梅田正己/編集者/本質を見失った北朝鮮ミサイル報道――「米朝直接対話」への世論の喚起を 12/12/13

             在質を見失った北朝鮮ミサイル報道
             ――「米朝直接対話」への世論の喚起を

                                 梅田  正己 (書籍編集者)

 北朝鮮の長距離ミサイル発射成功が判明した途端に北朝鮮非難の大合唱が噴き出した。12月13日の全国紙の社説タイトルは次の通りだ。
  朝日「北朝鮮ミサイル 国際社会への挑戦だ」
  読売「北ミサイル発射 安保理は制裁強化を決議せよ」
  毎日「北朝鮮ミサイル 断固たる対応が必要だ」
  日経「厳しい安保理決議で北朝鮮に猛省促せ」
  産経「北ミサイル発射 暴挙に厳しい制裁を加えよ 集団的自衛権を認める時だ」

 新聞でもテレビでもさまざまの情報、意見が飛び交う。
  しかし、一番かんじんの、一番だいじな問いは、だれも、どこも発しない。
「北朝鮮は、なぜかくもミサイル開発に固執するのか?」
「世界中から非難されるのがわかっているのに、どうして発射実験を続けるのか?」
  という問いかけだ。

 日経の社説の一節にこうあった。
「北朝鮮の核兵器、ミサイル開発は北東アジアのみならず、世界全体の脅威となる。一連の発射実験で北朝鮮がめざしているのは、米国も射程に入れた核弾頭の運搬手段の確保だ」
  これから察すると、この筆者は、北朝鮮が世界中を相手に戦争をしかける準備をすすめている、と考えているらしい。
  しかし、国民は慢性飢餓状態にあり、電力がないために人工衛星からの夜間の写真では国土が真っ黒に写っている北朝鮮が、世界中を相手に戦争を仕掛けようとしているなどと考えられるだろうか。

 北朝鮮が、アメリカを相手に、百万分の一も勝てる可能性のない戦争をしかけることなど、正常な頭ではおよそ考えられない。
  北朝鮮の目的は、ただ一つである。アメリカを直接対話の席に引っ張り出すことだ。
では、なぜ北朝鮮は、アメリカとの直接対話を必要とするのか。
  理由は、アメリカと北朝鮮が、1953年7月に休戦協定は結んだものの、以後59年、依然として戦争状態にあるからだ。
  韓国に存在する米韓同盟軍が戦時に突入した際に指揮を取るのは、いまなお在韓米軍の司令官となっている。そしてその米韓同盟軍は毎年かならず大規模な合同演習を行なっている。
  である以上、北朝鮮が臨戦態勢(先軍体制)を解くことができないことは容易に理解できるのではないか。

 日本も韓国も、アメリカの同盟国である。ただし、その力関係は不均衡であり、遺憾ながら重要な政治的決定では日本も韓国もアメリカの意思・方針にそむくことはできない。
  つまり、仮に北朝鮮が日本、韓国との友好関係に合意したとしても、アメリカが同意しなければ、それは実現しない――と北朝鮮は見ている。
  したがって、アメリカとの「平和条約」締結によって戦争状態を終結させなければ、韓国も日本も、自国と真の友好関係を結ぶことはできない、と北朝鮮はリアルに見ているはずである。

 しかし、パワー信仰の国・アメリカを、たんなる交渉だけで対話のテーブルにつかせることは不可能に近い。
  アメリカにその重い腰を上げさせ、直接対話の席に引っ張り出すためには、実際に腰を浮かさざるを得ないような脅威を与えるしかない、と北朝鮮は考えてきたのである。
  そのために、この20年来、必死になってミサイルを開発してきた。
  そして今回、やっとアメリカを何とか本気にさせることのできるミサイルの実験に成功したのである。

◆米朝直接対話をうながす国際世論を

 人工衛星が、北朝鮮が発表したように軌道に乗ったのかどうか、いま(13日現在)はまだはっきりしない。
  しかし、北朝鮮の最大唯一の目的が上記のように「アメリカとの交渉力の確保」にあることを考えれば、人工衛星が成功したかどうかは本質的な問題ではない。
  また、アメリカの衛星による査察能力の問題や、日韓の警戒体制の問題、北朝鮮の発表に出し抜かれた、といった問題も、二次的、三次的な問題である。

 アメリカ本土は過去に他国から攻撃を受けたことはない。ただ一度、太平洋戦争の末期、日本軍の風船爆弾によってごくごく軽微な被害を受けただけである。
  したがって、本土が直接ねらわれるとなれば、ショックは大きいだろう。
  それだけに、今回の長距離ミサイルの成功によって、アメリカがかつてない脅威を感じたことは推察できる。

 しかし、これに対してアメリカが従来どおり「力の論理」で反発すれば、米朝関係はさらに抜 き差しならない泥沼状態に落ち込むことは目に見えている。
  今こそ、「力には力を」の論理から脱却し、米朝が直接対話に向かってほしい、という国際世論を喚起すべき時である。
  しかし、残念ながら、マスメディアには(管見の限りだが)そうした意見はほとんど見ること ができない。

 ただ一つ、朝日の箱田哲也ソウル特派員の記事が目に付いた。
  「北朝鮮はこれまで米国に対して、核保有国であることとともに、宇宙の平和利用の権利があることも認めよと迫ってきた。米国を本気で交渉の席につかせるには、米国が最も嫌がる核とミサイルの開発以外に手段はないと考えるからだ」
  「核兵器の小型化や、ミサイルを大気圏に再突入させる技術など課題は指摘されるものの、今回の発射実験で北朝鮮は、米国を引っ張り出す条件が整ったといえる」

 各社の社説のタイトルでも見たように、北朝鮮に対する非難と制裁強化ばかりが目立つ。
  しかし、それではたして事態を解決できるのか、好転させられるのかについては、何も語らない。
  6カ国協議の枠組みはいまも生きている。しかしその6カ国協議の成否を決めるのも米朝の直接対話である。それが軸にならない限り、協議は一歩も進まない。
  超大国のアメリカに率直に提言するには勇気がいる。しかし米朝直接対話以外に問題解決の道がないことはハッキリしている。

◆今回の事態を「集団的自衛権容認」に利用するな

 ところで、読売の社説にはこんな一節があった(アンダーラインは引用者)。
  「日米同盟を強化し、北朝鮮への抑止力を高めるには、ミサイル防衛などを巡り集団的自衛権の行使を可能にすることなどが求められる
  また産経社説もこう主張していた。
  「射程は1万キロともいわれ、米国西海岸に到達する恐れもある。日韓ばかりか、米国にとっても安全保障上の重大な脅威だ。同盟国として日本が集団的自衛権行使を容認する時が来た

 北朝鮮のミサイルの目標は太平洋の向こうに設定されている。したがって、アメリカには「重大な脅威」となる。
  しかし、それがどうして日韓にとって「脅威」なのか? 北朝鮮が日韓を攻撃するつもりなら、20年前のノドンで十分こと足りているはずだ。
  それなのに集団的自衛権を求めるのは、アメリカの同盟国として、アメリカのために、アメリカの「重大な脅威」と戦おうとしているからだろう。
  つまり、アメリカの戦争を戦うために集団的自衛権が必要だから、それが行使できるようにしろ、と読売と産経の社説は要求しているのである。

 「北朝鮮はなぜ長距離ミサイルに執着するのか?」
  この根本的な疑問を放置して、枝葉の情報ばかりで空騒ぎしているから、そのどさくさにまぎれて大メディアが事実誤認も論理矛盾もなんのその、宿願の政治的主張を実現しようと画策するのである。
   あと3日、総選挙では、集団的自衛権の容認を大声で説く人物を総裁とする政党の大勝が伝えられる。                                          (了)