岩崎貞明/放送レポート編集長/「あるある」問題その後〜番組制作のあり方を考える08/04/10

 

「あるある」問題その後〜番組制作のあり方を考える

           

 『放送レポー ト』編集長 岩崎 貞明

 

『発掘!あるある大事典U』捏造問題により、関西テレビが民放連除名処分となって 一年が経過した。しかし、関西テレビはいまだに民放連復帰を果たせず、北京オリン ピックの中継放送が危ぶまれている。

 

 オリンピックの放送権はNHKと民放連が構成 する「ジャパン・コンソーシアム(JC)」が契約しているため、民放連加盟社でな ければ地上波テレビ放送でオリンピックの放送ができないからだ。

 

 そして、関西テレ ビが民放連に復帰できていない直接の理由は、復帰を前提にしてオリンピック放送を 事前告知するプレスリリースを送信してしまったことにある。担当者のケアレスミス によるものだったようだが、外部から指摘されるまで社内で誰もその誤りに気がつか なかったという二重、三重のミスが重なっていた。

 

 これが原因で近畿地区の各民放局 (テレビ・ラジオ)が関西テレビの民放連復帰の推薦を見送ったことから、復帰問題 は先行き不透明な状況となってしまった。

 

 こうした、言ってみればあまり本質的でない問題により、いま関西テレビの社内は 沈鬱な空気に包まれているという。そんな中で、関西テレビ労働組合がこれまでの一 年間の取り組みを振り返り、『あるある』問題が残したものを考えようという「放送 フォーラム」を開催した。筆者はフォーラム後半のパネルディスカッションのコー ディネーターを依頼され、議論に加わる機会をいただいた。そこで、フォーラムのも ようを紹介しながら、「あるある」問題がテレビ業界に投げかけたものについて、筆 者なりに改めて考えてみたい。

 

 関西テレビ労組主催・民放労連近畿地連共催の「放送フォーラム『発掘!あるある 大事典U』ねつ造問題から一年・関西テレビは今」は三月三〇日(日)午後、大阪・ 中之島の大阪大学中之島センター一〇階「佐治敬三メモリアルホール」で開かれ、あ いにくの雨の中ながら、関西テレビや在阪各準キー局の労働組合員、関西以外の民放 労連の組合員、放送局や制作会社の関係者、それに一般の市民など約一〇〇人が参加 した。  

 

 フォーラムの第一部では、関西テレビ労組のこの一年の取り組みを振り返り、また 労組が行ったアンケートの結果が紹介された。関西テレビ労組の田中淳委員長は「一 年前は、労使の別なく全社一丸となって関西テレビの再生に取り組むべきだと考えて いたが、経営と向き合って監視・直言し、責任を追及することは組合にしかできな い。

 

 そしてそれを外に向かっても発言していくことも組合の役割であると思ってい る」と話した。そして、プレスリリース問題のあと社長などに対して意見書を提出し たことや、労働組合としての検証作業として、各職場の業務の見直しや適切な人員配 置のための意見収集、構内で働く外部スタッフに対するヒアリングを行っていること などを説明した。  

 

 組合員アンケートは「今、私自身は何をするべきか」と題するもので、3月中旬ま でに一二九通が回答として寄せられ、関西テレビ労組はこのアンケートすべてを片岡 正志・関西テレビ社長と淺田敏一・関西テレビ活性化委員会(後述)委員長に手渡し ている。

 

 フォーラムでは、このなかからのいくつかを取り上げてアンケートの文面の 接写とナレーションでVTRにまとめ、会場で上映した。そこでは「今まで人任せに していたことが過ちを犯した」「番組の失敗を番組で取り返したい」「すべては視聴 者の利益のために、と考えるべき」など、組合員の真摯な思いが伝わってくるような 言葉が次々と聞かれた。

 

 フォーラムの第二部は、関西テレビが設置した第三者機関「関西テレビ再生委員 会」委員をつとめた音好宏・上智大学教授が登壇した。再生委員会は昨年5月、経営 機構の改革やコンプライアンス担当部門の設置、番組制作体制の見直しや恒常的な第 三者機関「活性化委員会」の設置などの提言を出している。

 

 音教授はまず『あるあ る』事件を振り返って、「新聞報道も含めて『捏造がどれだけあったか』ということ ばかりが注目されて、日本の放送の構造的問題と捉える見方が足りなかった」と指 摘。そして再生委員会の提言内容については、放送内容ばかりでなく放送局のあり方 を第三者的に監視・提言する「活性化委員会」の意義を強調した。

 

 その一方で「制度 は作ったが魂は入っているのか。プレスリリースの件は、何が変われたのか一人ひと りが考える機会を天が与えたのではないか」と、関西テレビに働く人へメッセージを 投げかけた。また、「ともに議論し、考えるのは大阪の放送局やメディアであるべ き。なのに関西テレビの未来が東京のキー局によって決められてしまうのでは不幸な ことだ」と、放送界のあり方についても問題提起した

 

 第三部のパネルディスカッションには、パネリストに関西テレビをはじめとする在 阪各局の番組制作者(プロデューサー・ディレクター)たち(計五名)と、元吉本興 業常務取締役で現在フリープロデューサーの木村政雄さん、番組制作会社の団体であ る全日本テレビ製作者連盟(ATP)常務理事で、制作会社「クリエイターズ」代表 取締役の高村裕さん、それに上記の音教授も加わった。

 

 まず関西テレビのパネリストから、『あるある』の反省を踏まえて企画された科学 情報番組『S−コンセプト』をほぼ月一回のペースで放送していること、この番組は 科学的根拠のもときっちりとした番組を作ろうという趣旨で、専門家を監修者として 置いていることや、会社の所属にかかわらず番組に関わっている人の氏名をすべて記 載した制作責任担当表の作成、制作会社に対する制作費の一部前払いなど、関西テレ ビのその後の取り組みが紹介された。

 

 続いて在阪の他局の制作者からは、「ディレク ターの興味の幅が狭くなっているのではないか」「海外ロケではトラブルが起きると まずいのでなるべく同行したいが、人も金も足りない」「視聴率が下がるとすぐに キー局から言ってくる」「コンプライアンスという言葉はたしかに末端のADまで浸 透した」など、現場の状況の一端が吐露された。

 

  ATPの高村さんは、最近ATPで行ったアンケート結果を見ると制作費の削減が進 んでいること、その一方で現場の作業量は増えていることなどが紹介され、「ADを 募集しても、仕事がきついわりに給料が低いことが知れ渡ってるせいか応募が来な い」と現場の悩みを語り、局の制作者に対して「制作費を上げても評価されないか ら、上げようというプロデューサーはいないだろう。

 

 それはまた恐ろしいことが起き るかもしれないということだ」と、現場の疲弊がまた捏造などの問題を引き起こしか ねないことに警鐘を鳴らした。 木村さんはかつての吉本興業時代に、同じく関西テレビ枠の『花王名人劇場』を担当 した経験から「当時も制作の東阪企画と電通が仕切っていて、関西テレビは収録に立 ち会っているだけだった」として、『あるある』も同様だったのでは、と問いかけ た。そして「いまの番組制作システムはまるでゼネコンと同じ。

 

 でも放送局は電波と いう公共財を使っているのだから同じような利益の上げ方には納得できない」と、放 送局と制作会社の関係の改善を求めた。また、「在阪局は全国放送を目指さず、関西 ローカルでいいのでは」とあえて問題提起した。これには局の制作者側からは「準 キー局でなくなるとアイデンティティがなくなる」などと反論が出たが、高村さんは 「みんな東京制作で似たような番組ばかり。

 

 競争するというより、なれ合っているの では」と厳しい見方だった。一方、音教授は「ガイドラインを現場でもっと読んでも らうなど、労働組合ができることはまだたくさんある」と、フォーラムを主催した労 組のさらなる努力を促した。

 

 このフォーラムを通じて印象に残ったことを挙げてみよう。まず、労組のアンケート 結果に見られるように、関西テレビの組合員は概してまじめで、昨年の捏造事件や今 回のプレスリリースの問題を非常に深刻に受け止めている、と感じられた点だ。

 

 逆に 言えば、あまりに真摯に受け止めてしまって自分を客観的に見つめる余裕がない、と いう感じもする。 関西テレビ労組は『あるある』の問題が発覚した当初から、「信頼回復のために労使 の別なく全社一丸となる」方針をとった。

 

 これは、企業内組合としてはある程度組合 員の結集力を高めることができるかもしれないが、会社の方針との一体化によって、 労働組合が本来果たすべき経営に対する監視・批判の機能を弱めることになる。

 

 そし て、一歩間違えば経営ともども労働組合も社会的信用を失うような場面に陥りかねな い。やはり労組はどのような場合でも、経営とは一定の距離をとって緊張感を失わな いように対峙していく必要があることを、改めて痛感した。会社と組合が共倒れに なっては、元も子もない。

 

  もう一つは言うまでもないことかもしれないが、大阪の準キー局を含むローカル局 が、圧倒的なキー局支配のもとに置かれているという実態に触れたことだ。業界では 改めて言うまでもないことだろうが、いまやフジテレビが「放送持株会社」への移行 を表明し、TBSもその準備を進めているとみられる今、ローカル支配の強化、東京 一極集中の加速化が進行していることを目の当たりにした印象だ。

 

 ローカル局の中で はダントツに恵まれた経営条件を持つ在阪局の制作者にしても、キー局からの圧力、 とくに視聴率を稼ぐということに対するプレッシャーにあえいでいる。

 

 やはり、関西 の放送文化を守り育てるという観点からすると、歯を食いしばってでもキー局に抵抗 してほしいという情も湧いてくるし、一方で東京のキー局社員や番組で働くスタッフ たちも、同じようなプレッシャーのもとで仕事をさせられているのか、と改めて思い を馳せた。 シンポジウムの中で木村政雄さんが語っていたことで個人的に印象に残ったことがあ る。

 

 それは「テレビはシニシズム、“おちょくり”の精神のようなものがある」とい う内容の発言だった。限られた時間の中での発言だったからその真意まで確かめたわ けではないが、木村さんは、『あるある』の問題はそんなにたいへんなことなのか、 とあえて問題提起して、「視聴者までまきこんでお詫びすることなのか。テレビを信 じて納豆を買いに走った視聴者に問題はなかったのか」と、視聴者側のメディアリテ ラシーにも注意喚起していた。

 

 筆者なりにその「おちょくりの精神」を解読してみる と、あまりに関西テレビが“労使まるごとお詫び状態”にあることへの疑問=「そん なに思いつめなさんな」という慰めと、現場に対する「コンプライアンスの強化」で 番組制作がさらに窮屈にならないかという懸念、さらに敷衍すれば「中央の権力に対 する武器としての“笑い”」という上方文化の一側面を忘れるなという警告…などが 含まれていたように思う。

 

 もちろん、シンポジウムの中では議論しきれなかったことも数多く残された。とく に、番組制作における放送局と制作会社の関係については、壇上の論者が放送局側に 偏していたためか、議論を十分深めることができなかった。

 

 局側は「制作会社に任せ ておくとトラブルを起こした時に対処が難しい」という観点で制作会社を見ている し、制作会社側の高村さんは「安いから外に頼む、という構造がおかしい」という観 点で放送局を見ていて、そのギャップは容易に埋まりそうになかった。

 

 しかし、そこ には同じ番組を作っているスタッフの間で、放送局の正社員か制作会社のスタッフか という雇用契約の違いによって収入が五倍も六倍も違う、という現実があることは間 違いない。念のために付しておくが、これは放送局の社員の給料が高すぎるからもっ と下げろ、という情緒的な批判ではない。

 

 番組制作における流通構造に抜本的な改善 を施して、知恵や労力を極限まで使いながら番組制作に直接携わった人々に対して、 番組が産み出した利益が正当に還元される仕組みに、一日も早く切り替える必要があ るということだ。この問題は一筋縄では解決しない。 例えば、『あるある』問題について関西テレビの外部調査委員会がまとめた報告書で は、『あるある』に関する収入と支出の差である粗利益率は、関西テレビが約3. 7%だったのに対して番組を請け負っていた日本テレワークは18.62%だったこ となど、放送局の「ピンはね」批判では済まない要素があると思われるからだ。

 

 二 重、三重の「下請け」構造の問題に切り込む必要があるわけだが、この実態を捉える のは容易ではない。マクロ的な構造に着目する部分とミクロ的な実態に即して考えな ければならない部分がある。

 

 このほか、ディレクターたちに対する職能的な教育システムをどう構築するかといっ た制作者育成の問題、番組の演出はどこまで許されるのかという制作手法の問題な ど、『あるある』が提起した問題でありながらこのフォーラムではほとんど議論でき なかったテーマも存在する。これらの問題については、また機会を改めて論じること にしたい。

 

 最後に、忙しいなかフォーラムに参加していただいた皆さん、とくにパネリストとし てユーモアを交えながら現場の実態を語ってくれた在阪各局の制作者の方々に感謝し たい。「おもろい」制作者がいる限り関西のテレビは滅びることはない、と敬意を表 したい。(了)

 

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