河野慎二/テレビウオッチ14/政府の意向がストレートにNHKへ? 「経営委員会強化」による放送への介入は許されない /07/04/17

政府の意向がストレートにNHKへ?
「経営委員会強化」による放送への介入は許されない


 政府は4月6日、放送法改定案を国会に提出した。改定案には、放送法の根幹を揺るがす重大な改悪が2点盛り込まれている。第一点は、放送に対する公権力の介入を一段と強める行政処分の新設である。第2点はNHKについて、「経営委員会の強化」という形で、政府の意向がストレートに伝わる仕組みを法制化しようとしている。このほか、放送の寡占化を進める新自由主義的な「持ち株会社」の導入が進められている。放送の自由による民主主義の発展を定めた現行放送法は、風前の灯だ。
 改定案には、関西テレビ「あるある大事典」のねつ造事件を口実にして、総務相に「再発防止計画」の提出命令権を与え、その行政処分をテコに放送に対する規制・介入を強める内容が盛り込まれている。ねつ造番組を放送した放送局に対しては、「再発防止計画」の提出を事実上義務づけ、大臣意見をつけて公表するという内容だ。何がねつ造番組かの判断は、総務相の胸先三寸だ。しかも、判断の基準も示されていない。
 菅義偉総務相は当初、「あるある大事典」でねつ造番組を放送した関西テレビに「電波の停止(停波)」の処分を考えていたと言われる。それに、「停波」はショックが大きく、世論の反発も予想される。しかも、「停波」は“一過性”の側面が強く、長期にわたって放送局を締め上げることには効果が薄い。そこで総務省が編み出したのが、「再発防止計画」による放送への規制・介入の強化策である。
 菅総務相は、ニュースやバラエティ番組だけでなく、再現ドラマや漫才、お笑いのコントに至るまで、新設される行政処分はすべての番組を対象にする考えを示している。「再発防止計画」は今後、日常的に放送局を監視し、政府権力の真相に迫る取材や番組作りを委縮させる効果を発揮する。あるテレビ局関係者は「総務省は、放送に対する介入のチャンスを鵜の目鷹の目で狙っていた。関テレの『あるある』はその狙いにまんまとはまってしまった。関テレは万死に値するよ」と吐き捨てる。
 メディアも「報道規制に懸念」(毎日、6日夕刊)、「取材に行政介入?『放送法改正案』委縮するTV局」(東京、7日)などと大きく取り上げている。
放送法改定案の審議はこれからだというのに、すでにテレビ制作現場には委縮効果が出ている。テレビ局の編成担当や考査・法務セクションは「総務省から何を言われるか分からない」と、番組チェックにピリピリしている。実際、「ねつ造ではないか」などの記事が出ると、総務省から直接電話もかかってくるという。去年のことだが、総務省から呼び出しを受けて事情を聞かれたプロデューサーもいる。
 友人の放送作家に聞いたところ、これまでは研究者の発表や新聞記事などで、「これはイケる」と走り出したのが、「ウラはとったのか」「ヤバいのはやめよう」と自主規制が広がっているという。「プロデューサーは、ウラを取れという。しかし、予算は増やさない。限られた予算の中からウラ取りの費用を工面するため、取材費にしわ寄せが行く。事実の確認を徹底するのはいいことだが、テレビ局はそのための予算を増やすべきだ」と語る。いずれ、テレビ局は得意のマニュアルを作って、自主規制の徹底を図ることになるとみられるが、総務省の意向を先取りした内容になるのではないかと懸念されている。


■政府、新経営委員長通じ、NHKへの一段の介入拡大を画策

 放送法改定案では、この「再発防止計画」問題がクローズアップされているが、もう一点、NHKに対する権力の介入を加速しかねない問題が含まれている。
最大の問題点は、NHKの経営に政府の意向が一層ストレートに伝わる仕組みが導入されようとしていることだ。具体的には「経営委員会の改革」という形で法律改定が図られている。経営委員会に「経営に関する基本方針」の決定権を与え、NHK会長ら役員の「職務の執行の監督」をさせることを明記したのがポイントだ。
経営委員会は現在、収支予算、事業計画、資金計画など13項目を議決するが、実際にはNHK会長ら執行部が決定した予算などを承認する機関である。
 新たに「NHK経営の基本方針」の決定権だけでなく、「コンプライアンス(法令順守)体制」や人件費、中期的な経営方針の指導まで幅広く権限が与えられるから、経営委員会の権限は非常に大きくなる。実質的には「事後承認機関」だった経営委員会が、経営の「意思決定機関」に衣替えする。改定案が成立すれば、新しい経営委員長はNHKの事実上の最高意思決定権者となる。7000億円の収入を上げる巨大メディアコングロマリットのトップの座に座ることになる。
 改定案では、このほか経営委員会の中に「監査委員会」を新設し、そのうち1人以上を常勤化するとしている。この監査委員はNHK会長ら役員の職務を監督する。常勤だから日常的にNHKの経営に関与し、制作費や人件費、服務規律など経営の細目にわたって執行部を「指導」することになる。さらに、経営委員のうち数名を常勤委員とする方向も検討されることになるという。
 NHKの収支予算は国会の議決を必要とするから、通常国会が開かれる毎年1月から3月にかけては、NHK経営陣は自民党の放送に関する調査会などの議員に予算を通してもらうべく、頭を下げて陳情に回るのが主な業務のひとつになっている。予算を人質に取られた形になるため、政府や自民党に対して弱腰になりがちだ。旧日本軍の従軍慰安婦問題を取り上げたNHKの「ETV特集」改竄事件に、安倍官房副長官(当時)らが関与したとされる問題は、長年の間に蓄積されてきたNHKの構造的な経営体質と無縁ではない。
 それでも、NHKの経営委員会が会長ら執行部とは独立して存在しているから、NHK経営に対する行過ぎた介入への歯止めとなっている。形骸化批判はあるが、NHKの放送が公正に行われていることを制度的に担保する存在だ。放送法改定で経営委員会を改革するなら、NHKが放送の自由をより豊かなものにし、国民の知る権利に答えるという見地からアプローチすべきだ。そのためには、NHKの経営委員会はNHK会長ら経営執行部から独立して、市民や視聴者の声がより明確に反映するよう法整備を図るのが本来の姿であるはずだ。
 それが、今回の改訂では、経営委員会の権限を強化し、経営と監督を事実上一体化する方向が盛り込まれている。NHKの経営に、これまで以上にストレートに政府や財界の意向が入り込むことが懸念される。これでは、市民・視聴者が本来NHKに求める方向とは全く逆行している。

■石原経営委員長辞任、懸念される「後任は政府直轄人事」説

 経営委員会はどんな議論をしているのか。公開されている議事録から探ってみたい。1月16、17日に開かれた第1035回の会議では、議題として△会長報告「業務概況について」△議決事項(1)平成19年度国内放送番組編集の基本計画について(2)同国際放送の放送番組編集の基本計画について(3)平成19年度収支予算、事業計画及び資金計画について、などが取り上げられている。こうしたNHKの方針について、橋本会長ら執行部が説明し、それについて経営委員が質疑討論を行い、意見を述べるという仕組みである。公共放送としてのNHKの経営が公正に行われているかどうかをチェックするシステムとしては、妥当な制度といえるだろう。
 この第1035回会合では、NHKのニュースをめぐって議論が交わされている。この中で、小林緑委員(国立音楽大学教授)は、松坂大輔投手のボストン到着がNHKニュースのトップで、教育基本法改正のニュースがその次になったことについて「順序が逆ではないか」と指摘し、「憲法改正にもつながるような重要な(教育基本法改正という)議案について、ニュースのトップの扱いではなく、改正された結果のみを為政者の側からの報告として、さらっと流されてしまうと、これは公共放送のあり方としていかがなものか」と発言している。
 これに対し、NHKの石村報道担当理事は「教育基本法の改正については、法案が上程されて以来、節目ごとにいろいろな番組で取り上げています」と弁明しているが、多賀谷一照委員(千葉大学法経学部教授)は、「ニュースの順番にはこだわらないが、そのニュースにどの程度の時間を割いたのか、全体的な量を重視する。難しい問題でもしっかりと視聴者に伝えることが大事であり、世相に流されてしまわないよう気をつけていただきたい」と発言、石原委員長も「NHKの放送を見て、視聴者の皆様がものごとの判断材料としていただけるような情報の提供も、公共放送として求められるので、大事にしていただきたい」とまとめている。
 政府提案の通りに放送法が改定されると、どうなるか。こうした、それなりに自由な議論は望めなくなるのではないか。常勤の経営委員や監査委員と非常勤の経営委員との間には情報の格差ができるだろうし、権限の差も生まれるだろう。経営委員会は「経営に関する基本方針の決定」から「役員の職務の執行の監督」まで行うことになるから、番組のあり方をめぐる議論は片隅に追いやられることになるかもしれない。
 4月10日、石原邦夫経営委員長が辞任した。出身の東京海上日動火災保険で、自動車保険など68億5000万円の不払い問題が発覚、同社社長を引責辞任したのを受けて、NHK経営委員長も身を引いたものだ。保険金不払いの不祥事では、自民党からの辞任要求圧力はかわしきれない。自業自得で辞任はやむをえない。
 問題はその後任に誰が就任するかである。永田町では、放送法改定後に選出される新経営委員長に重大な関心が集まり、憶測が 飛び交っている。企業経営の経験が豊富な人材を登用すべきだという声が強まっているという。
 NHKの経営委員は、衆参両院の議を経て首相が任命する(放送法16条)。経営委員長は12人の委員の互選で選ばれる。経営委員長の人選は放送法15条の定めに則り、経営委員の主体的な合意で決すべきだ。政府が水面下で人選を進めるのは法違反で、許されることではない。


■放送行政は政府から独立した行政委員会に委ねるべき

 放送法改定案は以上のように、国家権力による放送への規制・介入を一段と強化する内容が含まれている。このような改定は、憲法が定める言論・表現の自由とは相容れるものではない。菅総務相は、より豊かで、多様な放送の実現と、国民の知る権利に答える放送の発展を求める市民・視聴者の声に耳を傾けるべきだ。
 そして、この際われわれも発想の転換を図るべきではないか。
今回の放送法改訂には当然反対である。ねつ造番組の「再発防止」問題では、あくまでも「放送倫理・番組向上機構」(BPO)など放送界の自主規制で解決すべきだ。NHKの問題についても、政府の意向がストレートに入り込むような改定は削除して、NHKが民主的に発展する方向を探るのが本筋だ。
 国家権力による放送への介入強化は時代に逆行するものであり、こうした動きにピリオドを打つには、政府から独立した行政委員会による放送行政を実現することが必要になっている。そもそも、総務省が放送免許の許認可権を握って放送行政を行っている国は、先進国では日本以外にはない。
 松田浩さんや桂敬一さんらが呼びかけ人となって「独立委員会による放送行政を求める緊急アピール」も出されている。法律改定が国会に上程されると「反対」するだけの受身の運動ではなく、独立委員会の制度要求をかかげて積極的に運動を強化することが緊急の課題となっている。 このページのあたまにもどる