岩崎貞明/TVウオッチ /「ニッポン貧困社会〜生活保護は助けてくれない〜」06/02/15


日本テレビ『ドキュメント06』06年1月16日未明放送

「ニッポン貧困社会〜生活保護は助けてくれない〜」  岩崎貞明(放送レポート編集長)

 憲法25条で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」を誰もが送ることができるように設けられている生活保護制度が、実際にはあまり機能していない例を取材し、告発したドキュメンタリーが、日本テレビで深夜放送された。

 役所の窓口で「子どもに世話になればいい」と言われて、生活保護の申請書すらもらえない60代の男性。この男性は胃に強い痛みを覚えているが、国民健康保険を滞納しているため保険証がなく、金もないのでまったく治療を受けられない状態が続いている。

窓口の職員から「仕事がないのは太っているせいだ。一週間ぐらい断食したらどうだ」などと罵詈雑言を投げかけられた60代の女性。この女性は取材の途中で職員の言葉を思い出し、動揺しておろおろと泣きはじめる。

 一人暮らしをしていた当時38歳のサラリーマンの男性は、仕事を転々とした結果失業し、食べるものもない自宅で衰弱して病院に搬送された。そこで生活保護を受けられるようになったものの、退院と同時に生活保護を打ち切られ、自宅で餓死した姿で発見される。発見されたときのミイラ化した遺体の写真が衝撃を与える。

 なぜ各地でこのような非人間的な事態が相次いでいるのか。番組は、1981年に社会保険庁が出した通達「生活保護の適正実施の推進について」にある、と指摘する。生活保護の不正受給事件が起きていたことを理由に、保護を求める人の資産や働く能力、肉親の経済状況を厳しく調査することを指示したもので、これが生活保護行政において、保護を求める人々を疑ってかかる警察的な側面を強化させたというのだ。

 香川県高松市では、生活保護担当に警察官・刑務官出身の職員を配置している。彼らの仕事は、生活保護を求めてくる人々を追い返すことだという。50代のホームレスの男性が窓口にやってきたとき、警察官出身の職員は「住所がないと生活保護を受けられない」と虚偽の説明をして、この男性を追い返した。また、うつ病を抱えている母子家庭の母親も、生活保護の申請をさせてもらえず、一日一食にしてしのいでいた。窮状をみかねた市議会議員の付き添いで市役所に赴いたところ、職員の態度が豹変して生活保護が受けられるようになったという。

 もちろん、責任は地方行政ばかりでなく、国にある。生活保護予算の四分の三は国の財政だが、小泉内閣の「三位一体改革」により厚生労働省は地方の負担を大幅に増やす案を提示、すべての地方自治体の強硬な反対にもかかわらず、政府は議論を一方的に打ち切った。結局、政治決着により生活保護の地方負担増は今回見送られたが、与党の合意文書では「生活保護の適正化の効果が上がらない場合、改革を早急に検討する」などと、いつでも生活保護の政府負担の削減に踏み切ることを宣言している。

 番組は厚生労働省に取材を申し込んだが、インタビューはおろか文書回答にも応じられないというにべもない返事。カメラは、厚生労働省の庁舎の正面玄関で「ここは出入り禁止だ!」と立ちふさがる衛視の姿を映す。

 この番組に対して高松市は増田昌三市長名で2月8日、「本市の生活保護行政の事実を歪曲する偏見に満ちた番組」「本市の信用・信頼を大きく失墜させた」などとする抗議文を日本テレビ報道局長あてに送った。抗議文によると、日本テレビは真の取材目的を隠して取材申し込みを行い、福祉事務所長のインタビューを取材したのに一切放送せず、約束に反して警察官出身の職員の映像を使用したほか、番組で取り上げたホームレスの男性や母子家庭の母親についての福祉事務所に対する取材を行っていなかったという。

 日本テレビ側の反論は2月15日現在明らかでないので、事実関係の詳細については論評を控えておく。そのうえで、抗議文の内容で気になった点をいくつか挙げておきたい。 

 仮に、日本テレビが「真の取材目的」を明らかにして取材申し込みを行ったら、高松市は取材を受け入れただろうか。一般社会では非常識な行動と映るかもしれないが、ジャーナリズムは、追及する対象にはあらゆる手段を講じて迫るべきではないだろうか。また、約束違反は報道倫理上問題があるかもしれないが、職員の映像を使用しないように約束させるという高松市の態度も、行政のあり方としてそもそも疑問を感じる。

 抗議文の中で高松市は「一方的に生活保護受給者のみの視点で制作されている」として日本テレビを非難しているが、「格差社会」といわれる昨今、徹底的に弱者の視線でつくられる番組こそが必要だ。日本テレビは、事実関係や取材の経緯について過誤があれば訂正・謝罪すべきだとは思うが、番組の制作意図は決して間違っていないのだから、弱者の視点を忘れずに毅然として番組作りを続け、社会に告発していってほしいと思う。