岩崎貞明/放送レポート編集長/放送倫理検証委員会2つの決定を読む/08/02/11

放送倫理検証委員会2つの決定を読む

『放送レポート』編集長 岩崎 貞明

 昨年、関西テレビの『発掘!あるある大事典』の捏造放送問題を受けて、NHKと 民放が作った第三者的機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」が新たに発足させ た「放送倫理検証委員会(倫理検証委)」が、今年に入って立て続けに2件の「決 定」を発表した。倫理検証委は、同じBPOの「放送と人権等権利に関する委員会 (BRC)」とは異なって、放送によって権利侵害などの被害を受けた、などの申し 立てによって動くのではなく、独自に放送倫理上の問題を議論して、放送局に番組の 録画を提出させるなど一定の権限を行使して、委員会としての見解を打ち出し、放送 局に改善を迫る、というものである。  

  今回、倫理検証委が取り上げたのは、昨年(2007年)7月28日に放送された フジテレビ系『FNS27時間テレビ』の一コーナー「ハッピー筋斗雲」(08年1 月21日委員会決定第2号)と、昨年11月27日放送のテレビ朝日系『報道ステー ション』の「マクドナルド元従業員制服証言報道」(同年2月4日委員会決定第3 号)の2つであった。以下、これらの番組内容や倫理検証委の指摘について紹介しな がら、いまの放送番組が抱えている問題点について考えてみたい

。@「ハッピー筋斗雲」  『27時間テレビ』の「ハッピー筋斗雲」は、SMAPの香取慎吾が扮する孫悟空 をメインキャラクターとして、“今日本の中で悩んでいる人や困っている人、また、 人知れず素晴らしい活動を行っている人などを紹介、香取慎吾と、趣旨に賛同した有 名人たちが、その人たちに内緒で行動して、その人たちを元気づけ、喜ばせる”こと を目的とした企画(フジテレビが倫理検証委に行った説明より)。このなかの一人と して選ばれたのが、東北地方で美容院を経営するAさん(女性)。Aさんは、中越地 震被災者やいじめ問題などで苦しんでいる学校関係者に、亡き父から受け継いだりん ご園でつくった“十郎りんご”(亡父の名を冠している)を送って励ましている。 番組では、Aさんの美容院の従業員に依頼して「Aさんがりんごを無償で送るので、美 容院経営が困難になっている。亡き父がいれば何と言ってくれるのかと悩んでいる」 といった内容の手紙を出してもらう。

 その手紙を受けた形で、Aさんに東京での架空 の講演会を依頼するとともに、Aさんを元気づける有名人として「スピリチュアルカ ウンセラー」の江原啓之氏に登場してもらい、Aさんの亡父の言葉を聞かせようとす るという構成になっていた。 番組の中では、香取慎吾がAさんに講演会が架空のものであったことをばらしたうえ で、Aさんに美容院が経営難になっていることなどをインタビューし、そして江原氏 が登場。「お父さん、いらっしゃってるの。後ろにいるのね」と切り出した江原氏 は、Aさんに「自分自身の生活を度外視してはダメ」などとアドバイスした。

 倫理検証委は「1.スピリチュアルカウンセラー(霊能師タレント)ありきの企画・ 構成」(番組演出上、Aさんの美容院が経営難であると決めつけたことなど)と 「2.放送の公共性とスピリチュアルカウンセラーのショーアップ」(Aさんの同意 を得ないままスピリチュアルカウンセリングを行い、その悩みの誇張までしているこ と)を問題点として指摘し、フジ側に回答を求めた。
  これに対してフジテレビは「本 人が不快に思ったのは本意ではなく、お詫びしたい」「いわゆる霊視をもとにしたコ メントについては断定調を避けるなど配慮した」などとする回答を倫理検証委に寄せ た。 これを受けて倫理検証委は(1)スピリチュアルカウンセラー(霊能師)ありきの企 画・構成並びにショーアップ、(2)客観的な裏づけに欠ける出演者の「経営難」の 断定と強調、の2点を挙げ、「ハッピー筋斗雲」は〈「おもしろさ」を第一とする取 材・構成・演出を繰り返し、その結果、人間の尊厳を傷つけかねない番組を放送して いる。具体的に指摘すれば、放送基準が慎重な扱いを求める「スピリチュアルカウン セリング」なるものを、「おもしろく」見せるために、一方的に出演させた人の生活 状況を十分な裏づけも取らずに貶めている〉として、「制作上の倫理に反する」と判 断した。 

  この番組の問題点は、以上のように倫理検証委が指摘した、〈「おもしろさ」を第 一とする〉番組制作手法もさることながら、「スピリチュアル〜」というような超自 然的な能力・行為を肯定的にとらえて放送している点にもある。昨今、占い師や霊能 者といった人々が画面にしばしば登場し、そうした番組が軒並み高視聴率を稼いでい る。雑誌やインターネットのサイトでも占い関連は人気が高く、女性を中心に好意的 に利用され、また実際に「癒し」や「救い」の効果をもたらしているという側面は否 定できない。  しかし、放送局は、民放連の番組基準に準じて各局が自ら定めている基準のなかで 「迷信は肯定的に扱わない」「占い、運勢判断およびこれに類するものは、断定した り、無理に信じさせるような取り扱いはしない」という項目を掲げている。素直に読 めば、今回の番組はこうした基準に抵触していると言わざるを得ないのではないか。
  霊能者らによって癒され励まされている人々が現にいるのみ事実だが、それをメディ アがことさらに取り上げ、番組基準との間で疑義が生じるほどに肯定的に表現するこ とは別問題だと思う。  いわゆる「霊感商法」による被害は、ここ数年で急増している。全国霊感商法対策 弁護士連絡会は、昨年2月に民放キー局などに対して、占い師や霊媒師が断定的に述 べたことを出演者が信じて疑わないような番組を是正するよう、要望書を提出してい る。この要望書のことは大きく取り上げないのに、「スピリチュアル〜」はゴールデ ンタイムで華々しく展開するのでは、あまりにもバランスを欠いた番組編成ではない だろうか。

A『報道ステーション』  『報道ステーション』の「マクドナルド元従業員制服証言報道」とは、昨年11 月、日本マクドナルドが製造日を改ざんしていた問題を報道するなかで、マクドナル ドの制服を着て店長代理のバッジをつけた人物の証言を、顔を映さないで放送した。 しかし、この人物はすでにマクドナルドを辞めていて、制服などは個人で保管してい たものだった。
  テレビ朝日は、12月7日(金)の同番組内で、制服を着て店長代理の バッジをつけた人物が内部告発の発言をするという演出をしたことについて「これは 本当に間違ったやり方です。申し訳ありませんでした」と謝罪した。またこの中で、 証言者が番組の関係者であることも明らかにした。  

 倫理検証委はテレビ朝日に対して「なぜ番組関係者であることを当初から明らかに して放送しなかったのでしょうか」など9項目の質問書を提出し、テレビ朝日は「証 言をしたことで証言者に不利益が及ぶ可能性がありました」などとする回答書を提出 した。このやりとりを踏まえて倫理検証委は、「回答は…番組制作関係者の実感や肉 声から発せられたものとは言い難い」「安易な短絡的映像至上主義による演出は、取 材報道にあたっての慎重さに欠けるものであった」などと厳しく指摘した。  この問題で重要なポイントは、「なぜ実名報道を追求しなかったのか」ということ だ。その点についてテレビ朝日の回答は「証言者に不利益が及ぶ可能性」と通り一遍 の回答しかしていない(この態度が倫理検証委の逆鱗に触れた印象が強い)が、証言 者はすでにマクドナルドを辞めているし、番組関係者という近い立場であればこそ、 実名報道の必要性を強く説得して「顔出し」でインタビューさせることも可能だった のではないか。

 倫理検証委が指摘するように、顔なしインタビューは社会の「匿名」 化を助長するもので、報道の信頼性そのものを揺るがせる危険性をはらんでいること をもっと自覚すべきだ。ぎりぎりまで実名報道を追求する姿勢がなければ、警察発表 の「匿名化」などを批判する資格はテレビにはない、ということになってしまう。報 道の信憑性を高めるためには、制服を着せてそれらしく見せればいいのか、顔出し実 名で身元を明らかにして証言させればいいのか、答えはすでに明らかだろう。

 総じて倫理検証委は、放送局の安易な制作姿勢、視聴者などに対する不誠実な態度 を問題視して、厳しく指摘している。そこで重要な点は、こうした指摘を放送局側が 真摯に受け止めて、放送内容の改善に生かしていく姿勢があるのかどうかということ だ。以上のような倫理検証委の指摘は2番組に限ったことではなく、どの番組でいつ 発覚してもおかしくないほど、放送の日常に蔓延している病弊だと言うこともできよ う。ボールはすでに放送局側に投げられている。

 最後に、倫理検証委の委員長代行として活躍された元テレビマンユニオンの村木良 彦さんが、1月21日に逝去された。放送の「哲学」を語ることのできる稀有な存在 だった。この場を借りてご冥福をお祈りしたい。

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2007

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