河野慎二/テレビウオッチ11/NNNドキュメント「ネットカフェ難民」 /07/02/15


NNNドキュメント「ネットカフェ難民」

「あるある大事典」が消える中、格差告発で存在感示す

 2007年、放送界はスキャンダラスな事件で幕を開けた。関西テレビの「発掘!あるある大事典U」で、捏造事件が発覚したのである。「あるある」は1月7日、納豆のダイエット効果を特集したが、そのベースとしたデータが捏造だったことが判明した。納豆を食べた人の中性脂肪値を実際には測定していないのに、正常値になったと架空の数字をもとに放送した。ウソの放送は、各方面に衝撃を与えた。
 「あるある」は「納豆」だけにとどまらない。98年の「レタスで快眠」、06年の「みそ汁で減量」でも、実験結果改ざんや研究者の発言の捏造の疑いが浮上した。

 問題の根は深い。「あるある」の問題には2つの背景がある。ひとつは、番組制作費の問題である。「あるある」は関西テレビが制作会社の「日本テレワーク」を通じてを通じて、9つのプロダクションに孫請け外注していた。プロダクションは限られた制作費の中で、納期までに番組を仕上げなければならず、十分なデータの検証を行わないままテレビ局に納入する。テレビ局もチェックせず放送する。バレなければ、さらにウソを重ねる。消費期限を過ぎた原料を使用して業務停止に追いこまれた「不二家」以上に悪質だ。制作費削減で利益至上主義を追い求める民放経営者の経営姿勢が、データ捏造という放送人としてはあってはならない事態を引き起こしたのである、

 もうひとつは、視聴率競争だ。捏造放送の「あるある」の視聴率は14・5%だった。「あるある」は、日曜日の午後9時台で平均15%台を確保している。関西テレビとしてもドル箱だ。関テレはこの数字は失いたくない。視聴率が下がれば、間テレのスポット収入にも影響するし、キー局のフジテレビからもプレッシャーがかかる。多少、検証が十分でなくても、番組は面白おかしくやった方がいいし、やっても構わないという判断になる。「ちょっと待て。データはホンモノか」と検証すべきなのに、ブレーキが利かなくなる。

 テレビ局の人間に聞くと「ウソは論外だが、スレスレの演出はどこでもやっている」という返事が返ってくる。「あるある」は「氷山の一角」という声もある。
 捏造疑惑はTBSに飛び火した。TBSの情報バラエティー番組「人間!これでいいのだ」は2月3日、高周波のハイパーソニック音を「頭の良くなる音」と断定的に放送し、高周波の出る風鈴をスタッフが学習塾に持ち込んで撮影していた。TBSは「頭が良くなる音」の根拠とした研究については、研究者から協力を断られたのに放送した。TBSは10日の番組で研究者に謝罪したが、「捏造」については否定した。
 この「あるある」の大失態に、総務省は放送番組への介入のチャンスと動き出した。菅総務相は9日の衆議院予算委員会で、関西テレビについて「事実でないことをあたかも事実のように放送した。放送法違反は間違いない。厳正な処分をする」と答弁。捏造の「再発防止」について同相は電波法の改正などを検討する考えを示した。電波法には「電波停止」や「無線局免許の取り消し」などの罰則がある。菅総務相は放送局への介入にはことのほか熱心である。総務相の方針は、一歩間違えば言論・表現の自由の問題に直接影響するだけに、重大な関心を持って見守らなければならない。

■格差社会のアリ地獄でもがく「ネットカフェ難民」

 テレビのゴールデンタイムから「あるある大事典U」は、あっけなく消えた。後に残ったのは、視聴率第一主義と番組制作費削減原理主義の虚しい残骸である。
 その一方で、テレビもまだ捨てたものじゃないと実感させる意欲的なドキュメンタリー番組を見る機会があった。1月28日深夜、日本テレビで放送された「NNNドキュメント07・ネットカフェ難民〜漂流する貧困者たち」である。カメラは、定職に就きたくても就けず、日雇い労働で食いつなぐ若いフリーターが、夜はネットカフェを転々とする姿を淡々とフォローする。そこで描かれる衝撃的な状況は、「美しい国・日本」というまやかしのキャッチコピーのもとで、安倍政権が進める格差拡大政策の残酷な実態を厳しく告発している。

 番組では、3人のフリーターをカメラが追う。シュウジ(仮名)、28歳。現住所・ネットカフェ。シュウジはアパートに住んでいたが、風邪で仕事を休んだため家賃の支払いが遅れたら、部屋を追い出された。わずかに残っていたシュウジの持ち物は、滞納分を取り立てると称して、不動産屋が売り飛ばしてしまった。極貧困層をも食い物にする「貧困ビジネス」が横行しているのだ。シュウジはその餌食とされた。

 シュウジも、正社員への登用を強く望んでいる。正社員になるためには、現住所が必要だ。ネットカフェ住まいになると、現住所がなくなる。そうなると、正社員への道は閉ざされる。否応なく格差社会のアリ地獄に突き落とされる。
帰る家もないシュウジが、一夜のねぐらとするのがネットカフェだ。毎晩、重い荷物を抱えてネットカフェに入る。コンビニ弁当も半分は朝食用に残しておく。ふだんは、一晩千円程度のカフェに入るが、シャワーを使う時は少し高めのカフェを利用する。

着替えなどを入れた荷物はコインロッカーに預けるが、「日雇い派遣バッグ」は手放せない。軍手やカッターナイフ、マジックインキ、セロテープなど、日雇い労働用の7つ道具が入っている。いつ、日雇いの声がかかっても対応できるようにしている。

早朝5時。ネットカフェから一人、また一人と出てくる。仕事に向かうためだ。日雇いの日当は6000円くらいだ。携帯のメールで派遣会社に連絡する。日雇いにメールは欠かせない。待ち合わせの場所で待機する。互いに名前は名乗らないし、口を聞くこともない。マイクロバスで仕事場に向かう。

 18歳のヒトミ(仮名)。親にいじめられて家を飛び出した。ネットカフェを転々として1年になる。運送会社などで日雇いの仕事をしている。今夜はどこに泊まろう。帰るところはネットカフェ。椅子のひじ掛けに頭を乗せ、丸まって寝る。熟睡したことは一度もない。「誰も話をする人がいない。うなされて、いきなり飛び起きることもある」。シャワーつきのカフェには毎日入れないから、安物の香水でごまかしている。「明日の仕事を聞きたい。何かありますか」と電話を入れる。深夜の仕事があった。しかし、交通費は出ない。それでも仕事に行くことにする。「安心できることはひとつもない」。

駅前で、男性にマイクを向けるシーンが、格差社会の本質をさらに浮き彫りにする。重そうなバッグを肩に担ぎ、一見それと分かる「カフェ難民」である。3〜4年カフェ暮らしをしている36歳の男性は、水島ディレクターの問いかけに重い口を開く。「先の見通しですか?ないですね」「安部さんの再チャレンジ政策?知りません」「正社員への道は難しいでしょう」。最後の一言がグサッと来る。「今、死んでも構わない」。

  視聴者はこの番組に大きな衝撃を受けた。日本テレビには放送終了後、多くの視聴者から電話が寄せられた。「死んでも構わない」という男性の一言に反響が集中した。「ショックを受けた。こういう現実があるとは知らなかった」。ある女性は「大学に通う息子がいるが、同じ年頃の若い女性がネットカフェ難民とは…」と絶句したという。
視聴率も5・0%と、直近の4週平均を0・4?上回った。若い世代が多数チャンネルを合わせたという。日曜の深夜としては上々と言ってよい。

■格差拡大を加速する安倍政権 
  
テレビの続篇・告発取材に期待

 水島ディレクターによると、番組の主人公であるシュウジもヒトミも、親から虐待を受けた犠牲者だという。シュウジは子供のころ、親から爪を剥がされるという虐待を受けている。殴られた鼻は今でも曲がっている。ヒトミも両親のいじめに耐えてきた。パチンコにのめりこんだ両親は、負けて帰るとヒトミに暴行を加えた。
2人とも、この暴力から身を守るために家を出た。そのまま家に残っていたら、生命に危険が及んだかもしれない。暴力から脱出するために家を出て、カフェ「難民」となり、「漂流」する。難民は戦乱のもとで大量に発生する。アフガンでも、ボスニアでも、女性や子供など、特に弱者が大量に殺戮され、難民となって漂流した。
現代日本では、家庭での虐待がひとつの要因となってシュウジやヒトミたち「難民」を生んだ。そして、行政はこの「難民」救済に手を差し伸べようとしない。安倍政権は「再チャレンジ」政策を打ち出しているが、かけ声倒れで少しも具体化されていない。逆に「経済成長戦略なき結果平等を目指す格差是正策は経済の活力を損なう」(塩崎官房長官)として、格差拡大政策を事実上加速しようとしている。

 安倍首相は2月13日の衆院予算委員会で「格差を感じる人がいるのであれば、そこに光をあてていく」と述べた。この答弁は、基本的には「格差はない」という前提に立っている。野党からは「格差が『あれば』ではなく、格差があるんですよ」とかみつかれたが、「政策は間違っていない!」と感情をむき出しにして絶叫していた
この番組が取り上げた「ネットカフェ難民」の月収は15万円以下だろう。年収では150万円に達しない。政府の発表によれば、年収300万円以下の人は、2000年の1507万人から2005年の1692万人と、185万人も急増している。このうち、8割が150万円以下という試算もある。
 また、総務省がまとめた労働力集計によると、パートやアルバイトなど期間1年以内の臨時雇用者が、2000年の前回調査に比べ14・8%(100万人)増の772万人に急増した。逆に正規雇用者は3・4%(143万人)減の4062万人だった。

NNNドキュメント07の「ネットカフェ難民」は、こうした雇用構造の激変を象徴的に告発するものだ。ワーキングプアは増える一方だ。格差は急拡大している。「カフェ難民」はまさに「氷山の一角」である。
番組の主人公3人は、文字通りネットカフェを住居としている。つめに火をともしながら、ネットカフェで夜露をしのいでいる。日雇いの仕事に就けなくなれば、たちまち路上生活者になってしまう。「ネットカフェ難民」とホームレスはほんの紙一重の差だ。

 ヒトミは自分の手帳に「強くなる」「責任感を持つ」と書きつけている。ともすれば挫折しそうになるが、そのつど手帳を見て自分を奮い立たせている。「もっとゆったりとしたところに泊まりたいが、お金がない。もっと節約する。ガマンする。これを手帳に書いてガマンすると言い聞かせている」。18歳の少女には想像を絶する過酷な現実が、見る者の胸を打つ。続編が期待される。このページのあたまにもどる