河野慎二/ジャーナリスト/『NHK新生』に欠かせない政治からの独立」 /06/02/15


 

NHK新生』に欠かせない政治からの独立

河野慎二(ジャーナリスト)

 

NHKが1月25日、「NHKはこう変わります」という特別番組を放送した。夜9時台のゴールデンタイムに、永井多恵子副会長をキャスターとして起用した。NHKの力の

入れようが伝わってくる。というのも、市場原理主義の旗振り役である竹中平蔵総務相の「有識者懇談会」がNHK「改革」の検討に入ったのをはじめ、自民党内には「NHKの民営化を考える会」が発足するなど、NHKバッシングの嵐が吹き荒れている。こうした状況のもとで、NHKがどう巻き返しをはかるのか。

 特に、わたしたち視聴者にとって最も関心があるのは、NHKの政治からの独立である。受信料不払いの直接のきっかけは制作費の不正流用事件だが、背景には時の政治権力に弱いNHKの経営体質がある。従軍慰安婦問題の民衆法廷を取り上げたETV特集の大幅改ざん事件で、自民党の安倍晋三、中川昭一両衆院議員の政治介入が報道されたことは、その典型例のひとつである。それ以外でも、ニュースというよりは、政府広報ではないかと見まごうばかりの「NHKニュース」にしばしば直面する。こうした政府・自民党に弱いNHKの姿勢が視聴者の信頼を失墜させ、受信料不払いの遠因となっている。これらの問題にNHKがどう真剣に向き合い、「変わろう」とするのか。多少の期待も

こめてチャンネルを合わせたが、見終わって残ったのは落胆と失望であった。の特番で永井副会長は、@NHKだからできる放送を実施するA受信料収入の回復をはかるB信頼される公共放送のための経営改革を進めるCデジタル時代にふさわしい公共放送のあり方を追求する、の4点を柱に、「NHKはこう変わります」とアピールした。

 永井副会長が説明のベースにしたのは、放送の前日にNHKが発表した2006年度から08年度までの経営計画である。タイトルは「NHKの新生とデジタル時代の公共性の追求」。そこにはこういう記述がある。

 「NHKの予算・事業計画の国会承認を得るにあたっても、会長以下全役職員は、放送の自主自律の堅持が、信頼される公共放送の生命線であるとの認識に基づき業務にあたります」

NHKを巡る諸状況を考えれば、この記述はNHKとして政治介入を何とか回避したいというギリギリの表現と言えるのではないか。この表現を盛り込むにあたって、会長以下相当突っ込んだ議論があったのではないか。政府自民党からの反発も読み込んだ上での記述は、NHK経営の決断であり、重みのある認識であるはずだ。

 「公共放送の生命線」である「自主自律の堅持」を、永井副会長は特番でどうコメントしたか。意外なことに、永井副会長は一回、それも、「NHKは自主自律の放送を実施するには、税金などによるのではなく、皆様の受信料にお願いしている」という文脈の中で触れただけであった。「自主自律の堅持」が「公共放送の生命線である」というコメントは一切聞かれなかった。

 このくだりは、永井副会長が説明した経営計画の核心である。何をさておいても、このポイントは強調すべきである。しかし、番組はそのことには触れずに進行した。極めて奇異な印象が残った。

 永井副会長は、特番が放送された同じ1月25日付の朝日新聞でインタビューに応じている。その中で永井副会長は、昨年末BBCを訪問し、マイケル・グレイド経営委員長と「公共放送とは何か」を話し合った経験を踏まえ、「BBCは03年、イラク戦争報道をめぐって経営委員長と会長が退陣した経緯で政治からの独立を強く主張してきている。こうしたBBCの姿勢に、NHK再生もだぶらせて考えてきた」と発言。計画づくりの内幕を明らかにしている。

 朝日新聞とのインタビューで明らかにしたことを、なぜ自らの番組で視聴者に直接語りかけることができなかったのか。朝日を読んでNHKの特番を視た人は、同じ副会長の発言の落差に目を白黒させたのではないか。NHKには、自分たちのチャンネルとそれ以外のメディアでは、発言を使い分けるダブルスタンダード(二重基準)があるのか。「寝た子を起こしてはまずい。そっとしておこう」と、政治的配慮を働かせたのか。

 だとすれば、本末転倒である。そんな姑息な二重基準を使い分けたり、政治的配慮を加えたりすれば、弱みがあると見てつけこんで来るのが権力のやり方だというのは、分かりきったことではないか。むしろ、テレビできちんと説明し、視聴者の信頼をかちとることこそが、社会的担保を確保し、政治介入を阻止する第一歩になる。 NHKにとって重要なことは、「自主自律の堅持が公共放送の生命線」と規定した認識とスタンスに徹底的にこだわること、そして視聴者とその認識を共有することである。「NHKの新生」には政治からの独立は不可欠の要件である