河野慎二/テレビウオッチ15/NHKの憲法報道、番組は健闘、しかしニュースは… 視聴者の信頼失墜を招くNHKのダブルスタンダード/07/0


 

NHKの憲法報道、番組は健闘、しかしニュースは…  

視聴者の信頼失墜を招くNHKのダブルスタンダード
 

 5月3日、60回目の憲法記念日を迎えた。人間で言えば、還暦だ。改憲の荒波が何回となく押し寄せたが、したたかに生き抜いてきた。だが、「戦後レジームからの脱却」をかかげる安倍内閣の登場で、憲法改悪は危険水域に入ってきた。「改憲手続き法」(国民投票法)が14日、自民、公明両党の強行採決により成立した。
 半面、憲法9条は変えるべきではないという国民の声も広がっている。読売新聞の世論調査(3月)によると、「憲法改正賛成」は46・2%で昨年に比べて9?減り、3年連続減少したのに対し、「改正反対」は昨年比7?増えて39・1%に上昇した。9条「改正反対」は「運用で対応する」を含めると56%に達している。憲法をめぐる闘いは正念場を迎えようとしている。
 

こうした動きをメディアはどう伝えたか。

 新聞では、朝日が5月3日の紙面に21本の社説を掲載、「憲法9条は変えない」との立場を明確に打ち出して注目された。毎日は10ページの紙面で「憲法特集」を組み、改憲は「結論を急ぐ必要はない」(社説)とした。意外なのは読売で、社説で「憲法改正の核心は、9条にある」としながら、「9条改正」は打ち出していない。現憲法の解釈拡大で集団的自衛権を行使できるようにすべきだと主張するにとどまっている。
 テレビでは民放の場合、テレビ朝日の「サンデープロジェクト」が朝日、毎日、読売の論説責任者が憲法を議論する特集を組んだのと、TBS「筑紫哲也NEWS23」が2夜連続の特集を放送したのが目立つ程度。特に定時ニュースで、憲法に対する取材意欲の衰退ぶりは目を覆うばかりで、とても合格点とは言えない。
 
 本稿のメインテーマであるNHKの報道はどうだったか。驚かされるのは、NHKスペシャルなどの番組と定時ニュースで、内容の落差が大きすぎるということだ。例えばNHKスペシャル「日本国憲法誕生」はレベルの高い報道番組である。憲法をめぐる真実に迫ろうとする制作者の真摯な姿勢が共感を呼ぶ。
 それにひきかえ、ニュースでは表面的な事実を追うだけで、掘り下げた取材が見当たらない。憲法に関する報道では、及び腰の姿勢が目立つ。NHKは、ニュースと番組でダブルスタンダードを使い分けているのか。放送局としてのスタンスが統一していない。こうしたNHKの二重基準は、視聴者の信頼失墜につながるだけだ。

■Nスペ「日本国憲法誕生」、史実をもとに「押し付け憲法」に反論

 NHKは4月29日、NHKスペシャル「日本国憲法誕生」を放送した。この番組は、1945年2月にGHQが作成した新憲法草案が日本人研究者の憲法案をベースにしたものであることや、日本人の発案で「生存権」などの重要な条項が追加されたことを明らかにしている。「GHQ草案をもとに生まれたとされる日本国憲法。しかし、新たな資料が公開され、日本人の発案で条文が修正、追加されたことが分かった。生存権や義務教育の延長などが議会の自発的な発案で実現した」と冒頭のナレーション。
 この「日本国憲法誕生」は、改憲派の主要な論拠となっている「アメリカから押し付けられた憲法」に対し、史実をもとに反論する内容となっている    

 番組ではまず、敗戦直後の1945年11月にまとめられた鈴木安蔵や森戸辰男ら7人の学者、ジャーナリストによる「憲法研究会」の提案が、GHQの新憲法草案に大きく影響したことにスポットを当てる。
 米トルーマン・ライブラリーに保管されているマイロ・ラウエル中佐(元GHQ民政局法規課長)の証言テープ。「憲法研究会の提案に感心した。国民主権が明確にうたわれている。男女平等、言論の自由、基本的人権を保障し、平和主義の思想も盛り込まれていた」。特に森戸辰男は「天皇は君臨すれども統治せずとすべし。天皇は国民の委任により、専ら国家的儀礼をつかさどる」としていた。ラウエルのテープ証言「ここに含まれている条文は、民主的で受け入れられる」。
 GHQが新憲法を作成するに当たって最も留意したのが天皇制で、民間の憲法研究会草案も参考にした。「私たちはその草案を確かに使いました。意識的、無意識的に影響を受けたことは確かです」(ラウエル証言テープ)。

 幣原内閣は、天皇制を守るためにはGHQ案を受け入れざるを得ないと決断したが、政府官僚は天皇について巻き返しを図った。ベアテ・ゴードンさん(83歳)のVTR証言「天皇制については、大騒ぎになった。日本政府は天皇の権限を大きくしたかった」。GHQと交渉に当たった佐藤達夫元内閣法制局第一部長らは「天皇の国事行為」について、「内閣の輔弼(ほひつ)による」という条文を持ち出した。輔弼とは「天子の政治をたすける」という意味だ。これは、主権在民を否定するもので、新憲法とは相容れない。ケーディスは絶対に譲らず、結局「内閣の助言と承認」を盛り込む(第3条)ことで決着した。
その結果、第1条は「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」とまとめられた。「ここに、象徴天皇制と国民主権が明確に規定された」と番組ナレーション。

 女性の権利についても日本政府は削除を要求した。不眠不休で交渉に当たっていたベアテさんの眠気が吹き飛んだ。戦前、圧迫されていた日本女性のことを考えれば、削除には応じられない。ベアテさんの証言「日本政府の代表は、この条項は日本の歴史、文化に合わないと主張した」。この不当な要求が退けられたことは言うまでもない。

■日本人の発案で「生存権」「義務教育の延長」などを追加、修正

 1946年7月から、日本の国会でも政府案に対する修正作業が始まった。番組は、国会図書館に保管されていた資料をもとに検証を進める。資料は、戦後50年間封印され、1995年に公開された。
 その資料の中から初めて見つかったのは、「生存権」が日本の国会議員の発案で憲法に盛り込まれたことだ。発案者は、社会党衆議院議員の森戸辰男である。森戸は、民間憲法草案を発表した「憲法研究会」のメンバーだった。森戸は戦前、言論弾圧事件で東京大学を追われ、ドイツに渡った。そこでワイマール憲法に出会い、「生存権」を知った。森戸は国会で「生存権」を新憲法に追加するよう主張した。「国民は健康にして文化的生活を営む権利を有す」は日本政府の草案にはなかったが、森戸の熱心な主張が議員の賛同を集め、憲法第25条に盛り込まれた。

 義務教育の延長も国会の議論で追加された。日本政府案では、「初等教育」として小学校のみを対象としていた。義務教育については、名古屋市立守山中学校の黒田校長ら教育関係者の熱心な陳情が国会に寄せられた。この結果、「初等教育」は「普通教育」に改められ、義務教育は中学校まで延長された。
 憲法9条にも修正が加えられた。9条1項の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」と規定しているが、当初の日本政府案にはこの条文は盛り込まれていなかった。社会党衆院議員の鈴木義男が「平和を愛好し、国際信義を重んずることを国是とする」条文を追加すべきと提案、各議員が賛成した。

 番組を見た国家公務員(58歳)が朝日新聞に投書を寄せている。「NHKスペシャル『日本国憲法誕生』を見て衝撃を受けた」「現憲法は必ずしも押し付けだけで生まれたわけではなく、当時の国民の思いもある程度は反映されていたことを、この番組は教えてくれた。そして、憲法はその後60年にわたって日本に平和と繁栄をもたらしてきた。この価値を軽視してはならない」と。

■NHK基幹ニュースは、憲法「改正」誘導に軸足?
 一方、NHKニュースはどうか。

5月3日の「ニュースウオッチ9」は、集団的自衛権の問題を取り上げた。1991年の湾岸戦争で、憲法が集団的自衛権の行使を禁じていることに「アメリカが大きな不満を持っていた」(ナレーション、以下同)。90年代前半は「日本周辺で有事が起きた時の対応が、日米で議論になった」。「96年に日米安保共同宣言を発表し、より具体的な防衛協力を進めることを確認した」が、「97年に周辺事態法が成立したものの、集団的自衛権に抵触するとして、後方地域に限られていた」。2003年にはイラク特別措置法が成立、「自衛隊がイラクに派遣されたが、政府は非戦闘地域への派遣と強調した」。
 北朝鮮がミサイル開発。「射程距離は6000キロ。米本土に達するといわれる」。03年「政府がミサイル防衛システム開発を決定」。額賀元防衛庁長官インタビュー「アメリカ市民がそのミサイルで10万、数十万死んでいくことを考えれば、傍観していいのか」。

 そして、安倍首相が4月の訪米直前に設置した「有識者懇談会」に言及するが、「具体的な事例と憲法との整合性を議論し、秋までに答申する」とするだけで、集団的自衛権行使を容認する委員を多数集めた、偏った人選へのコメントはない。
 各党インタビューを受けて、スタジオで記者が解説する。「国民投票法案成立の可能性は高い。3年後(の発議)に向け、改正論議が高まる。改憲の発議には国会議員の3分の2の賛成が必要だが、9条については意見が分かれているので、3分の2の確保は容易ではない。各党が率直に意見を戦わせ、幅広い合意形成が必要だ」と締めくくった。

 こうした論調は他のニュースにも共通している。5月2日の「おはよう日本」でも、「憲法改正の意見は広がっているが、焦点の9条については慎重だ。『国民投票法案』が成立すると、3年後に改正の発議が可能になるが、自公だけでは(発議に必要な)3分の2の議席を持っていない。今の与党の枠組みを離れた合意が必要で、政界再編も含めて、今後の焦点になる」と解説していた。
 この「ニュースウオッチ9「や「おはよう日本」を見た人は、どういう印象を持つだろうか。とにかく、集団的自衛権が行使できるように、憲法「改正」に向けて合意形成を急ぐべきだという考えが色濃くにじんでいる。「9条については意見が分かれている」と指摘しながら、反対の意見はほとんど伝えていない。憲法「改正」派の意見に異常に肩入れした偏向報道と批判されても反論の余地がないだろう。

■NHKはNスペ「日本国憲法誕生」の姿勢をニュースにも生かすべき

 NHKを見ていると、ニュースと報道番組の落差の大きさに戸惑うばかりだ。どっちがNHKの本当の顔なのか。特に、基幹ニュースでは、「改正」派の意見に軸足を置いた報道が圧倒的に多い。記者の解説も「改正」へ誘導しようとする姿勢が目立つ。
 NHKのダブルスタンダードについては、「NHK幹部は永田町ばかり見ているから、治らない。不治の病だ」と突き放す見方もあるが、果たしてそうか。実際には、基幹ニュース以外では、記者や解説委員は結構核心をついた指摘をしているのだ。

 NHKBSの「土曜解説」(4月28日)では、解説委員が対論する形で憲法「改正」を取り上げた。その中で影山解説委員が「NHKの世論調査では、参院選の関心事は『憲法改正』が4%で、9つある選択肢の中で最下位。改憲は急ぐべきではないというのが実態だ」と指摘。西原解説委員「9条の『改正』については44%が不要と回答。必要は25%だった。現実に9条のもとで活動しているのだから、改憲不要が多いが、『改正』意見もあり、多種多様だ。政治と世論のギャップは埋まらない」。 影山「(憲法を)変える、変えないの議論が先行している。現実は、ワーキングプアの問題や、生活保護水準を下回る最低賃金の問題など、これでいいのか。憲法の理念が実現していないのではないか。白か黒かの議論ではなく、もっと丁寧な議論が必要だ」と解説した。NHKの基幹ニュースでは見られない率直なコメントだ。

 このほか、「NHKスポーツ&ニュース」の「持論・公論」(3月30日、23時50分)でも、先の沖縄戦で「日本軍に集団自決を強いられた」とする記述が高校生の教科書から削除された問題について、長谷川解説委員が「これまでは『軍の命令』というのが定説だった」「教科書から(この記述が)消えてしまうのは釈然としない。少なくとも複数の学説があり、それに沿って記述をすべきだ」と指摘した。
 「こうした解説をどうして夜7時のニュースで放送しないの?」とは、一緒に見ていた妻の疑問である。全くその通りだ。

 基幹ニュースではないBS放送や深夜の時間帯だから、本音ベースの解説ができたのではないか、という穿った見方もある。問題は、NHKの記者や解説委員はきちんとした問題意識や意見を持っているのに、表現する場所が限られていることだ。
 憲法「改正」など、国の基本に関わる問題について、NHKは「ニュース7」などの基幹ニュースで、一方の意見に偏ることなくあらゆる角度から公平に報道してほしい。NHKスペシャル「日本国憲法誕生」に示された真摯な取材の姿勢をニュースにも生かすべきである。そうすれば、NHKの「ダブルスタンダード」という汚名をそそぐことができるし、視聴者の信頼回復にもつながる。

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