河野慎二/テレビウオッチ8/ 「北の核実験」報道でテレビ、前のめりに拍車 憲法が政府・自民党の暴走に歯止めをかける /06/11/01

 


 「北の核実験」報道でテレビ、前のめりに拍車 憲法が政府・自民党の暴走に歯止めをかける

北朝鮮が10月9日、核実験を強行した。同日10時30分ごろ、中国外務所が北京の日本大使館に「間もなく北朝鮮が核実験を行う」との情報を伝えた。気象庁は同10時35分、通常と異なる地震波を感知した。11時46分、北朝鮮の国営朝鮮中央通信が「地下核実験が成功裏に実施された」と報じた。
 それから2週間余、北の核実験は一面で安倍新政権の浮揚に一役を買って出た。安倍首相の訪中、訪韓に、北の核実験が重なり、安倍氏にとっては想定外の追い風となった。10月22日の衆議院補欠選挙(神奈川16区、大阪9区)で、自民党は完勝する。北の核実験が安倍首相に大きなアドバンテージを与え、格差解消などで勝負を挑んだ民主党などをしりぞけた。
 政府・自民党はこれに勢いづいて、教育基本法「改正」などの法案の成立を強引に推し進めるかまえだ。「周辺事態法」を北朝鮮に対する経済制裁の「臨検」などに適用する動きが自民党内に強まっている。防衛庁を「防衛省」に格上げし、自衛隊の海外「派兵」を「本来任務」に改定しようとする法案審議も本格化する。一時、今国会見送りとされた「共謀罪」も復活へ頭をもたげようとしている。そして、その先にあるのは憲法改正の手続きを定める「国民投票法案」の審議である。
 極めつけは、ドサクサにまぎれて「核保有論議」を土俵に乗せてしまおうとする動きである。中川政調会長が口火を切り、麻生外相が煽っている。安倍首相は「非核3原則は堅持する」と言うが、党役員や主要閣僚が内閣の方針を逸脱した発言を繰り返し、メディアを巻き込んで世論を形成して行く。「マッチポンプ」ならぬ「マッチで火をつけて、うちわであおぐ」戦術だ。メディアはこうした狡猾な政府・自民党の手法を見極め、情報を的確に提供してほしい。
 安倍伸政権の危険な企みに、メディア特にテレビはどう対応しているのか。遺憾なことにテレビは先を競って「北の暴発」による「日本の危機」を煽りたて、安倍政権の政策推進の地ならし役を買って出ている。メディアは前のめりの「あおり報道」を止めなければならない。メディア、特にテレビの影響力は大きい。視聴率を稼ぎたいという矮小な野心のために、国の行く末を誤るような報道を展開してはならない。

■日テレとNHK[北、2回目の核実験]と大誤報

朝の情報番組と夜のニュースを中心に、各局の報道を検証してみたい。
 「前のめりテレビ報道」の典型は、日本テレビとNHKの大誤報である。10月11日午前8時23分、日本テレビは「北朝鮮が午前7時40分、2回目の地下核実験と政府関係者」というニュース速報をテロップスーパーで報道した。ニュースソースは防衛庁とも言われているが、定かではない。日本テレビは十分なウラを取らないまま、大変な誤報を行ったことに気がつく。結局、午前11時半からの「ニュースダッシュ」で、「現時点で、北朝鮮が核実験を行ったとの確認に至っておりません。内容を訂正してお詫びします」と謝罪した。大失態である。
NHKも同日午前8時半のニュースで、「政府関係者によると、けさ北朝鮮で揺れが確認されたとの情報があり、政府は北朝鮮が2回目の核実験を行った可能性があるとして情報を収集している」と報じた。
これを受けてロイター通信、AP通信が「北が核実験を実施したかどうかを日本政府が確認中―NHK」などと速報した。日テレ発、NHK加速の大誤報が全世界を駆け巡る騒ぎとなった。この大誤報はその後の北朝鮮を巡る動きに紛れる格好になったが、日本テレビとNHKは世界に恥をさらした。

■前のめりに危機感煽る「ワイドショー」

北朝鮮の核実験を最も熱心、かつ大量に取り上げたのは、テレビ朝日の「スーパーモーニング」である。番組の特集「北の暴走」シリーズは10回を数えた。しかし、内容は大半が「北の脅威」と「日本の危機」を煽るものだった。
10月13日には、辺真一・コリアリポート編集長がゲスト出演し、「北朝鮮は早ければ1週間後、あるいは来月の米中間選挙前後に2回目の核実験をやるだろう」「金正日は核戦争も辞さない。(アメリカに)かかって来いという態度だ。ハンパじゃない」と解説。「座して死を待つより、短期的には打って出る。まるでチキンレースだ。北かアメリカが降りない限り戦争になる」とボルテージを上げる。渡辺宜嗣キャスターも「事態は限りなくチキンレースに向かって動いている」と、やや常軌を逸したコメントで締めくくった。これでは、アジテーションが過ぎる。番組を見た人は「日本はいったいどうすればいいんだ」と危機感を煽られるのは間違いない。
同番組では、16日から「北の暴走」シリーズを特集している。18日の同シリーズ第3弾では、「米国のレッドライン 軍事制裁は?」と題し、アメリカが軍事制裁に踏み切るREDLINEとはどういう段階かと、「煽り報道」がエスカレートした。渡辺キャスターが「北は核のチキンレースをやっている。北がどこまで出たらアメリカは軍事制裁に踏み切るのか。レッドラインはいつか」と出演者にマイクを向ける。辺真一氏は「船舶検査がREDLINEになる」。小川和久氏(軍事評論家)も「北が反撃した時、レッドラインになる。その時は、北は韓国に限定的に攻撃するだろう」と応じる。
北朝鮮への軍事制裁は、国連などでも議論のレベルに至っていない。アメリカも否定している。にもかかわらずテレビが一歩も二歩も「予想」を先取りして、前のめりになって映像をつくり、過激な言葉でコメントを交わす。現実の問題か、ヴァーチャル・リアリティ(仮想現実)の世界か、判然としなくなる。
10月14日のフジテレビ「知的冒険ハッケン!!」(午前9時55分)では、「北のミサイルは発射したら、8分で着弾する」として、“シミュレーション番組”を編成した。米静止衛星が発射をキャッチ、「約2分で(日本の)着弾地点などが分かる」(軍事評論家・岡部いさく氏)。石破元防衛庁長官「着弾地点の住民には、速やかに避難するよう警報が発せられる」。4分経つと、徐々に降下を始めるとナレーション。再び石破元長官「迎撃ミサイルが導入されるのは2008年3月。現在は(北のミサイルを日本が打ち落とすのは)全く不可能」。芦屋市の核シェルターを紹介。「国民はどこに逃げればいいのか」とナレーション。
石破「地下に逃げる。コンクリートの建物の中に逃げる」。
 スタジオで小倉智昭キャスターが「これはあくまでも仮想です。しかし、8分というのはこんなに短いんです」とコメント。「スーパーモーニング」に負けず、危機感を煽る。こうした「情報」が各局のワイドショーなどの情報番組で大量に流される。
TBS「ブロードキャスター」(10月14日)によると、北朝鮮の核実験を取り上げたワイドショーは12時間56分10秒で、2位の「日ハム、パリーグ優勝」(1時間46分05秒)を10倍以上も上回って、ダントツの1いとなった。

■テレビは核拡散ドミノによる被害にカメラを向けるべき
 

ニュース番組の場合は、当たり前のことだが事実に基づかない情報は報道しないのが原則だ。特に日テレやNHKのような大誤報をまのあたりにすると、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」ではないが、「事実」の確認にナーバスになる。問題は、必要以上に神経質になって、事実をさらに掘り下げる報道にまでしり込みをすることである。
 10月18日、TBS「筑紫哲也NEWS23」の「多事争論」で、筑紫キャスターが「失われた10年」と題し、CTBT(包括的核実験停止条約)の問題を取り上げた。CTBTは、あらゆる場所における核兵器の実験的爆発を禁止する条約で、1996年9月に国連総会で採択された。イギリス、フランス、ロシアは批准しているが、アメリカ上院は99年10月批准を拒否、ブッシュ政権は死文化を狙っている。筑紫キャスターは「核クラブ(核保有国)がこの10年、もっと核軍縮、核拡散防止に力を尽くすべきだった。それをせずに放置してきた。その失われた10年が今日、北の核保有、北の暴発を招いたと言わざるをえない」とコメントし、言外にアメリカを批判した。
 この核拡散防止については、日本テレビの「NEWS ZERO」(「今日の出来事」から衣替え)でも、村尾キャスターが「北朝鮮に核武装させないために、核保有国が核を減らす方向にもって行くのが日本の立場ではないか」(10月16日)とコメントしている。
 こうしたキャスターのコメントは当然必要であり、評価できる。今後も、積極的に発言を続けてほしい。
 しかし、ひとつ注文がある。キャスターコメントで指摘してこと足れりとするのではなく、核のドミノ現象が人類にもたらす被害や核拡散の恐怖などの問題について、掘り下げた取材を進めてほしいということだ。唯一の被爆国である日本では、広島、長崎で原爆被害に苦しむ市民が多数いる。湾岸戦争やイラク戦争でも、米軍の劣化ウラン弾による被害が相次いでいる。帰還米兵の多くが、その後遺症に苦しんでいるという。
 テレビはこうした悲惨な実態や核拡散の拡大が人類に及ぼす被害にカメラを向けて、眼の前にある核の恐怖を抉り出し、予測される実態を視聴者に届けてほしい。CTBTを葬り去ろうとする核の超大国、アメリカの責任も大きい。こうした問題に取材のメスを入れずに「北の脅威」を煽り立てるだけでは、問題の基本的な解決につながらない。

■テレビは憲法にもっと眼を向け、憲法を活用すべき
 

見落としてはならないのは、憲法が自民党の暴走やメディアの煽り報道に歯止めをかけていることである。「憲法9条制御機能」は間違いなく生きている。
 10月16日、TBSの「みのもんた朝ズバツ!!」が、国連経済制裁の船舶検査と日本の周辺事態法の問題を取り上げた。番組には舛添要一自民党参議院議員や笠井亮共産党衆議院議員らが出席。みのキャスターが「(自衛艦は)イギリス艦への給油はやらずに引き返すのか。そんなことが許されるのか」と迫ったのに対し、笠井氏は「日本には憲法9条があり、出来ないことは出来ない。そのことははっきり言うべきだ」と発言。みの氏は「国際的に許されるのか。湾岸戦争の時も日本は巨額の経済支援をしたが、全く評価されなかった」と攻め立てるが、「あくまでも憲法の枠内で実行すべき」と笠井氏。
番組は、安倍首相の「非核3原則は国是として堅持する」という発言を紹介する。舛添氏も「憲法の範囲内で対応する」と応じた。みの氏が「安倍総理が言っているように、非核3原則は堅持して、北朝鮮への経済制裁は憲法の枠内でやるべきだ」とコメントして番組をしめくくった。
自民党も憲法の拘束を受ける。自民党が解釈改憲で事実上憲法をないがしろにしているのは事実だが、おおっぴらに憲法を踏み外すとは言えない。キャスターも憲法に拠って立てば、地に足のついたコメントで番組をまとめることができる。テレビは憲法にもっと眼を向け、憲法を活用すべきだ。
特に安倍政権は、憲法改正を最重要課題としており、安倍首相の盟友である自民党の中川政調会長が北朝鮮の核実験を口実に、「憲法改正」を飛び越えた「核保有論議」に火をつけている。
10月16日、中川氏は「やられたたらやり返すのは当然だ。核武装については、議論の上ではあっていい」と発言した。米CNNは「日本の核タブーは薄れつつあるのか」、英タイムズ紙は「あらたな軍拡競争の芽が出てきた」などと速報した。中川氏の発言を伝えた同日の「報道ステーション」で古館キャスターは「中川政調会長の発言は、流れに逆行する。日本は勇み足をしてはいけない。勇み足と取られる発言もまずい。冷静に踏みとどまりながら、被爆国として発信する立場に、わが国はある」とコメントした。
10月21日のTBS「ブロードキャスター」でも、榊原英資早大教授が「日本だけがメディアを含め熱くなっている。あまりカッカしないで、熱くならないで、冷静に対応した方がいい」と、中川氏やメディアに自重を促した。
この際、テレビはキャスターコメントはもとより、取材やニュース項目編成などすべての面で、憲法を機軸に据えて対応してはどうか。
中川政調会長の「やられたらやり返す」発言は、決して中川氏個人の思いつき発言ではない。テレビが自分の発言をVTRで伝えることを計算した上で、「核保有論議」を土俵に乗せるために政府・自民党が仕掛けた意図的なパフォーマンスと見るべきである。現に中川氏は訪問先のアメリカでも、米政府要人に「核保有論議はあっていい」と持論を繰り返している。
テレビはこうした動きを「事実だから」と無批判に伝えるだけでは、中川氏サイドの思う壺であり、「核保有論議」をまな板に載せる片棒をかつぐだけの結果に終わる。テレビは中川氏の発言の意図と、それがどんな結果をもたらすかについて取材を徹底し、情報を提供してほしい。テレビは戦後60年余、戦争をしたことのない日本を律してきたのが憲法であるということに改めて着目し、憲法を軸に番組を構成し視聴者に届けてほしい。