているのだ。

 

■むのたけじさん「口を噤んでしまうムード」
    閉塞感ただようメディアに警鐘

 

 TBSは無言の脅迫にひるんでいる訳にはいかない。「NEW S23」憲法特集第2弾「もの言えぬ人々A」が5月2日、放 送された。「憲法施行61年。ものを言えなくさせるのは何か。 正体に迫る」とナレーション。 この日の主人公は、都立三鷹高校の土肥校長と朝日新聞OB のむのたけじさんだ。

 

 いま、都立高校教師は「君が代」に振り回されている。憲法 を蹂躙する石原知事の暴政が、教師を急速に「もの言えぬ存在」 に追い込んでいる。土肥校長は「君が代」強制にはあくまでも 反対の立場で、「このままでは、適当にやっていればいいという 空気が蔓延するのが一番怖い」と語る。

 強制に異議を唱える土肥校長は今年に入って7回も、都教育 委から事情聴取を受けている。土肥校長は「異なる意見にも耳 を傾ける生徒になってほしい」とのスタンスを崩さず、職員会 議での挙手採決方式の撤回を求めている。

 戦前、ものが言えなくなった時代に、朝日の記者だったむの たけじさんがインタビュー煮答える。「大本営本部や当局の意 向に背くと、攻撃される。まわりから、お互い同士が監視しあ う。2人なら、戦争に勝てる訳がないと話をするが、もう一人 来て3人になると黙っちゃう。3人いたら、ものを言わない。 どの新聞社も縮こまってしまった」

 むのさんは、自己規制がもたらす怖さを語る。「できるだけ 問題を起こすな、社内で抑えていこうという空気が広がった。 そのうちに、あいつが非国民だとなっていった」。むのさんは、 敗戦の8月15日、自らの戦争責任を恥じて朝日を退社、秋 田で「たいまつ新聞」を発行した。  

 

 むのさんは「何か、これまでよりたちの悪い自己規制、自主 規制がある。言わなければいけないことを言わない。互いに口 を噤んでしまうムードが今の日本にはあるんじゃないか」とメ ディアの閉塞状況に警鐘を鳴らす。

 むのさんが言う「口を噤んでしまうムード」はいま、テレビ や新聞などのメディアに広がっている。憲法や人権、言論の自 由などのテーマは、企画の対象にもなり難い。これは、極めて 危険な兆候だ。  実際、このTBS「NEWS23」を除くと、テレビニュー スで憲法を正面から取り上げた局は見当たらなかった。

 5月4日から6日まで、千葉・幕張で開かれた「9条世界会 議」もテレビメディアは一切無視した。桂敬一さんのリポート では、4日夜のNHKローカルニュースが「北アイルランドの ノーベル平和賞受賞者、マグワイアさんが平和について語った」 と伝えたが、「9条平和会議」には触れなかったという。

 

■後退するNHKの憲法報道
 憲法記念日特集、参院選の民意に背を向ける

 

 憲法問題に対するNHKの報道は、後退の一途をたどってい る。本コラムで1年前、「NHKのダブルスタンダード」を指 摘した。ただ、その中で、「日本国憲法誕生」を制作したNH Kスペシャルの姿勢を高く評価した。そこには、「志」を持つ プロデューサーの存在が確認できた。

 NHKは今年5月3日、憲法記念日特集「いま立法府のあり 方を問う」を放送した。一言で言えば、この特番は昨夏の参議 院選挙で有権者が自民党政治にNOの民意を示したことについ て、二院制の「欠陥」をことさらに強調し、事実上一院制につ ながる衆議院優越性の方向へ、国会のあり方を方向づけること を意図したものだ。

 読売新聞は5月3日の社説で、憲法が定めている「二院制」 の問題を取り上げ、「参院の機能は、衆院に比べてあまりに強 すぎないか。衆参両院の役割分担を見直す必要はないか」と して、「憲法改正にかかわる問題を大いに議論すべし」と主張 している。

 NHKの憲法記念日特集は、読売の認識と同一線上にあると 見ることができる。参議院で自公両党が少数派に転落したね じれ国会≠ノついて番組は、「二転、三転した国会は、わたした ちの暮らしに大きく影響する」「日本国憲法が施行され手61年、 国会はどうあるべきか。憲法の視点から立法府の在り方を問い 直す」と、危機感を過剰に煽る。しかし、こうしたNHKの制 作意図は、出演者に諌められる

 番組には、学界における改憲派代表格とされている小林節慶 応大教授が出席していたが、同教授はNHKの期待(?)に反し て、参議院で野党が多数を占めたねじれ国会≠肯定的に評 価した。そして、2度にわたる衆議院での再議決については、 政府与党を厳しく批判し、二院制の効用を説いたのである。    

 小林教授はねじれ国会≠ノついて、「国権の最高機関である 国会が、事実上内閣の最高機関化している。今回、情報公開が 進み、議論も活性化している」と発言。衆議院での再議決につ いては「両院の意見が揃わなければ、もういっぺん考える。意 見が割れて、そんなに困ることはない」「古いトリックのような 選挙で3分の2の議席を得た与党が、直近の民意を否定するの は全く逆だ」と指摘した。

 一院制か二院制かについて同教授は「日本は1憶2千万人の 人口で利害が錯綜している。衆院選の切り口と参院選の切り口 で、2倍の民意が出る。政治の質が上がる」と、二院制が優れ ていることを強調。「参院が強すぎるのでは」と司会の解説委 員長が水を向けても「日本は政権交代がない。ある意味、独裁 政権だ。(法案などは)国会は素通りだった。いまの参議院が強 いのはいいことだ」とずばり直言した。

 筆者の見立てでは、NHKの憲法記念日特集は、小林教授の発 言で所期の目的を果たせずに終わったのではないか。他の出席者 のうち岩井奉信氏(日大教授)は政府与党に近い考えだったが、も う一人の田中理沙氏(「宣伝会議」編集長)は小林教授とほぼ同意 見だった。つまり、出演した有識者はNHKの思惑に反して、参 議院選挙の民意に軍配を挙げたのである。 ]

 

■日本の憲法9条は、世界の「民意」
 テレビは憲法に沈黙せず、掘り下げた報道を

 

 2本の番組を通して、憲法問題に対するテレビメディアの姿勢 を見てきた。

 NHKの特集では、結果的には参院の民意を尊重する意見が大 勢を占めたが、与党が少数になった参議院の見直しを色濃くにじ ませた番組の制作意図が厳しく問われよう。去年、「日本国憲法 誕生」という優れた作品を送り出したNHKにしては、大きな様 変わりである。  

 ニュースでは相変わらず憲法問題を取り上げない不公正な方針 を続けているが、この問題を含め検証が必要だ。

 TBSの「もの言えぬ人々」は、他のテレビメディアに対する メッセージでもある。日テレもフジ、テレ朝、テレ東も「憲法に ついて沈黙するな」と呼び掛けている。

 実際、他局が口を噤んでしまえば、TBSは孤立する。むのさ んが指摘したとおり、テレビ全体が「縮こまって」しまい、自分 の首を絞めることになる。   前出「9条世界会議」には約2万2千人が参加した。海外から も31の国と地域から、ノーベル平和賞受賞者ら150人が出席 し「9条を広めるために来た。日本はひとりぼっちじゃない。世 界から支援されている」(朝日、5月9日)と交流した。 日本でも、「憲法9条の会」は7000を超えている。こうした うねりのような民意が、朝日や読売の世論調査に反映されたこと は間違いない。

 ただ、この国の方向を指し示す分岐点ともなる、こうした動き を大半のテレビが伝えていないのは、極めて残念なことだ。 ジャーナリズムとは何か、について、「いま伝えなければなら ないことを、いま伝え、いま言わなければならないことを、い ま言うこと」と指摘したのは、故新井直之さんだ。  テレビメディアはいまこそ、この言葉を噛みしめ、憲法をめ ぐる動きについて、情報を公正に送り出してほしい。

 

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