梅田正己/編集者/政権は代わっても 「防衛力」 は着々と増強するのだ

―「専守防衛」 をますます離脱する新安保懇の報告書―10/09/01

 

 

 

 

政権は代わっても 「防衛力」 は着々と増強するのだ

 

―「専守防衛」 をますます離脱する新安保懇の報告書―

 

梅田  正己 (書籍編集者)

 

 

  8月27日、 鳩山前首相から菅首相が受け継いだ首相の私的諮問機関、 新安保懇 (新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会) が報告書をまとめ、 提出した。

 

  今年末に閣議決定する新しい 「防衛計画の大綱」 のベースとなるものだ。

 

  では、 現在の自衛隊の、 どこを、 どう変えるのか。

 

◆ 「基盤的防衛力構想」 を撤廃するという、 その真意は

 

  まず 「基盤的防衛力構想」 はすでに過去のものとなったから、 撤廃する、 と言っている。 「基盤的防衛力構想」 とはどういうものか。

 

  読売の社説 (8月28日) では 「冷戦下に定められた」 と言っているが、 正確には冷戦後の1995年の防衛大綱で明確に位置づけられた。

 

  「防衛大綱」 の策定は、 1976年に始まった。 もちろん冷戦下である。

 

  次に冷戦終結後の1995年、 2004年と改定されて、 今回が4回目となる。

 

  「基盤的防衛力構想」 という用語は当初から使われていたが、 明確に定義づけされたのは1995年の第2回目の防衛大綱だった。

 

  冷戦が終わって、 ソ連という仮想敵が消滅した後、 いかなる目的 ・ 方針で防衛力 (自衛隊) を維持 ・ 増強してゆくのか、 その “理論的” 理由付けが必要だったからである。

 

  次のように定義付けられた。

 

  「(基盤的防衛力構想とは) 我が国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、 自らが力の空白となって我が国周辺海域における不安定要因とならないよう、 独立国としての必要最小限の基盤的な防衛力を保有するという (考え方である)。」 (傍線、 筆者)

 

  朝日 (8月28日) の報告書要旨では、 基盤的防衛力構想の廃棄は 「予想される将来、 本格的な武力侵攻は想定されない。基盤的防衛力構想の名の下、 重要度 ・ 緊要性の低い部隊、 装備が温存されることがあってはならない」 と説明されている。

 

  しかし、 15年前の95年の大綱も、 上記のように 「我が国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも」 と、 わが国への本格的な武力侵攻は考えられないと言っている。

 

  なのに、 なぜ、 今頃になって基盤的防衛力構想を捨てたいというのか。

 

  理由は、 「定義」 のアンダーライン部分の後の方にある。

 

  つまり、 「必要最小限の基盤的な防衛力」 では満足できないということだ。

 

  実際、 この新安保懇の報告書に大賛成の読売社説は、 こう書いている。

 

  「北朝鮮の核 ・ ミサイルの脅威や中国の軍備増強を踏まえれば、 (基盤的防衛力構想は撤廃して) 近年の防衛費の削減傾向に歯止めをかける必要がある」

 

  真の狙いは、 つまり、 防衛力の増強にあるのだ。

 

◆10年越しの計画――南西諸島への陸自特殊部隊の配置

 

  基盤的防衛力構想は撤廃にともない、 報告書は自衛隊の配備についても、 「静的抑止」 から 「動的抑止力」 をめざすべきだと、 またしても新造語で提言している。

 

  具体的には、 陸上自衛隊を南西諸島、 それも尖閣諸島に近い沖縄の先島 (さきしま) 諸島に配備しようというものだ。

 

  これは実は、 01年度に始まる中期防衛力整備計画 (中期防) にすでに書き込まれていた。

 

  「島嶼部への侵略や災害に適切に対処し得るよう、 初動展開 ・ 情報収集能力を高めた所要の部隊を新編する」

 

  そして早くも翌02年には、 陸自西部方面隊本部の直轄部隊として、 「西部方面普通科連隊」 が佐世保 ・ 相浦 (あいのうら) 駐屯地に結成された。

 

  総員660名のうち半数がレンジャー記章をもつ特殊部隊である。 以後、 実戦さながらのきびしい野外訓練を積み重ねてきた。

 

  さる8月19日付の読売に、 「自衛隊が離党奪還訓練、 南西諸島想定し12月」 という記事が載った。

 

  防衛省によると、 大分の日出生台 (ひじゅうだい) 演習場を使って、 陸海空自衛隊による初めての本格的な離島奪回訓練を、 今年の12月に行なうというのだ。

 

  「東シナ海における中国海軍の勢力拡大を牽制するのが狙いと見られる。 訓練は日米共同統合演習の一環として行なわれ、 米海軍第7艦隊が支援する」 という。

 

  演習の主役部隊は、 当然、 西部方面普通科連隊になるだろう。

 

  記事によると、 敵に占拠された離島に対し、 対地 ・ 対艦攻撃能力をもつ空自のF2戦闘機と海自P3Cが出動、 敵軍の対空兵器を弱体化した後、 空自F15戦闘機に護衛されたC130輸送機に乗り込んだ空挺部隊250人が次々と島に降下、 敵を制圧して島を奪還するというものだ。

 

  演習は、 日出生台とあわせ、 沖縄南西諸島の訓練海域でも行なわれるという。

 

  新安保懇の報告書は 「予想される将来、 本格的な武力侵攻は想定されない」 と言っていたが、 防衛省 (自衛隊) は明らかに中国を仮想的とした演習を、 それも日米共同で今年12月に計画しているのだ。

 

  北海道北方の 「仮想敵」 ソ連が、 冷戦終結とともに消え去った後、 防衛省 (自衛隊) は次の 「仮想敵」 を南方に定め、 南西諸島への特殊部隊の配備を準備してきた。

 

  その 「戦略」 が、 ようやく新安保懇の報告書に中心的課題として位置づけられ、 新防衛計画においてお墨付きが与えられることになる。

 

  10年越しの計画が、 こうして実りつつあるわけである。

 

◆すすむ陸上自衛隊の 「特殊部隊化」 「海兵隊化」

 

  8月31日付の朝日に 「離島防衛へ『陸自海兵隊』/防衛省、 米を参考改編検討」 という大きな記事が載った。(写真入る)

 

  熊本市に司令部を置く第8師団や、 那覇市に司令部を置く第15旅団 (旧混成団が今年 「旅団」 に増強 ・ 昇格) の一部を、 米海兵隊にならった 「水陸両用部隊」 に改編、 離島の防衛に当てようというのだ。

 

  しかし、 先にも述べたように、 陸自の 「特殊部隊化」 「海兵隊化」 は、 今に始まったことではない。

 

  前記の西部方面普通科連隊の新設をうたった01年の中期防で、 「ゲリラや特殊部隊による攻撃への対処」 が打ち出され、 以後、 陸上自衛隊の米本土演習場へ出かけての米陸軍や海兵隊との合同訓練、 また米陸軍や海兵隊を日本の演習場へ招いての合同訓練を積み重ねてきているのである。

 

  その時期は、 ペンタゴンが世界戦略の重点を 「対テロ戦争」 に切り替え、 米軍再編に乗り出していった時期と重なる。

 

  その延長線上で、 今回、 読売や朝日という大メディアを使ってはなばなしく打ち上げられたのが、 「離島防衛」 というわけだ。

 

  しかもその仮想敵国は、 なんと 「中国」 なのだ。

 

  1937年7月から45年8月までの満8年間、 日本軍は中国を侵略、 略奪放火殺戮と暴虐の限りを尽くした。

 

  それから65年、 再び中国を 「敵」 と設定して戦略を立てる、 というのだ。

 

  なのに、 良識ある大新聞が 「離島防衛へ 『陸自海兵隊』/中国軍近代化受け」 などと、 あっさり書いていいのか? 報道するなら、 強烈な疑問符と共に報道すべきではないか?

 

◆米国へ向かう弾道ミサイルも撃ち落とせるように!

 

  07年4月、 安倍首相は、 自分の諮問機関として 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」 を設置、 4つのケース (4類型) を設定して、 それにどう対処すべきかを諮問した。

 

  その4類型の第一番目が、 「米国に向けて発射された弾道ミサイルを自衛隊のミサイル防衛システムで撃ち落とすのは、 集団自衛権の行使になるのでできないというが、 これについてどう考えるか」 という問題だった。

 

  この問題について、 新安保懇報告書は、 従来の憲法解釈を再検討すべきだと提言した。ただし、 今のところ菅首相は、 集団自衛権についての政府解釈は変えるつもりはないと言い切り、 また新安保懇が触れた非核三原則の見直しについても、 北沢防衛相も変更はありえないと言明している。

 

  しかし、 あの自民党最右翼の安倍元首相が、 憲法9条を切り崩すための 「法的基盤の再構築」 をもくろんで設置した懇談会に与えた第一問に対し、 メンバーを一新したはずの民主党首相の私的諮問機関が、 安倍元首相の期待どおりの 「答え」 を出したのである。不思議には思われないだろうか?

 

◆舵を取っているのは元官僚のトップたち

 

  新安保懇の委員は、 佐藤茂雄 ・ 京阪電鉄最高経営責任者を座長に8名、 うち5名が大学教授である。

 

  安倍元首相の 「有識者懇談会」 が13人中12人が集団的自衛権見直し論者で占められていたのに対し、 今回はそれほどの片寄りがあるようには見えない。

 

  それなのに、 どうしてこのような報告書が作られたのか?  委員8名のほかに、 専門委員というのがいたのである。 次の3名だ。

 

  ・ 伊藤康成=元防衛事務次官 (三井住友海上火災顧問)

  ・ 斎藤  隆=前防衛省統合幕僚長 (日立製作所特別顧問)

  ・ 加藤良三=前駐米大使 (日本プロ野球コミッショナー)

 

  防衛省の背広組の元トップと、 制服組の前トップ、 それに外務省の前トップ (外務官僚の最高位は次官でなく駐米大使である) が 「専門委員」 として参加していたのである。

 

  ネットで見ると、 新安保懇の会議の場には防衛省や外務省、 財務省などから膨大な量の資料が提出されている。

 

  「防衛計画の大綱」 の策定という大テーマをめぐって、 膨大な資料を駆使しての、 防衛 ・ 外務のトップ経験者たちの知識と論理に、 シロウトの委員たちが太刀打ちできるはずがない。

 

  懇談会の議論を主導したのは、 当然、 防衛 ・ 外務のトップ経験者たちにちがいない。 ということは、 報告書は、 防衛 ・ 外務の官僚組織の意向に沿って、 作成されたにちがいないということだ。

 

  前回の04年小泉元首相による 「安保懇」 の委員10名の中にも、 佐藤  謙=元防衛次官、 西元徹也=元統合幕僚会議議長、 柳井俊二=前駐米大使が加わっていた。

 

  自民党の安保懇にしろ、 民主党の新安保懇にしろ、 そこに防衛 ・ 外務両省の代表が参加している限り、 報告書の方向が変わるはずはない。

 

  したがって、 今回の報告書も、 前回の自民党 「安保懇」 報告書に接続し、 その方向をさらに発展させる形で作成されたのである。

 

  8月31日現在、 民主党の代表選をめぐって見苦しい確執が続いているが、 だれが首相になるにしろ、 今年末の閣僚会議で決定される新 「防衛大綱の計画」 には、 中国を仮想敵国として防衛力を増強、 米軍との同盟を 「深化」 させることがうたわれるだろう。

 

  (2010.8.31)