梅田正己/編集者/米国の恫喝と圧力に屈するまい
  ――M・グリーン米戦略国際問題研究所・日本部長の意見を読む09/08/29

 



    

米国の恫喝と圧力に屈するまい

 

―M ・ グリーン米戦略国際問題研究所 ・ 日本部長の意見を読む―

 

梅田  正己 (書籍編集者)

 

  総選挙の2日前、 8月28日の朝日新聞に、 「インタビュー/アメリカから見る」 として、 米戦略国際問題研究所 (CSIS) 日本部長のマイケル ・ グリーンの意見がほぼ半ページを使って紹介された (聞き手は伊藤宏記者)。

 

  M ・ グリーンは、 クリントン政権時代も国防総省の日本問題コンサルタントを務め、 ブッシュ政権ではホワイトハウス国家安全保障会議 (NSC) 日本 ・ 韓国部長を務めた米国有数の知日派として知られる。

 

  その知日派が、 今回の総選挙と、 そして選挙後をどう見ているかを語った記事だ。

 

  冒頭はこう始まる。

 

  《今回の総選挙で、 日本外交や日米同盟が根本的に変わるとは思わない。 基本的な流れは続いていくと思う。》

 

  つまり、 民主党は 「米国と対等な関係に立つ」 と言っているが、 今の日米関係を変えられるはずはないだろう、 と言っているわけだ。

 

  そして、 こう続ける。

 

  《ただ、 もし民主党が勝利し、 彼らが党内の安全保障や外交上の見解の違いを解決できなければ、 日本政府は機能不全に陥り、 国際社会も日本を重視しない、 という事態になるかもしれない。》

 

  表現は遠まわしの言い方になっているが、 要するに政権を取った民主党がこれまでの日米関係を変えようとすれば、 日本政府は立ち往生状態となり、 国際社会 (つまりアメリカ) は日本を見捨てることになるだろう、 と言っているのだ。

 

  こういう言い方を、 日本語では 「恫喝」 というのではなかったか?

 

  これが決して深読みでないことは、 インタビューの後半を読むとハッキリする。

 

  《仮に民主党が政権を取った場合、 気になるのは、 アフガン、 パキスタン、 および中東政策だ。 ……もし海上自衛隊がインド洋の給油活動から撤退すれば、 この地域の国々は、 日本をこれまでのように重視しなくなるだろう。 目に見える貢献をしなくては、 影響力は低下する。 ……民主党は意思決定をする前に、 米国だけでなく、 世界の主要国に意見を聞いてから決断すべきだ。》

 

  引用の最後で、 「世界の主要国に意見を聞いてから」 と付け加えているが、 これは付け足しで、 米国の意見を聞かないで決めたりするのは許せないぞ、 と言っているのである。

 

  さて問題の給油活動だ。

 

  これがはたしてアフガン問題の解決にどれだけ役立っているか、 日本政府も、 そして米国政府も、 ひと言も語っていない。

 

  「貢献」 の実態を検証もせず、 したがって説明することもできず、 「撤退すれば、 この地域の国々から日本は見放されるだろう」 と言っているのだ。

 

  これも、 「恫喝」 ではないか?

 

  グリーンはまた、 「目に見える貢献をしなくては影響力は低下する」 と言っている。

 

  アフガニスタンは内陸国だ。 だから、 海上自衛隊がインド洋で給油活動を始めてから数年間は、 アフガン国民の殆どはその日本による 「貢献」 を知らなかった。

 

  カルザイ大統領でさえそのことを知らなかった、 というのは、 アフガンで国連のスタッフとして軍閥の武装解除の指揮をとった伊勢崎賢治氏 (現東京外語大教授) が語って以来広まった有名な話だ。

 

  アフガン現地では、 海自の給油活動は知られていなかったが、 武装解除のために武器を買い上げる資金等は日本が提供したこと、 またペシャワールの会の中村哲医師をはじめ日本のNGOの活動はよく知られていた。 アフガンの人々にとっては、 これらこそ 「目に見える貢献」 だったのだ。

 

  それなのにグリーンは、 こうした事実を知ってか知らないでか、 給油活動をさして 「目に見える貢献」 だと言う。 政治的作為の発言でないとすれば、 マンガである。

 

  次にまた、 グリーンはこうも言う。

 

  《仮に民主党が政権を取った場合……まずは官僚の言うことに耳を傾けることだ。 ……日本では官僚機構が、 おおむね8割がたの情報を持っている。 もし、 そうした情報なしに、 民主党が 「沖縄政策を変える」 「インド洋から撤退する」 などと言ったら、 本当に後悔することになる。》

 

  ここまでくると、 もう百パーセントお里が知れてしまうことになる。

 

  ここで言っている 「官僚機構」 とは、 もちろん外務省と防衛省の官僚のことだ。 日本の外務省は、 米国国務省の出先機関ともいえるほど、 米国に付き従ってきた。 国連総会での投票行動ひとつとってもそのことは明瞭だ。

 

  日本の官僚の最高ポストは事務次官ということになっているが、 外務省だけはそうでない。 外務次官の上に、 駐米大使があるのだ。 不平等この上ない日米地位協定の改定要求は強まる一方だが、 外務省はあくまで運用で対応すると言い張り、 そのためのマニュアルまで極秘に作っている。

 

  一方の防衛省の米国追随は説明するまでもない。 自衛隊はもともと米国の指示で設立され、 米軍の指導で増強されてきた。 今も、 米国主導のもとで日米軍事同盟の強化に向かって突き進んでいる。

 

  このようにアメリカによって育てられ、 指導されてきた官僚たちの意見を、 民主党のみなさんはよく聞くんだよ、 とマイケル ・ グリーンは言っているのである。

 

  そしてもし、 官僚たちの意見を聞かずに 「『沖縄政策を変える』などと言ったら、 本当に後悔することになる」 ぞと脅しているのである。

 

  インタビューの最後は、 その沖縄問題、 米軍再編の問題になる。 グリーンはこう言っている。

 

  《特に、 米軍普天間飛行場の移設計画を変更すると言ったら、 沖縄に駐留する米海兵隊のグアムへの移転も止まることになる。》

 

  《いったん計画が止まれば、 計画自体がばらばらになってしまうだろう。 だから民主党にとって、 現行の沖縄に関する政策の実現を延期、 あるいは中止することは、 非常に危険なことだ。》

 

  注目すべきなのは、 この結びの言葉―― 「沖縄に関する政策」 を変更することは 「非常に危険なことだ」 という断定である。

 

では、 「危険だ」 というのは、 だれにとって危険なのだろうか?  答えは引用文中に示されている。 「民主党にとって」 「非常に危険」 なのである。

 

  つまり、 沖縄政策を変えたりしたら、 民主党 (の日本) がどうなるか知らないぞ、 とこの米国の対日政策に深く関与している人物は言い放ったのである。

 

  ここへ来て、 はじめは曖昧な表現にくるまれていた 「恫喝」 が、 いっきょにむき出しになった。

 

  マイケル ・ グリーンは、 新聞によると現在48歳だが、 今から4年前の44歳のときに同じ朝日新聞の 「新戦略を求めて」 というシリーズのインタビュー記事に登場している (聞き手は加藤洋一アメリカ総局長)。

 

  その中に、 率直簡明、 これぞアメリカ、 と絶句させられるような発言があった。

 

  「米国のアジア太平洋に対する地域戦略は」 という問いに対してのグリーンの答えはこうであった。

 

  《常に他国よりも優位であり、 我々が信奉する価値を広めたい。 いわば、 米国優位のもとにある多国間主義だ。》

 

  他国の意見にいっさい耳を貸さず、 ユニラテラリズム (一国主義) でイラク戦争を仕掛け、 ものの見事に失敗した後だけに、 さすがに多国間主義 (マルチラテラリズム) とは言っているものの、 アメリカ人ならではの覇権主義、 独善主義を恥ずかしげもなくさらけ出している。

 

  政権の座に着いた民主党に対して、 米国はこの覇権主義、 独善主義を持って米軍再編の実行=日米軍事同盟の強化を迫ってくるだろう。

 

 

  「米国と対等な関係に立つ」 とマニフェストした民主党はこれにどう立ち向かうのか。

 

  さる8月23日のテレビ朝日の報道番組で、 鳩山代表は、 オバマ大統領との首脳会談には 「覚悟をもって臨む」 と発言した。

 

  たいへん結構だ。 米国は、 なぜ自国から遠く離れたアジアに軍事基地を置き続けなければならないのか、 なぜ他国よりも優位に立ち続けなければならないのか、 そうした根本問題にまで踏み込んで、 「覚悟をもって」 米国の覇権主義、 独善主義を問いただしてほしい。

 

  米国との 「対等な関係」 はそこからしか生まれてはこない。 (了)