岩崎貞明/放送レポート編集長/「地デジ」計画は破綻しているのではないか09/01/19


「地デジ」計画は破綻しているのではないか

 

 

放送レポート編集長 岩崎 貞明

 

 

 この1月12日から全国のNHK・民放で、テレビのアナログ放送については画面の右上に小さく「アナログ」と表示する字幕スーパーが、CMなどを除いて常時表示されるようになった。もっとも、この字幕は遠慮がちに半透明の文字で表示され、番組のスーパーが上にかぶさって出されたりするので見にくいことこの上ないのだが、今後各テレビ局では、アナログ放送の終了予定を知らせる「お知らせ画面」やデジタル放送のPR番組など、「地デジ」推進に血道をあげることになっている。総務省が昨年10月、全国11ヵ所に設置した「テレビ受信者支援センター」は、来月には各都道府県に拡大され、視聴者からの電話による問い合わせなどに対応することになっている。

 

 しかし、このような準備で、あと2年あまり後の2011年7月24日にアナログ放送を打ち切ることができるのか、疑問なのが実情だ。結論を先取りすれば、筆者はアナログ放送終了計画は何らかの見直しが必要だと考えている。以下にその根拠をご紹介しよう。

 

 テレビの電波を各家庭に送り届けるアンテナ・中継局のデジタル整備については、昨年末の段階でカバー率は96%に達し、2010年には98%のカバー率となる予定だという。放送を送り出す側については計画通りほぼ順調にデジタル化が進行している。

 

 問題の第一は、電波が十分届かないために山間地などにつくられた難視聴対策のための共聴施設のデジタル化だ。住民らが組合を作るなどして設置している共聴施設は全国に約11,800施設あるが、昨年秋の段階でデジタル化に対応できたのは約1,500施設、率にして12.9%にとどまっているという。まだデジタル化ができていない施設のうち、デジタル化の予定がたっていない施設はまだ2,200以上あるということで、このままでは20%近くの世帯が「地デジ難民」化するおそれがある。

 

 第二は、アパートやマンションなど集合住宅の共聴施設のデジタル化だ。全国で約200施設、そのうち4階建て以上の集合住宅の共聴施設は約52万施設。(社)日本CATV技術協会が昨年3月に行ったサンプル調査では、このうち約6割の施設がデジタル化対応済みとなっているというが、3階建てまでの約150万施設については実態調査も行われていない。こうした集合住宅には年数を経た木造アパートなど、対策工事に多額の費用がかかることが予想される施設が多く含まれていると思われる。

 

 難視聴地域への対策として、政府は「衛星によるセーフティネット」を打ち出している。現在アナログ放送が受信できているのに、2011年までに地上デジタル放送が受信できない地域の世帯に対して、放送衛星(BS)による同時再送信でカバーしようというものだ。NHK(総合・教育)と在京民放キー局(5局)の放送を、BSの17チャンネルを使って、標準画質(ハイビジョンではない画質)で、09年度から5年間の期限付きで送信する。手続きは少しややこしいので割愛させてもらうが、BSデジタル放送の受信機がない世帯には、BS用のパラボラアンテナとチューナーが支給されるという。

 

 これだと、キー局の番組は視聴できるが、本来その地域を対象としているローカル放送局の番組はもちろん見られない。災害時などに地域情報が届かず、場合によっては避難が遅れるなどの支障も出てくる危険性がある。画質もハイビジョンではないし、データ放送も利用できないというから、対象地域の視聴者には何のためのデジタル化なのかさっぱりわからないが、アナログ終了でテレビがまったく映らなくなるよりはまし、ということなのか。それに、5年の期限が切れた2014年以降、まだ「地デジ」が普及していなかったとしても「セーフティネット」を終了してしまうのか、はっきりしていない。

 

 これがぷっつり打ち切られて視聴者を放り出すような対応になるのなら、「セーフティネット」を名乗るのはやめたほうがいい。筆者の私見では、もっとも有力で効率的なセーフティネットは「アナログ放送の延長」だと考える。放送局にはアナログ放送のランニングコストが負担となるが、本当に放送局が経営危機に陥るのなら、政府が支援してやってもいいのではないか。鳩山総務大臣も国会答弁で「国が責任をもつ」と発言していることだし。

 

 最大の問題は受信機の普及だ。政府は、生活保護受給世帯(約120万世帯)に対してデジタルチューナーの配布やアンテナ工事の実施を救済策として打ち出しているが、先だっての「年越し派遣村」に集まったような、最低水準以下の生活を余儀なくされながら生活保護を受給していない「ワーキングプア」の方々はどうするのか。生活保護受給の「適正化」と称して申請者を窓口で追い返すような行政の対応も報じられているわけで、潜在的な「要支援者」層は底知れない広がりを胚胎していることが容易に想像できるだろう。救済策をとるというのなら、その対象範囲の見直しは必至だ。

 

 昨年、主婦連が実施した「地上デジタル放送に関するアンケート調査」では、「機能はアナログ放送のままで構わないので、使いやすいほうがいい」と70%が回答、「普及次第ではアナログ放送の停止を延期すべき」が73.5%で、「期日どおり停止すべき」の20.1%を大きく上回っている。視聴者がデジタル放送に明るい未来を見出していないことは明らかだ。デジタル化だけが理由ではないが、放送局の経営が苦しくなって番組制作費がカットされ、つまらない番組ばかり見せられるのでは、視聴者にしてみれば何のためのデジタル化なのか、さっぱり理解できないことになる。

 

 来月17日にアナログ放送打ち切り予定のアメリカでは、オバマ新大統領の政策チームがアナログ延長を提案したと報じられている。アメリカではクーポンを配布してデジタル放送用のチューナー購入を促進しているが、その配布が間に合わないことが明白だという。米議会には4ヵ月間アナログ打ち切りを延期する法案も提出されているそうだ。

 

 日本も経済危機で庶民の購買力が落ち、テレビの販売台数は伸びが鈍化している。家電メーカーは相次いでテレビの生産ラインを縮小し、出荷台数

は当初の見込みを下回っている。もはや2011年7月アナログ終了計画の破綻を認めるべき時期ではないか。(了)

 

 

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(放送レポート編集長 岩崎 貞明