河野慎二/テレビウオッチ21渡辺恒雄氏「大連立」の策謀
報道原則逸脱した行動に、テレビは検証番組の編成を/07/12/06


渡辺恒雄氏「大連立」の策謀
報道原則逸脱した行動に、テレビは検証番組の編成を

 関西テレビが番組をねつ造するというスキャンダラスな事件で幕を開けたメディアの2007年は、世界一の発行部数を誇る読売新聞のトップが密室談合政治の主役として登場し、ジャーナリズム全体の信用を貶めて暮れようとしている。

 主役とは、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長兼主筆である。参院選に示された民意は「どこへ行ってしまったの?」と列島が唖然とした福田首相と小沢民主党代表の「大連立」密室協議を仲介したとされている。
 
  これについては、権力を監視すべき立場にある新聞社の首脳が、その一線を乗り越えて権力の密室に入り込み、国民の意に反する形で政治を操作しようとしたものとして、世論の強い反発を招いた。TBS「NEWS23」(11月12日)の世論調査では、「大連立は支持しない」が63%(支持は26%)、産経(同19日)の世論調査でも「大連立不支持」は64・8%(支持26・8%)となっている。
 憲法「改正」を最終目標に、歴史の針を巻き戻そうと企てた「大連立」という名の野合に、国民の3人に2人がNOを突きつけたのである。
 
  権力のウオッチャーがプレイヤーになって、批判を浴びてもテンとして恥じないこの動きを、メディアはどう伝えたのか。新聞では、毎日が「開かれた新聞」委員会の報告を掲載しているが、当の読売は説明責任を一切果たしていない。他の新聞も及び腰だ。
  テレビにいたっては、もっと腰が引けている。これは、新聞の問題で自分たちは関係ないという姿勢がありありだ。ジャーナリズム全体にかかわる重大な問題だという認識が欠落している。テレビ朝日とTBSの一部番組がこの問題をフォローしていた。それも、事態発覚直後に報道した程度で、とても十分とは言えない。


■鳩山幹事長「大政翼賛会」と批判、渡辺構想あっけなく瓦解


  テレビ朝日の「スーパーモーニング」(11月8日)が一連の動きを、関係者のインタビューを交えて報道している。
  それによると、@参院選で自民党が惨敗した直後の8月16日、読売が「民主党も『政権責任』を分担せよ」という社説を掲載し、「大連立」を提唱。A8月21日、渡辺氏が鳩山民主党幹事長を「山里会」に招待。B鳩山氏は8月23日のメールマガジンに「渡辺氏は大連立内閣構想を提唱した」と紹介。「小選挙区ではダメだから、政策実現の後中選挙区に変えればいいと発言した」とも。

 C10月25日、紀尾井町の料亭で、渡辺氏と氏家斉一郎・日本テレビ議長、中曽根元首相、与謝野前官房長官が会食。中曽根「連立の話はどうなった」。渡辺「近々面白いことが起こる」。D10月28日、小沢代表と与謝野氏が囲碁対局。なぜかテレビが取材、放映。E10月29日、福田首相が大島自民党国対委員長に、小沢代表との党首会談申し入れを指示。F10月30日、幹事長も席を外させて2人だけの完全密室党首会談実現。国会での党首討論は中止。

 F11月2日、TBS「時事放談」の収録で渡辺氏、「年内にも連立政権を作って、懸案事項をどんどん解決する」と発言。司会の御厨東大教授「(渡辺さんは)元気だった。小沢と福田を結びつけたと言っていた」。G同日、2回目の党首会談。福田首相「大連立政権」打診。同首相「連立というか、まあ新体制。政策実現のための新体制」。H民主党役員会は全員が「大連立」に反対。鳩山幹事長「大政翼賛会的な話で、政権交代に逆行」。I小沢代表「大連立」拒否を福田首相に通告。いったん表明した辞意を撤回。

 

■政治部長、署名原稿で「自ら真実を語れ」と小沢氏にかみつく
 渡辺氏は説明責任果たさず、一方的な読売の報道に読者あ然

 

 異様なのは、読売新聞の報道である。
「大連立』構想が崩壊した直後の11月4日、読売は「『大連立』小沢氏が提案。『絶対党内まとめる』」との見出しで、一面トップのスクープ≠掲載した。辞任表明した小沢氏が「朝日、日経等を除き、ほとんどの報道機関が政府・自民党の情報を垂れ流し、世論操作の一翼を担っている。『小沢首謀説』なるものの報道は事実無根」と批判すると、読売は赤座弘一政治部長名で「自ら真実を語れ」と異例の反論記事を掲載した。

 小沢代表が続投を表明した11月7日、記者会見で「(小沢代表は)『事実無根の中傷報道がなされている』と発言した。撤回してほしい」と2度にわたって食い下がった記者がいた。ジャーナリストの大谷昭宏氏は「自分の携帯メールを見ながら発言、その様子をテレビカメラが捉えていた。考えたくもないことだが、記者は社命のメールを読んでいたのではないか」と指摘している(「ジャーナリスト」11月25日)。

 渡辺氏は、「大連立」を民主党が拒否した当夜、テレビカメラの直撃インタビュー取材を受けている。渡辺氏は「そんなことは新聞記者に聞くもんじゃない。政治家に聞けよ」と説明を拒んでいた。渡辺氏が、権力ウオッチャーの一線を超えていないのなら、発言を了とするが、同氏は当事者として主役中の主役である。渡辺氏は真相を明らかにする責任がある。天に唾するとはこのことを言うべきか、「自ら真実を語れ」との政治部長の主張は、皮肉なことに渡辺氏自身にも向けられている

 

■毎日新聞、「開かれた新聞」委員会で渡辺氏の行動を検証
「政治からの独立、あらゆるメディアが自己検証を求められる」


  毎日新聞は11月26日、同紙「開かれた新聞」委員会の11月度の月例報告を掲載した。同紙は、読者から「検証してほしい」という声が読者室に25件以上寄せられたことが、11月の委員会で取り上げた理由であることを明らかにしている。60歳代の男性は「大手ジャーナリズムのトップや元総理が今回の騒動のバックにいるならば、ジャーナリストが政治にどうかかわっていくべきか検証してほしい。ジャーナリストはどこまで許され、何をしてもいいのか。政治とどう対するべきか」と投書している。

 同紙によると、「開かれた新聞」委員会の委員は、柳田邦男(作家)、田島泰彦(上智大教授)、吉永みち子(ノンフィクション作家)、玉木明(フリージャーナリスト)の4氏。紙面では、「渡辺氏の行動や報じられ方、メディアと政治のあり方などについて、委員のみなさんに意見を聞きました」として、4氏の意見を紹介している。

 この中で、吉永委員は「民意を覆す大連立画策のために、新聞社の主筆が政界の大物と裏で動くということは、ジャーナリズムの役割からは逸脱している。各紙とも渡辺恒雄氏の問題として論じてはいるが、メディアはどうあるべきかという視点から、この行動に明確な批判がなされていないのは極めて不満である」と批判している。

 また、田島委員は「大連立の背景には渡辺氏の憲法改正への執念があり、毎日新聞はジャーナリズムの病理として厳しく論難、追及すべきだ」「読売にとどまらず、政治部記者と政治家の癒着、NHKと政治との距離の近さなど、あらゆるメディアが政治や権力からの独立や自立をどこまで貫き通しているか、自己検証が求められる」と指摘。

 玉木委員も「読売は政治結社の機関紙ではないはずだ。公正さを欠く報道は、ジャーナリズムをおとしめる所業」。柳田委員は「各紙とも渡辺恒雄論を掲載しているが、黒幕への興味といった次元で終わらせず、政治のあり方とメディアのかかわり方について議論を深めてほしい」と呼びかけている。

 渡辺氏の行動については、この毎日の記事が目立つ程度で、他紙の取り組みは極めて弱い。朝日は11月10日の社説で「報道機関のトップとして節度を越えているのではないか」と批判し、「誰よりも真実に近い情報を握っている」読売新聞に対し「真実の報道を期待する」としているが、朝日がこの問題を検証する記事は編成していない。


■対岸の火災視?テレビはTBS、テレビ朝日を除き沈黙

 
 一方、テレビはどうか。前述の通り、TBSとテレビ朝日の一部の番組が対応しただけで、それ以外の局ではほとんどとりあげていない。ジャーナリズムのあり方にかかわる重大な問題にもかかわらず、動きの鈍さに驚かされる。とかく、政治との距離が近すぎると批判の絶えないNHKは、それに反論する意味からも検証番組を編成してほしかったが、ニュース報道で特集した形跡はない。

 TBSやテレビ朝日にしても、部分的に鋭い指摘は見られたものの、新聞と政治のかかわり方を正面から捉え直すという視点には欠けていたと言わざるを得ない。
テレビ朝日の「報道ステーション」(11月5日)が、「大連立構想には、マスコミ界の大物が介在した」として、渡辺恒雄氏の動きにスポットを当てた。「なぜ、今、連立が必要なんですか?」と直撃インタビューする記者と無言の渡辺氏のシーンを織り交ぜながら、真相に迫ろうとする。

 しかし、当日の読売が朝刊一面で、連立政権では小沢氏が副総理に就任するほか、閣僚を自民10、民主6、公明1とすることで合意したとの記事を紹介する程度で、決定的な情報は示せない。加藤千洋キャスターが「メディアが国の政治のトップに突っ込んで、介入するというのは、民主主義国としてはありえない」とコメントするが、国民の知る権利とのかかわりについて掘り下げた報道と広がりがなかったことが惜しまれる。


■「密室協議、もう一つのテーマは消費税増税」
  テレ朝「報道ステーション」福田・小沢会談の闇に迫る

 

「報道ステーション」は11月12日、「大連立のもう一つの目的は消費税の増税」とのタイトルで、福田・小沢密室談合の闇に迫った。番組では、「大連立」協議のテーマは@年金問題の協議機関設置A新テロ特措法B消費税増税の3点で、「特に消費税増税が大きなテーマだった」と伝え、仕掛け人の渡辺氏について「財政審議会委員として、消費税促進に熱心だった」と指摘した。

 福田首相はぶら下がりインタビューで「消費税は話題になったかな。私には記憶がない」ととぼけたが、番組は斎藤次郎・元大蔵次官をキーマンであることを明らかにする。斎藤元次官は、小沢氏と組んで国民福祉税を仕掛けたことがあり、渡辺氏とも長年親しい関係にある。斎藤氏は直撃インタビューに「関係ない」と逃げる。「渡辺氏に近い斎藤元次官が小沢氏との連絡役をつとめた」とナレーション。

 森元首相「福祉目的税と、民主党が言うなら、それも考えればいい」。福田首相「まあ、目的はいろいろあるが、野党の方とも話し合えばいい」(いずれもVTRインタビュー)。「構想は、いったんは潰れたが、今もくすぶり続けている」とナレーション。
古館キャスターが「消費税は選挙で争点にすべきとの声がある。どうして消費税だけが社会福祉の目的ということで出てくるのか」と疑問を示すコメントで締めくくった。

 テレビ朝日以外では、TBSの「ブロードキャスター」(11月3日)や「サンデーモーニング」(11月4日)が、「大連立構想浮上」を特集している。しかし、「大連立とは」「大連立の意味するもの」「大連立と国会審議」を出演者が論じ合うという内容で、ジャーナリズムと政治の関わりや、新聞人トップが政治に介入することなどの問題点に対するアプローチは全くない。

 唯一、出演者の佐高信氏(評論家)が、「これは、大連立ではなく、大野合だ。最大の狙いは、憲法改正だ。何とか、福田と小沢をくっつけたい。民意から最も離れている。(仕掛けた中曽根、渡辺両氏は)民意を恐れている」とコメント。
  前日の「ブロードキャスター」でも、出演した北川正恭氏(早大大学院教授)が「昔の古い形に戻って、90歳前後の人たちが出てきて、昔の待合政治、談合政治の『夢よもう一度』というのは、絶対阻止しなければならない。国民は、何だ、この茶番は、と見ている」と批判したのが目立つ程度だった。


■渡辺氏「今ばらすと迷惑をかける」「いずれ書く」
 ジャーナリズムと政治について、テレビは今こそ番組で検証すべき


  12月5日、渡辺氏が自民党議員のパーティであいさつし「今、全部ばらしたら迷惑をかける人がいるので、次の展開に邪魔になる。今は書かないが、いずれ全部書こうと思っている」と述べた。
  これについて、テレ朝の「ス‐パーモーニング」(12月6日)で鳥越キャスターが「ばらすと迷惑がかかるとは、ばらされたらビビる人がいるということで、これは脅迫、恐喝じゃないか」と批判した。

 渡辺氏はまた、1955年の保守合同を引き合いに出し、「そういうことを両党首がやってくれると期待していた」とも述べている。こうした考えは、永田町の政治部記者や新聞社、テレビ局の経営者の間では、そう大きな違和感はなく受け止められる。いわば「永田町の常識」である。しかし、夏の参院選で示された民意とは180度対極にある。「永田町の常識は世間の非常識」なのである。

 テレビは今こそ、「永田町の非常識」にカメラとマイクを向ける必要がある。渡辺氏がばらすまで待つのではなく、テレビが自らにかかわる問題として、番組で検証すべきである。
  とは言え、密室談合の場をカメラで取材するのは不可能に近い。マイクを向けても、無言か無視で、真実は語らない。何日張り込んでも、空振りに終わるケースが大半だ。その中で、一皮々々剥ぎ取るように、真実に迫るテレビの取材は、それを隠そうとする権力の当事者たちとの闘いと言っても過言ではない。

 その闘いにチャレンジするテレビ報道のモチベーションは、参院選に示された民意に背を向けて、歴史の針を逆に巻き戻そうとする密室政治の復活に対する怒りである。しかもそこに読売新聞のトップが主役として介入している。渡辺氏も福田首相も小沢代表も真実を語らないから、何が話し合われたのか、ジャーナリストの行動として適切だったのかなどについて、取材しようとするのは当然のことだ。

 その意味で、テレビ朝日の取材は十分なものではなかったにせよ、その姿勢は評価できる。NHKをはじめ、各局は2007年を締めくくるにあたって、渡辺恒雄読売主筆の行動について、検証番組を編成すべきである。(河野慎二)

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