岩崎貞明/放送レポート編集長/ 2006年8月15日放送 NHK『日本の、これから もう一度話そう アジアの中の日本』/06/09/01   


NHK『日本の、これから 

もう一度話そう アジアの中の日本』2006年8月15日放送

小泉首相がかつての「公約」どおりに8月15日に靖国神社に参拝し、中国・韓国から
の反発をはじめさまざまな反応を引き起こした。自民党総裁選を約一ヶ月後に控えた
この時期、いやでも次期自民党総裁=内閣総理大臣の政治姿勢として、靖国の問題を
どうするかということは問われてくる。そういう意味で、NHKが『日本の、これか
ら』で首相靖国参拝問題などを取り上げて三時間近くに及ぶ討論番組を編成・放送し
たのは時宜にかなった企画だったと言える。しかし、その内容には少し首を傾げたく
なる箇所が散見された。
番組はニュースをはさんで第一部、第二部に分けられた。これまでの『日本の、これ
から』のように、スタジオに視聴者から選ばれた40人ほどがひな壇に並び、手前に
識者・論客が半円状に座る構成だ。スタジオの視聴者代表には、中国・韓国など海外
からの留学生も参加して、NHKらしいバランス感覚を見せていたが、問題は「識
者」の人選だ。
現職の外務大臣、麻生太郎氏が中央に構え、岡崎久彦(外交評論家)、所功(京都産
業大教授)、田中均(元外務審議官)、保阪正康(ノンフィクション作家)、内橋克
人(経済評論家)、朱建栄(東洋学園大教授)の各氏が並ぶ。現職の政府高官と最近
まで政府部内にいた人(田中氏は首相の靖国参拝に反対の意見を表明していたが)に
加え、あの「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書の監修者(岡崎氏)と靖国
神社崇敬者総代の一人(所氏)という、明確に一方の政治的意見を代表するか、もし
くは問題の当事者に相当する人物を一方で並べながら、反対する意見としては作家・
評論家などを対峙させるというのでは、ちょっとバランスを欠いているのではないだ
ろうか。
靖国の問題については、日本国内でももっといろいろな立場から賛成・反対の意見を
述べている有識者が他にもたくさんいるはずなのに、あえてこのような人選にしたの
はどういう事情によるものだったのか。靖国参拝賛成派の論客は「A級戦犯は国内で
は犯罪者ではない」などと、それだけで外交問題を巻き起こしかねないような発言を
していたが、案の定、スタジオでの討論は歴史的事実をめぐる見解の相違がそのまま
表出されるばかりの展開となっていた印象を受けた。
また、番組内で「生アンケート」として、携帯電話から投票できるインターネットの
サイトを利用して「首相の靖国参拝に賛成か反対か」などのアンケートを行ったが、
「賛成」が「反対」を圧倒的に上回っていた(63%対37%)。新聞の世論調査で
も確かに「賛成」が比較多数になる傾向が見受けられるが、このNHKのアンケート
結果はその差が大きすぎると思った。
後半の第二部は、識者に姜尚中氏(東京大教授)などが代わって加わり、北朝鮮のミ
サイル問題を中心に、アメリカのアジア戦略も含めた議論となった。しかし、「中国
は日本のライバルか、パートナーか」「日本は中国を取るべきか、アメリカを取るべ
きか」など、議題の設定に少し乱暴なところもあって(スタジオの視聴者からも批判
されていた)、やはり建設的な議論にならなかった。
こうした討論番組では、放送局側が設定する議論の枠組みが、結局その番組の傾向を
決定してしまう。北朝鮮の問題をめぐる議論や「中国脅威論」では、日本国内の感情
的な論調がスタジオの議論にもそのまま反映する形になった。NHK側が用意したV
TRも、中国がアジア各国に経済援助を行って存在感を増している、という面を強調
した作りで、そうした論調を助長する傾向が感じられた。その反面、アジアからの留
学生たちの冷静な意見が埋もれてしまったような印象になったのは残念だった。